友達じゃない、だけど仲間
れなれな(水木レナ)
気になるあいつ
できた。
今世紀最大の、漏れの作品! 10万文字の長編を5万文字に削りまくった傑作中の傑作が! もう、超超! うれしたのしなのだっ。
まあな、カクヨムで発表してから約半年。
このときを待っていたぜ!
ファンタジー路線で邁進していた漏れだけれど、昨今の流行を追っかけるのはやめて、得意分野で勝負しょうぶ!
タイトルも親しみやすく、内容を想起させる『こんにちは、アニモー』に改変。
講談社の児童文学新人賞に応募しちゃうぜ!
思えば長い道のりだった……カクヨムでまったく読まれなかった漏れが、自主企画に熱烈参加した末、読者がそこそこつくようになった。
切磋琢磨という言葉の意味を知った。
応援コメントという名の指摘の嵐をまっこうから受けたり。
もう、内容の感想じゃなくって誤字脱字の報告のみ! という場合をのぞけば、漏れのフォロワーさんはおおむね好意的に受け止めてくれていると感じる。
あん? カクヨムってなんぞ? それ聞いちゃう? 聞いちゃうかあ。
あのな、小説投稿サイト。
基本、無料だが、将来的にどうなるかわからないから、漏れは公募にも手を出してる。
今の漏れはまさにこの世の春を味わって、さらにその先の道を行こうってわけだ。
そんな中、漏れはカクヨムで最近気になってるヤツがいる……。
矢場杉というユーザーネームのヤバすぎるショッカーなあいつだ。
漏れより文章が下手くそなくせに、なぜか人好きがするらしく人気を集めている。
(くそ! 愛されなくたって、漏れの作品は漏れが愛してやる!)
そいつが近況ノートでさらしていたことには、
「矢場杉、投下しまーっす!」
何かというと、公募に作品を出すらしい。
ふん、負けるかよ!
矢場杉なんて、誤字脱字のオンパレードでそれをネタにいじられてるだけじゃねーか。
漏れのは違う。
半年かけてあっためて、誤字も脱字もチェックしまくった。
語彙も単語も厳選し、読者の好みもリサーチした。
この漏れの作品が負けるわけがない!
矢場杉の新作? 漏れは読まない。
クソに決まってるからな。
それに矢場杉はこの漏れの作品を読まないし評価もしない。
あるときいっぺんだけ作品フォローしてきて、それっきりだった。
ちくしょー! 気に入らん! なんならブロックしてもいいが、そこまでの嫌がらせとも思えないところが微妙なんだよな……。
別にフォロワーが減るのが嫌だとか、そんなんじゃないからなっ。
ほ、ほんとうだぞ!?
さて公募だ。
半年あたため続けた作品を……投下、するぞっ。
本編、ページよし。
梗概、ぬかりなし。
表紙、間違いないはずだっ。
封筒……字が汚いが漏れの精いっぱいのアピールだ。
(と、いうことにしとこう!)
表書きには宛名に御中を忘れず、裏書にはタイトルとページ数、投函日を今日にしておいて、住所氏名。
念を入れて電話番号も書こう。
ヤバいやつに見られるとヤバいが、念のためねんのため。
縁起をかついで中央郵便局まで出向いて記念切手を買った。
これで、頼むっ!
赤いポストの前で両手を合わせていると、背後に気配を感じる……早くしろってか。
投函前には祈らせろや。
ちょっと体をひねると、かっこつけた革のジャケットが目のはしをかすめた。
嫌な予感……。
漏れはがばっと振り返るとそいつを見た。
黒いマスクに黒いライダースに黒いブーツ。
馬鹿かおまえ、不審者まるだしじゃねえかってやつが、後生大事に胸の前で白い封書を抱いて立っていた。
あん? 朱書きでタイトル、だと……?
ページ数260枚……。
漏れのは80枚。
(そういう規定だからいいんだよっ)
へえ! 長編か。
「あんたもか!」
漏れは心の声ダダ洩れで、そいつの抱える封筒をガン見した。
「え? あなたも?」
意外とハキハキした反応が返ってきた。
なんだよ、仲間って身近にいるもんだな、ははっ。
漏れはうれしくなっちまって、うっかり無防備に聞いた。
「ペンネームなんてんですか?」
「えーと……」
そいつはきまり悪そうにそっぽを向く。
ありゃ、温度差、おんどさ!
しかし、指の隙間から朱書きのペンネームが見えている。
なんだよ、シャイなやつめ。
えーと、矢、場、杉???
矢場杉だとっ!?
「てめえっ!」
漏れは思わず叫んでいた。
「なな、なんですかあなたは、いきなり……っ」
「てめえが矢場杉か!」
「ちょっと……声が大きいです」
かまうか! 漏れは言いたいことがあんだよ!
「てめえ、てめえは……」
うまく言葉が紡げない。
あまりのことに、両手足が打ち震えていた。
「ちょっと……」
「長編書きだったのか……!」
漏れの言葉に矢場杉め、コチン、と固まって自分の鼻先を指さした。
「そうだよ、てめえだっ!」
「うあっ、やめて。殴らないで!」
「んぐ、殴らねえよ。犯罪者になっちゃうだろが」
矢場杉は胸をなでおろして、目を細めた。
「表彰台に上る前にお縄につくなんて、まっぴらごめんだからな」
「わあ、自信あるんですねえ」
「そんなのんきなこと言ってる暇があったら、誤字をなんとかしろ、おまえは」
「えっ」
「キャラがそんなんだから、中学生にまでなめられんだっ」
「それって……」
「ばーかばーか。漏れは誤字ったりしねえ。誤字だらけのおまえの作品なんて読まねえよっ」
フーッと大きく息をついて、矢場杉は言った。
「私の作品をご存じということは、カクヨムのフォロワーさん?」
「ばっ、フォロワーじゃねえよっ」
「ユーザーネームは?」
「教えるか!」
「ですよね……」
うなずいて、顎に手をあてている。
「ちょっとお時間ありますか?」
「はあっ!?」
矢場杉の言い分はこうだ。
「ネットでは隙があるくらいのほうが、人気出るんですよ……いじられキャラ確定ですけどね」
「確定したらまずいだろうよ」
漏れと矢場杉はビジネスホテルの一階フロアにある喫茶店にいた。
「言っとくけど、ここおまえのおごりな」
「いいですよ。作品読んでもらってるんだしお礼くらいはします」
フンッ。
漏れは矢場杉の生原稿を前に、ひそかに心中うなっていた。
「おまえなぁ、なあ。おまえ」
「矢場杉です」
「知ってるよ。なあ、なんでこれをカクヨムで公開しないわけ?」
ポリポリ、と矢場杉はこめかみをひっかいた。
「照れてんじゃねえ」
見事だった。
未だかつて見たことがないほどの、こう、文学ーって感じの代物だった。
「ウェブってどこのだれが見てるか、わかんないでしょう」
「あたりまえだ。それがどうした」
「以前、パクリっていうか、構成を盗まれましてね……」
「なんだそりゃ、自慢か」
漏れは切って捨てた。
「ま、まあ。これくらい書けりゃ、受けるんじゃねえの? その、第62回? こうだんしゃ? じどーぶんがくしんじんしょーって?」
「はい。一度、同好の士に感想もらいたかったんですよね」
「ばっ、だれが同好の士だ。ふざけるんじゃねえ。漏れは違うっ、出版社だって、ジャンルだって違うんだからなっ」
「え? だってあて名書き……これって同じ賞の応募作じゃ」
「うるせえ! 違うと言ったら、違うんだ!」
矢場杉の手から自分の原稿を奪うと、漏れはささっと服の下に隠した。
いたたまれなかった。
「ここ、おごりだろ?」
違う、そんなことが言いたいんじゃない。
漏れは、漏れの作品の……
「ええ、おごるっていいました、さっき」
「そ、そうか……コーヒーお代わりもらおうか。せっかくだしな」
漏れはいつまでもぐずぐずとしていた。
なにより、こいつがどういうやつなのか、知りたかった。
矢場杉は、紅茶に口をつけてふっと息をついた。
「なっ、なんだよっ」
「水木さん」
ぎくっ。
漏れは、なにを言われるのかと身をこごめた。
「あなたは――ペンネームで呼ばせていただきますが。人間を描いてない。誤字脱字より重要かと思いますがね」
な、なんだとっ!
「あと十日、締め切りは先なんですから手直ししてはどうかと」
漏れは立ち上がり、自分の作品をギリギリと握りしめた。
矢、場、杉、めぇ!
「おっ、おぼえてろよっ」
「なにをですか?」
「この漏れを辱めたなっ」
「辱めたって……恥をかくのは悪いことですか? むしろ作家には必要な体験だ」
「羞恥の極みっ。おぼえてろよっ。漏れはおまえより上へいくからな! 絶対だっ」
漏れは自分の原稿の束をもって、ブルブルと震えた。
それ以上は何も言いたくない。
「ちくしょー!」
漏れが椅子や壁に体のあちこちをぶっつけながら出て行こうとするうしろで、やはり鼻先で笑う矢場杉の声が聞こえた。
後日。
カクヨムの通知で新しいフォロワーの名前がピコンとあがってきた。
『矢場杉』
と――。
ペンネームとユーザーネーム、わけときゃよかったな……。
くそっ! うれしくないぞっ! うれしいわけないんだからな!
友達じゃない、だけど仲間 れなれな(水木レナ) @rena-rena
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