私の物語の読者はもういない
佐久間零式改
私の物語の読者はもういない
私の物語の読者はもういない。
もういない、という表現は的確であり、言葉通りの意味である。
『最後の挿絵、発注通りに仕上げけど、こんな感じでいいのよね?』
私の物語に彩りを添えてくれる挿絵を依頼していた親友の
私はその挿絵を受け取ってすぐ確認して、
『挿絵、ありがとうございます。持田さんに発注していた挿絵が全て納品されたので、これで私の物語が完成します。本当に長い間、ありがとうございます』
と、数分後にそう返信すると、
『お疲れ様でした。これであたしの仕事は終わったはずなのに、終わった気がしないのよね。完結しているようで、本当は完結していないせいかしらね』
そういう文面を用意していたように、ものの数分で持田からメールで反応があった。
『これで私の物語も終わります。本当にもう完結したのです。それに、私の中では、もう私の物語はすでに終わってしまっています』
私の決意は揺るがない。
そのことは私の物語に関わっている人ならば分かっている事だ。
それなのに仕事を受けてくれたのは、私がどこかで思いとどまると思っているからなのかもしれない。
しかし私はもう終わってしまっている私の物語を本当に終わらせる事にしか生きがいが見いだせなくなっていて、もう他の物語に目を向ける事が一切できなくなっていたのだ。
私の物語こそが、私の人生の全てで、私の人生は私の物語と共に終わりを告げるはずなのだ。
『まだ物語は始まっていないかもしれないわよ? あなたの本の装飾をしていた
『終わらない物語はありません。それは、私の物語についても同じ事が言えます。それは、持田さんにも、素子さんにも、終わらない物語があるように』
『決意は固いのね。あなたの物語が終わる前に一言だけ言わせてちょうだい。あなたの物語も、あたしの物語もまだ始まってもいない』
私はそう記す持田さんに返信ができなかった。
『持田から聞いた。挿絵が完成したそうだね。完成したのならば、あなたの物語を見せてもらいたい』
と、間髪を入れずに中谷素子と資料を探してくれた
普通の人ならば、SNSのメッセージアプリで簡単にやり取りをするのだろうけど、私がそういうのを忌み嫌っているせいで、私と繋がりがある人達はメールで気持ちを伝えてくる。
『読者はもういないので、見せる事はできません』
そう返信をすると、二人とも、持田さんと同じような事を言ってきたものだから私は苦笑してしまった。
私の物語の読者はもういないのだ。
それなのに、読者になろうとするのは、私の物語に意地でも関わろうという意図があるのかもしれない。
「……さて」
持田さんが描いてくれた挿絵をカラーでプリントアウトして、中谷さんが作ってくれた本の該当ページに糊で貼り付けた。
もっと良い方法で本を作ろうと思えばできたかもしれない。
しかし、今の私には、こういう方法しか思いつかなかったのだ。
「私の物語は完成したのよね?」
挿絵という欠けていたピースが埋まった事で、私の物語が完成した。
しかし、これで本当に完成したのだろうか、という疑念は残る。
それもそのはずで、私の物語の読者はもういない。だから、この物語が完成したのかどうか確認する事ができないのだ。
言葉通り、もういないのだ、この世に。
海難事故にあって行方不明になったのだ、私の物語を読んでもらいたい、唯一無二のあの人は。
私の物語についての構想をねって、何日もあれでもないこれでもないとアイディアを出し合って、物語を作ろうとしていた、あの人に読んでもらいたいという思いが強すぎて、色々な人を巻き込んで、あの人がいなくなってからも私は物語を作り続けた。
いつか戻ってくるかも知れない、あの人のためだけに書き続けた。
あの人に読んでもらいたい一心で。
私の物語を抱きしめたままの私が海のどこかであの人と再会する事ができるかもしれない。
お互い死んでいたとしても、魂は生きていて、私の物語を読んでくれるかも知れないのだ、あの人が。
手伝ってくれた人達はそんな事は現実的にあり得ない。すべてきではないと説得しようとしてきた。
たった一冊の私の物語をあの人に届けるために、あの人がまだ彷徨っているであろう光の届かない海の底へと向かう事を思いとどまってくれるのではないかと。
だけど、私は届けたい。
もうこの世にはいないであろう、あの人に。
私の物語を。
あの人のために描いて私の物語を。
「……それでは、さようなら」
さきほど完成した私の物語を大事そうに抱えながら玄関へと向かい、誰に言うとも為しにそう言って外に出た。
これで私の物語が終わるとは限らない。
あの人が私の物語を読んだとしても、完結したとは思ってくれないかもしれないのだから……
私の物語の読者はもういない 佐久間零式改 @sakunyazero
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