画面の中の仲間たち

幕画ふぃん

画面の中の仲間たち

 電気ケトルのカチっ、という音で意識が戻る。

 そういえばお湯を沸かしていたんだった、とまだ寝ぼけまなこの私はマグカップを手に取った。


 近所のドラッグストアで買ったお湯に溶かすタイプの紅茶。何種類かあるうちのお気に入りは、断然レモンティーだ。

 休日の朝、その紅茶を飲みながらダイニングでパソコンをぼーっと眺めるのが私の日課である。


 マグカップに熱々のお湯を注ぎ、鼻をくすぐる紅茶の香りを楽しみながらダイニングへと向かう。

 テーブルの上には作り置きしていたパウンドケーキとノートパソコン。私は紅茶をすすりながら、パソコンの電源を入れた。



 昨日は遅くまで仕事だった。

 朝は八時には出社し、帰宅は二十二時を超える日々。遅い時は日付が変わる前に帰宅する事もある。だが、生きていく為には仕事は必要だ。

 仕事が楽しいと思う事はないが、働きたくないとも言い切れない。

 そう――私は俗に言う社畜なのだ。


 そんな社畜が、最近になって手を出した趣味がある。

 大して余暇の時間がある訳でもないのに、ましてや思いつきや衝動に近い軽い動機で始めた趣味。

 でもそれが今や私の生活の一部となり、貴重な時間を割いてまで勤しむ"第二の仕事"とも言えるものになっていた。


 パソコンが立ち上がり、一番最初に開く画面。

 Web小説投稿サイト――カクヨム。


 私はこのサイトを主として、ある作品を執筆している。

 作品を投稿してから早いもので約三ヶ月。素人の私が書いた拙い作品であっても、ありがたい事に沢山の読者の方々に読まれている。


 と、言ってもまだまだ上には上がいる。

 しかし誰かと比べる為に書いている訳じゃない。そんな事を気にしても無意味なのは理解しているし、虚しくなるだけだ。

 でも、気になるのが人の性なのだろうか。


 ワークスペースに入り、一番最初に見るのはやはりアクセス数。

 通知は――あった。


 確認してみると、いつも応援して下さっている読者の方のハートマークの通知だった。

 この方は、Twitterでも凄くフランクに接して下さる猫っぽくて優しい方だ。いつも声をかけてくれて、そして読んでくれて本当に頭が下がる。


 でも、通知はそれだけだった。



 私はパウンドケーキを頬張りながら、ふと過去の通知に目を通す。

 そこには率直な感想を寄せて下さった方々のコメントが残されていた。

 その一文一文を読み返しながら、熱々の紅茶をすする。


 この方は、独特の感性を持った方だな。

 この方は、いつも面白いと言って下さる方だな。

 この方は、筋肉が好きな方だな。


 ――なんて思いながら、私は画面を戻した。



 数ヶ月前は自分でも驚くほど、時間を犠牲にして執筆に明け暮れていた。

 仕事が終わった後も寝る間を惜しみ、休日は朝から晩までパソコンの前に座り、そうして日々の更新をしていく度に新しい読者が増えていく。

 それがたまらなく楽しかった。嬉しかった。


 でも、そうした日々も過ぎ、いつしか私の作品は閑散としていた。

 その理由は自分でもよくわかっている。


 最近は更新ペースも落としているし、Twitterでもろくに宣伝していない。以前ほど読まれないのは必然なんだろう。



 でも、そんなものは大した問題じゃない。

 私には読者が、そして――このサイトで作品を書き上げ、切磋琢磨する仲間読者がいる。


 そう思うと、私はいつしか指を動かしていた。



 次の更新がいつになるかわからない。

 でも、少なくとも読んでくれる読者仲間がいる事。

 そして、読んでくれた仲間読者がいる事。


 それだけで、私はこの画面に向き合う事が出来る。


 疲れていても、忙しくとも、一分でも、一文字でも。

 私は今日も前に進んでいく。


 この画面に表示されている文字ひとつひとつを目に焼き付けながら。

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