淡い春_その夏

@oh_shu

汝_その車窓

 夏の暑さというか、逆にその間になびくそよ風というか、そういったものに身を預けてしまえばまだいくばくかは楽になるだろうという、生きる希望がなくなってしまうような熱気に包まれた、初夏の木曜日。

 世間は明日を乗り切れば週末だというので、まだ一抹の元気が残っていそうなものだが、残念。我々一部の高校生(あるいは部活や残業に励む全ての人類)は土曜日も授業があるのだ。週末気分じゃいられない。

 クーラーが唸りを上げる、北の大地の電車内ですら首筋には雫が光るほど暑がりな私は、学校から家に帰るまでのこの退屈な時間をどうにかして飛び越えようと、重くもない瞼を必死に閉じようとする。

 まどろみを邪魔するのはいつも、聴き慣れた自動放送である。「次は、札幌、札幌。ホームは、右側です。」この後に続く英語放送なんて何度聞いたかわからないが、それでもやっぱり覚えちゃいない。要するに、自分の人生の中ではそれぐらいの重要度なのである。しかし、その日は何故か放送を邪魔だとは思わなかった。

 そういった日が一年に何度かある。そして、そんな日には決まって「あなた」が乗ってくる。運命的なのだろうか、いやあなたはきっとそうは思っちゃいないだろうが、それでも、「今日はいるかも」と思った日には必ずあなたはそこにいる。

 私より二回りほど小さなその体が、一体どうやって支えられているのか私は知る由もないが、あなたは私には気づかない。ただ、こう話せるチャンスは一年に10回もあるわけではない。ある意味ではもったいないと思ってのことなのか、あなたに声をかけるために私は席を立った。

 最近はスマホゲームに夢中らしいあなたは、私には一切気づく素振りがないが、「お疲れ様です」

と、声をかける。この挨拶だけは、多分一生変わらないだろう。

 そこからは早いものである。ずっと喋り続ければ、快速の旅もあっという間だ。もう少し長くてもいいのに という甘いラブストーリーの登場人物が言いそうなセリフを胸に秘めながら、(実際そんな経験をしたことがある人は多いはず)電車を降り、改札を出、あなたは自転車に、私は車へと別れていく。

 同じ小学校、中学校の先輩後輩である私とあなたは、地元の中学からは数少ない札幌に出た面子で、その他に色々いるのはいるのだが、あなた以外に会うことはほぼない。

 時折見せるその屈託のない笑顔が、どうにも面白いなと思い続けて、もう既に4年半が経ったのか。


この駅で あなたが乗ってくるかもと いつも空きつる 私の隣


まどろみ溶けるような夜の車窓にも、汝の声と姿は今も残る。

 

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