本を作れ

浅羽 信幸

本を作れ

「どうだ?」


 読んでもらっていた紙束をめくる手が止まったので私が問いかけると、友が顔を上げた。それを待っていたかのように、次々と顔が上がっていく。


「悪くない。侵攻の目的、大義名分、解放された民の喜び、何より軍の強さが際立っている。戦場の様子もありありと目に浮かぶしな。本業にするか?」


 冗談めかして笑う友に一度だけ笑い返し、次の感想を求めるべく顔を動かした。


「戦記物としては素晴らしいと思いますし、読んだ人も胸を熱くすると思いますが、統治の話は要りますか? 立て直しや法を敷くのは別の方の仕事。臨時で軍を率いているだけの副官の仕事として多くの読者に伝えるには、やはり戦いの話を中心にした方がよろしいかと」

「十分中心な気はしたが、足りないと思うか?」


 一人が頷けば、他にも数人が続いて頷いた。


「今でも十分にすごさは伝わりますが、やはり一番盛り上がるのは戦闘、それも卑劣なコルメシオ相手にエタリーダ島を守り切った場面。本隊がエドワードに備えるために北上して五千しか残らなかった兵で如何に守り切るかの戦いです」


 一番の決戦、そして一番文字にした時に華やかなのはその場面だろう。そこは同意する。

 だが、私としてはその前のあの手この手と方々を尽くしたあたりも見せ場だと感じてはいるのだが。


「募兵を行って八千の新兵と七千の偽装兵を用意したあたりはどうだ?」

「鮮やかと言う感想は出ますが、そこに長尺を割くのはあまり……」

「すみません。私は眠くなってしまいました」


 小さく手を挙げて、仲間の一人が頭をさげる。

 誰も責めないし責めるような視線を向けないことからもある程度同じ思いをした人がいるようだ。


「他国の軍が来たとコルメシオ側に思わせたあたりは?」

「策の一つとしては優秀ではありますが、いまいち盛り上がりに掛けると言いますか、こう、『本当に来るのか?』という謎よりも『まあ来るだろうな』と言う思いが強くなってしまったのと、主眼は軍隊の強さ、決戦による勝利でコメルシオを追い払ったことですので」

「あまり長く書かれても、読者の方が読みたい場面ではないかと」


 分かりやすいつもりではあったが、共感を呼ぶ場面ではないから仕方が無いとも言えるのか。

 搦め手は有効ではあるが、そればかりで勝っても『卑怯者』。敵を卑劣に書き、倒さねばならない相手とするのであればこちらの勝ち方は正面突破に近ければ近いほど光り輝くというもの。

 それは分かっている。


「わかった。君たちの意見を参考に、戦闘シーンを増やす方向で書き直そう」


 時間もあまり無い。

 時間が勝負なのだ。


「お待ちください」


 解散を宣言しようとした時、最後まで椅子に座っていたミトロビアが立ち上がった。


「国民は皆、戦果が過大に報告されることぐらい知っております。勝利は大勝利に、引き分けは勝利に、敗北は引き分けに。そうやってアレッシアの軍事命令権を持つ者たちは報告を行ってきました。

 ですから、ここは如何にコメルシオ人が卑劣で、悪逆な行いをしてきたか。都市を荒廃させてきたかを書くべきでしょう。その絶望から立て直す。都市を再生させ、コメルシオの卑劣な手からエタリーダ島を守り抜くのは副官を置いて他に居ないと。そうこの本を読んだ者が思い、声をあげる。上がった声から読者が増え、声が大きくなり、同志が増える。

 そうして、ウェラテヌス様が来年も軍事命令権か、せめて外交権を持てる状況にしなければならないと。我ら一同は思っております」


 場を見回す。

 気持ちは同じ、目的地は同じ。ミトロビアと同じで、年齢の足りない私に来年もある程度の裁量を持って欲しいと。仲間が全員思ってくれているらしいと言うのは良く分かった。


「分かった。では、コメルシオの卑劣さ、エタリーダ島の荒廃具合を大げさに書きなおそう。プロパガンダ本としては少し厚くなるかもしれないが、そこは募兵の話を削って対処しよう。諸君も、ご苦労であった」


 は、と揃った声がして同じくそろった足音で仲間たちが出ていく。

 元老院だけではなく、国民までをも読者と想定して一冊書かないといけないだなんて。軍事命令権を預かるのも楽ではない。

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本を作れ 浅羽 信幸 @AsabaNobuyukii

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