■10//エピローグ(2)
「おかえりなさい、ちょっと台所借りてお味噌汁作ってるわよ――あ、東郷さん」
事務所に戻ると、美月がいつも通り、エプロンをつけて台所からひょっこりと顔をのぞかせた。
いつも通り、と言っても、事件以来彼女がこの事務所を訪れたのは久しぶりのことである。
彼女も例の事件の被害者としてたびたび警察から事情聴取を受けていたこともあって、いらぬ疑いを受けないように東郷たちと距離を置くよう伝えていたのだ。
東郷の顔を見るなり、彼女はややバツが悪そうに視線を泳がせ、エプロンの裾をきゅっと握りながら口を開く。
「あの、その。もう私は事情聴取とか全部済んだから。だからそろそろいいかなって思って――東郷さんたちだけだとすぐ台所とか汚くなっちゃいそうで心配だったし」
「ななっ、そんなことないッスよ! 俺は入院してたからともかく、コイカワさんが日々じっくりしっかり掃除してるッス! ねえコイカワさん!」
「………………」
「三角コーナー、ずいぶん長い間取り替えてないみたいだけど」
「コイカワさん!?」
全力で視線を逸らすコイカワを見てため息をついた後、美月は東郷の視線に気付いて再び目を伏せる。
「……あの、東郷さん。ごめん」
「いや、そういうことなら別に構いやしねえよ。むしろ掃除までしてもらってありがたいくらいだ」
「えっと、それもだけど、そうじゃなくて――あの日のこと」
そう返すと、気風の良い彼女にしては珍しく言いよどみながらこう続けた。
「私、あの時のこと全然覚えてなくて……でも、拐われて東郷さんたちに迷惑かけちゃったんだよね。ごめんなさい」
「んなこと、謝る必要なんざねえよ。むしろ俺たちのせいで君まで巻き込まれたようなもんなんだから」
「う……」
東郷にそれ以上言い返すのも不毛だと、美月はそう理解したらしい。何か言いたげに視線をさまよわせながら、そこで彼女は「あ」と呟いた。
「……そうだ。謝ると言えば、こっちもあったんだ」
そう言って彼女が取り出したのは、小さなお守り袋。半ばから真っ二つに千切れて、無惨な姿になっているそれは――確か東郷が以前に渡したものだった。
「せっかく東郷さんからもらったのに、いつの間にかこんなふうになっちゃってて……」
恐らくは、井境に拐われた際にこうなったのだろう。燐すら退けたほどの霊能者である、この程度の道具では力不足だったというわけだ。
「気にすんな。結果的に美月ちゃんが無事だったんだ、御守りとしての役目は果たしたってもんさ。それに――」
「?」
首を傾げる美月を見て、東郷は燐の言っていたことを思い出す。
彼女のことはこれからも見守っていかなければならない。さもなければまた、妙なことを企む連中が彼女を狙うかもしれないのだから。
そのためには、御守りだけ渡していたのでは足りない可能性もある。いざという時、東郷自身がすぐに彼女の危険を察知し、彼女を守れる状況を作っておかなければ。
だから東郷は――一切の他意はなく、美月を真っ直ぐに見つめてこう続けた。
「美月ちゃん」
「え、あ、はい……」
「これから毎日、うちに来て味噌汁を作ってくれ」
「ん、あ、はい……へぇっ!?」
美月には負担を掛けてしまうが、彼女の無事を毎日確かめるという意味ではそうするのが一番手っ取り早い――そう思っての言葉だった。
美月はというとひどく面食らった様子で目を白黒させた後、なぜか顔を真っ赤にしながら首をぶんぶんと横に振る。
「で、でも私、まだ未成年だし……」
「大丈夫だ、
「お、お金って……」
困惑した顔の美月の肩を掴むと、東郷は真剣な表情でさらにこう告げた。
「責任は、俺が全部取る。この先一生、美月ちゃんのことは俺が守り抜く。組の代紋に誓ったっていい」
「せ、責任……一生……」
そんな東郷の熱烈な言葉を受けて、美月は頬を上気させたまま、小さくこくんと頷いた。
「よ、よろしく、おねがいします……」
そんな二人の会話を遠巻きに見守りながら、ヤスとコイカワは顔を見合わせて微妙な表情を浮かべる。
「なァ、アレ……今のうちに誤解といといた方がいいんじゃねェのか……?」
「えー、でも勘違いだったって分かったら美月ちゃんめちゃめちゃ怒りそうッスよ……言うならコイカワさん言って下さいよ」
「ヤだよ、俺だって怒られたくねェし……」
――かくして、普段通りの日常が再び始まり、過ぎてゆく。
最悪の呪術師を撃退し、冥府の神を斬り伏せたヤクザたち――それでも変わらずひっそりと、彼らは今までもこれからも、社会の片隅でひっそり生きてゆく。
ヤクザVS死霊ノ館 西塔鼎 @Saito_Kanae
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