管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~ 番外編6 幼女軍師と読者と仲間たち

出っぱなし

第1話

 フランボワーズ王国第一王子エドガールの軍師である妾は、政務のキリの良いところで砦の外に出て、軍事調練の様子を見に行こうと歩いていた。

 大きなあくびをし、黒い双髻そうけいがユラリと力なく垂れ下がり、小さな幼女の身体では鳥の羽よりも軽い仙女の羽衣ですら重く引きずってしまう。

 いくら賢者だとか隠者とか呼ばれた妾でも、さすがにこれだけの激務には疲れたわい。


 ん?


 妾は、エドガールの第三妃ベアトリスが、この地、河川地帯の冬では滅多に無い陽だまりの中で、一冊の本を読んでいるのを見かけた。

 

 そういえば、二人きりでじっくりと話をしたことがなかったのう。

 丁度良い機会じゃ。

 妾はゆっくりとした足取りで近づいていった。


「ほう?ずいぶんと懐かしい本を読んでおるようじゃな?」

「あ!リュ、リュウキ殿!?こ、これは、その……」


 ベアトリスはハッと真っ赤な顔で大慌てをして読んでいた本を隠した。


 その本は、主人公のひな鳥だけ他の小鳥たちとは違って醜いとイジメられ、色々と間に話があるが、最後に自分が美しい鳥だと気付き、悲しみから解放される話だ。

 子供向けの童話じゃな。


 それにしても、このおなごは、エドガールに出会うまでは屈強な男の騎士にも引けを取らん程の剛の者であったのに、ずいぶんと可愛らしくなったものじゃ。

 妾はクツクツと笑ってしまった。


「うう、リュウキ殿。ど、どうか内密にお願いします。このような子供向けの本を好んで読んでいると知られたら……」

「ファッファッファ!そのようなこと気にする殿下ではないわ!そなたの王子様は器の大きい男、妻と迎えたおなごの趣味をとやかくは言わん!むしろ、新たな一面を見つけたと可愛がってくれよるわ!」


 と、妾が大笑いをするとベアトリスはさらに耳まで真っ赤になって黙り込んでしまった。

 本当に、ういやつじゃ。


 とはいえ、エドガールの器の大きさは妾も認めるが、それ故に大問題も抱えておる。

 第一妃テレーズの存在である。


 あの狂女は間違いなくエドガールのアキレス腱であり、早急に対処せねばならない。

 しかし、エドガールはその事実を認めようとしないし、どう説得したものか。

 やれやれ、あの王子は人を、女をたらし込むのはうまいが、女の欠点に寛容というか、甘いというか、鈍いといえばよいのか、困ったものじゃ。

 それ故に、エドガールが仲間と呼ぶ妾ら側近たち、特に軍師の妾がしっかりせねばならないのじゃ。

 

「ときに、ベアトリス様よ、その本をよほど好きと見えるようじゃの?ずいぶんとボロボロになるまで読み込んでおるの?」

「え、ええ。早くに亡くしてしまった母の数少ない形見ですから。小さい時分、よく読んでいただきました。それに、不器量な私自身と重ねて合わせてしまって。」


 ベアトリスは少し悲しそうに笑った。

 いや、母を亡くした悲しみもあるのだろうが、自分の見た目の自信の無さを皮肉って笑ったのかの?

 だとしたら、見当違いじゃな。

 

 ベアトリスは決して顔が醜いわけではない。

 ただ、顔がおなごとは思えないほど精悍、男前すぎるのじゃ。

 もっとも、エドガールに見初められてからは柔らかみが出てきたがの。

 かつて、一度だけ社交界に出たらしいが、女装した男だとからかわれて笑いものにされ、二度と行かなくなったらしいが、偏見に満ちた狭量な貴族社会では致し方ないか。

 

「……ふむ。それで、普通の貴族のおなごたちとは違った生き方を選んだのじゃな?」

「はい。それからは、女を捨てて剣に生きました。この砦の騎士たちを束ね、河川地帯でも一端の剣士になりました。ですが、同年代の娘たちが縁組を結んだという知らせを聞く度に取り残された気分でした。」


 ベアトリスは遠い目で空を見上げ、まるで白く輝く翼で羽ばたく鳥たちが空の彼方へ去っていくのを見送るようだ。

 諦めたとは口で言ってはおるが、女の幸せを諦めきれたわけではなかったというわけじゃな。


「そして、辛い冬がやってきました。」


 冬、つまりこの河川地帯に今の狂乱の時代が来たわけだ。

 先の王家での陰謀事件に始まり、この河川地帯の大領主の処刑、その後の大領主の一族や臣下である旗手たちの凄惨なまでの粛清で、この河川地帯の秩序は崩壊したのだ。

 

 ベアトリスたちも例外ではなく、父であるこの砦の小領主も、王家への謂れなき反逆罪で処刑された。

 残されたベアトリスたちは盗賊に成り下がるしかなかったが、エドガールたちに敗れ、その配下となった。

 

「その原因である王族の一員の殿下を恨みはせんかったのか?」

「いいえ!そのようなことは決してありません!……確かに、初めは何をしに来たのだと疑念を抱きました。ですが、今はただ感謝しかありません。小さい領地ではありましたが、再び貴族として気高く生きることが出来るようになりましたので。」


 ベアトリスは明るい笑顔でニコリと笑った。

 確かに、嘘偽りはなさそうじゃ。

 エドガール殿下の太陽のような暖かい包容力のおかげかのう?

 冬が明け、春を迎えた雛鳥が羽ばたくかのように生き生きとしておる。


「それだけではないじゃろう?」


 妾は破顔し、無意識に腹を擦っている何とも幸せそうな顔のベアトリスをひとつからかった。

 ベアトリスはまた焦ってあたふたしてしまった。


「あ、いえ、そんな!私は、その……」

「ファッファッファ!恥ずかしがらずとも良いではないか!殿下のどこに惚れ込んだのじゃ?」

「う!……どことは言えませんよ。私などがエドガール様を語るなどおこがましいことです。まあ、私はエドガール様に気に入った、気高い魂の持ち主だと言われ、舞い上がったのは事実ですが……」

「ほうほう。殿下を受け入れる準備が初めから出来ておったからすぐに懐妊したのじゃな?」

「な!?そ、そんなにはっきりと言われるのは、は、恥ずかしいです。」

「ファッファッファ!何を恥ずかしがるのじゃ?子を成し、次の世代に命を繋げることは人の幸せではなかったかのう?」

「ええ、まあ、そうです。おっしゃるとおり、こんなにも幸せな気持ちは初めてです。まだ大きくないですし、動いてもいないのですが、ただここにもう一つ大切な命があるというだけで、満ち足りた気持ちになります。」


 何という慈しみのある尊い姿よ。

 この姿もまた、人の良き一面よな?

 どれだけ悠久の時を生きようとも、この考えだけはいつまでも変わらん。

 この姿を守るためならば、やる気も湧いてくるというものじゃ!

 激務に疲れたなどと、弱音などはいてはおれぬわ!

 

「ふむふむ。ベアトリス様は、もう自分に自信のなかった醜い鳥の子ではないようじゃな。白く輝く翼を持つ美しい鳥に姿が変わっておる。その本に書かれておる、主人公の鳥の子のようじゃ。」

「そう、ですか?もし、そのような奇跡が起きたのなら、この本をこの子にも読んで聞かせてあげたいです。」

「ほう!それは作家冥利に尽きるというものじゃ!それは何とも嬉しいことじゃ!」

「え?」

「ファッファッファ!その本は妾が書いたのじゃよ!」

「ええ!!?で、ですが、この本は私が生まれるよりも前に……」


 ベアトリスが驚愕に満ちた目で妾を見ておる。

 まあ、無理もなかろうな?

 今の妾の姿は、幼き子供、幼女の姿じゃからな。

 妾は笑いながら、混乱するベアトリスを残して軍事調練の視察に向かった。


 うむ、良い練度じゃ!


 やはり、エドガールは王者の器、その右腕『爆炎剣』ギュスターヴも間違いなく遅咲きの英雄じゃ。

 若きアンリもまた、新たな将軍になれそうじゃな。

 見事なまでに頼りになる仲間たちよ。


 これならば、次の世代である子供たちに、未来の宝に平和な世を届けてやれそうじゃ。

 絶対に戦いの物語の役者にはさせたくないのう。

 未来の宝、子供たちは、平和な世を勝ち取る戦いの物語を読むだけの読者にさせねばならん。

 そのためにも、この戦いの物語の作者、軍師である妾がしっかりと戦略を練らねば!


 軍師である作家、妾「私」が、「読者」である子供たちへ、親世代の「仲間たち」とともに平和を掴み取るための物語を綴ろうではないか!


 「私と読者と仲間たち」の物語は、きっと平和な世にこそあるに違いない!


 「私と読者と仲間たち」の物語を完成させて見せようぞ!


・・・・・・・・・


 みにくいアヒルの子のオマージュと平和への祈りを込めて

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