ベイズ統計学を用いた、帰無仮説の棄却【KAC2021作品】

ふぃふてぃ

ベイズ統計学を用いた、帰無仮説の棄却

 私は、ただ友達が欲しかったんだ……。


 私は、ただ心の奥底に、ぽっかり空いた友情というものを、埋めたかっただけなんだ。青春を謳歌している奴は、皆んな持っているみたいだった。

 風の噂に聞くに、それは空色の爽やかな心のカケラ。私には似つかない物だが、自分だけが持っていないのは確かで、苦しかったんだ。


 もともと私の心は、蜂の巣みたいなハートだった。愛情もほどほどに、感情だけがハニカム状で壁を成してるような、決してヒトには、自慢できるような代物では無かった。


 帰無仮説『私は友達がいない』を棄却する為に必要だった。

 帰無仮説『私の心は虚しい』を棄却する為に必要だった。

 対立仮設『最高の仲間に恵まれている』を確立する為に必要だった。

 対立仮説『私は今とても幸せだ』を確立する為に必要だった。



 初めは純真無垢な、天真爛漫な少女を描いた。彼女が縦横無尽に動き回れる世界を築き、切磋琢磨できる人々を生み出した。


 それでも、彼女は私に向かって「クソみたいな世界だ」と、私の想像するモデルにケチをつけ、訴え続けた。


 だから私は次に試練を与えた。最高のシチュエーションを用意して、死闘を繰り広げさせ、輝かしい舞台を用意した。用意したのに、命からがらで、ピンチを脱した彼女は私に訴える。


「クソみたいな世界だ」


 他の奴らも口を揃えて言う。


「クソみたいな世界だ。こんなんで良いのか?もうすぐ、ラストなんだろ。もっと悩めよ。もっと苦しめよ」


 立ち上がれない程の罵声を感じ、遂に私は筆が止まる。事後分布は完璧な信頼値を叩き出している。ならば、私が思い描く最終章は、君達の望むものでは、無かったと言いたいのか?



 ただ友達が欲しかっただけなんだ……。



 嫉妬や妬みのない女友達が欲しかったんだ。一緒に努力して、熱い友情を育む男友達が欲しかったんだ。知恵を授けてくれる、年の離れた友人が欲しかった。ギュッと抱きしめたくなるほどの愛くるしい、小さな友達が欲しかった。


 だから私は作ったんだ。そして、場所を与え、人を配置し、敵を作り、仲間を集い、何度も何度も何度も、時間を巻き戻した。

 手を変え品を変え、修正を加え、推敲を重ね、君達が最高のラストを迎えられるように、努力してきたんだ。


 p値が0.05を下回る程、出来た筋書きでは無いかもしれないけど、私は前提条件を絞り出し、継ぎ足し、継ぎ足し、尤度ゆうどを高めてきたんだ。


 聞いただろ、読者の声を。確かに全部が全部、鵜呑みに出来ない事は知ってる。理解しているつもりだ。でも、彼らは、彼女らは讃えてくれているじゃないか。星やコメントで、私の世界を好きだと言ってくれてるじゃないか。


 心躍るファンタジーが描ける執筆者も、トキメキが描ける恋愛小説の執筆者も、熱いスポ根を描ける執筆者も、緻密なミステリー作家も、素敵だと、私達の世界は素敵だと、言ってくれているじゃないか。


 何が不満だというのだ。こんな最高の舞台なんかない。読み手が「いいね」と言ってくれるのだ。いわば拍手喝采だ。大団円を向かえられる筈だ。一人でも君達を認めてくれる人がいた。それだけでも、充分じゃないか。



 私は疲れたんだ……。


 何も無い所から君を作った。もう、空っぽなんだ。この空っぽの何も無い私の心を、今度は満たしてくれても、良いんじゃ無いのか。ほんの数滴の甘い蜜でいいんだ。君が、君達が友達になってくれたなら、それで充分なんだ。


 ……気づけば弱気になっている。最後を描くという重圧に押し潰されていた。私は両手で頬をパンパンと叩き、気合いを入れる。

 勇気を振り絞り、筆を取る。パソコンに向かい合う。スマホを手に取る。


 思考を巡らせ、耳を傾けろ。


 本当に自分の生み出したキャラクターは、文句ばかりを言ってるのだろうか。不平不満は私の為の言葉ではないのか。

 考えるんだ。彼女なら、私の心に、どう問いかける?どう解答する?何を望む?


「貴方が満たされないのは、私達の所為では無いの。私は貴方が作り出した幻影。本を閉じれば居なくなる、それだけの存在」


 分かっていた。分かりきった事実だ。でも、私は、君の声を聞きたかった……。


「忘れないで。私達は貴方の夢を追いかけた仲間。この後、幕は閉じても、貴方の物語は終わらない。私達は、いつでも此処にいて、貴方の世界は残る。だから、恐れないで。寂しがらないで。」


「分かった。私は最後を創造しよう。そして、見届けよう。愚直な私が描いた、不完全なモデルだったかも知れないけれど」


もっと細かくプロットをすれば良かった。

もっと時間をかけて推敲すれば良かった。

もっと君達を深く描きたかった。


君の好きな食べ物、色、言葉。

君の嫌いな食べ物、トラウマ、癖。

髪型、容姿、服装。


いつも、似たような服ばかりでゴメン。

いつも、同じ髪型ばかりでゴメン。

お洒落させてあげれなくて、君達の未来を描けなくてゴメン。


「ありがとう、君達は最高の仲間だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ベイズ統計学を用いた、帰無仮説の棄却【KAC2021作品】 ふぃふてぃ @about50percent

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ