クズ、そして純粋悪

ヘイ

愚者

「テストテストってくっだらない。僕らをそうやって数字で見て、見下して。大人のやることは単純ですね」

 

 不躾な態度を見せながら黒髪の男子学生は宣う。

 卑屈に笑う。

 ゴミ。

 クズ。

 カス。

 これらの言葉は彼にとって聞き慣れた物だ。

 よく先生や大人達に吐きかけられる言葉で、男子学生の彼はヘラヘラと笑う。態度は言葉に応じる様に正しくクズ。

 

「お前のテストの点数は────!」

「国語21点、数学12点、現代社会81点、世界史3点、化学基礎8点、生物基礎12点ですね」

「分かってるんだな!?」

「まあ、はい」

「なら、何で直そうとしない!」

「んー、興味ないからですかね? ……だって学校のテストって別に意味なくないですか? ここで赤点を取らなかったからって一般受験する人には関係ありませんし。僕だって大人に認められたいからテストを受けるわけじゃないんですよ。仕方ないから、そう仕方ないからなんですよ。まあ、それと僕が勉強できないってことに明確な関わりは有りませんけど。まあ、普通に僕、頭悪いんで」

吉野よしの!」

「まあ、正直なところ僕は納得いってないところもあるんですよ。僕はこの学校の先生の多くが先生を名乗って良いのかどうかと。確かに僕らはあなた方の生徒で、その大半は親に金を払って貰って通わせてもらってる立場です。まあ、それと同時に客であるわけなんですよ。真のカスタマーは親じゃない。学校を利用する僕たちです」

「お前──!」

「待ちなさい、忍野おしの先生。……つまり、吉野くん、君は我々の教員のレベルに文句があるんですね? 私たち教員には高レベルの国立大出身者が多数居ます」

「ナンセンスですね、教頭先生。学歴なんて気にするのは授業を受けないPTAの保護者方々です。教育を享受する僕らはアンタらの人生なんてどうでも良い」

「教師の学歴は即ち、授業のレベルに値すると思いますが?」

「授業のレベルが高いことはイコール指導能力の高さには成りませんよ。……あと、対応力」

「……では、元々の君の資質が低かっただけのことでしょう」

 

 白髪の丸眼鏡をかけた痩せぎすの体躯の老人は溜息を吐く。

 この少年とは話すだけ無駄だ。

 

「へー。僕推薦とかじゃないですけども。資質どうこう言うなら入試の合格点上げれば良いじゃないですか」

「今は君の話をしてるんです」

「……でも、僕みたいな生徒が増えても困るでしょう?」

「私は困りませんよ」

「ああ、違います。僕みたいなゴミでクズでカスな協調性のカケラもなく、大人の言うことを大人しく聞こうともしないクソガキに学校に入られたら困るって話ですよ」

「……君と話すのは面倒ですね。全く私の話を理解しようとしませんから。もう良いですよ。但し、補修には出てくださいね」

「分かってますよ、教頭先生。あ、忍野先生も時間とらせて申し訳なかったですね」

「む、あ、ああ……」

「じゃあ失礼します」

 

 気味の悪いほどに落ち着いた少年。

 頭が悪いクズ。

 教師達からは様々な文句が飛ぶ。

 あんな生徒、退学にさせろ。学校に通わせるな、などと言ったもの。

 

「もうちょっとは現状を何とかしようとしてよ。僕の苦労も分かって欲しいね。特に何の苦労もしてないけど」

「よ、しのくん?」

「ん? あー、ごめんね待たせたね。ほら、帰ろっか。一人で帰るとまたイジメられちゃうんだろ?」

「ごめんね。教科書も全部捨てられちゃって……」

「いーっていーって! 気にしたらダメだよ? 君をイジメてる奴だって迷惑かけてるんだし、君も僕に迷惑かけるくらいなら訳ないよ」

「あ、ありがとう」

「でも、勝手に仕返しとかは考えないでね? 僕がやってきたこと全てが無意味になるし、君を守った意味もなくなる」

「なんで……」

「何でって、そんなの君がやり返せるくらい強かったら、僕は君を守っていたんじゃなくて君と協力してたことになるでしょ? それに……」

「違うよ。なんで、僕を助けてくれるの?」

「あ、そっちか〜。まあ、簡単に言うなら、楽しそうだったからだね」

 

 吉野の答えに彼は震える。

 悪意でも善意でもなく、ただ快楽を求めて彼は手を伸ばしたのだと理解してしまったから。

 

「ね、佐藤君。僕はさ、楽しいこと好きなんだぜ?」

「う、うん……」

「あ、別に君のイジメられてる現状が面白いとは思ってないんだけどね」

「わ、わかってるよ」

「ただね、言い返されると思ってないやつ。自分に刃向かわないと思ってるやつに痛い目見せてやるのって最高に楽しそうじゃん。だから勝手に仕返しとかしないで欲しいってのもあるんだよね」

「わ、からないな」

「ん? まあ、そう言うもんか。……ねえ、佐藤君ってさ嫌いな奴いる?」

「僕をイジメるやつ、かな」

「そっか。じゃあ、僕は僕の大切だと思う人以外の全員。……嫌いな奴ってさ死んで欲しいって思うじゃん。死んでも良いって思うじゃん。でも無関心な奴に対しても僕らは死んでも良いって思うよね」

「…………」

「……冗談だよ。そんな地球滅亡を願う身勝手な人間なんて立場に成ったつもりはないし。まあ、純粋に嫌な奴は不幸になったら心がすくだろ?」

 

 穏やかで狂っている。

 緩やかに狂気を覗かせる。

 佐藤は吉野を恐れている。それはもしかしたら、自らを虐める彼ら以上に。

 

「物の例えだけど、戦争ってのは話し合いで解決できなくなった時の最終手段。ならイジメに関しても話し合いで解決なんてハナから出来るわけないんだから実力行使しても良いと思うんだよね」

「…………」

「その例えでいくと僕と佐藤君は同盟者ってわけ。これは集団的自衛権って奴だ。君は彼らから実害を受けている。それで僕と君は友達関係にあるから僕が彼らの攻撃から守ってあげる」

 

 下校途中の道、今はまだ夏休み前だと言うの寒気が佐藤の背中をなぞった。

 吉野の存在は異常で、異質で、悍ましい。

 

「君に害を与えようとするってことは、彼らも害を与えると言う行為には賛成なんだろ? これは議論の余地もない。君がマイノリティで彼らが多数派であると言うなら、僕も都合よく彼らの多数派の意見を尊重しよう」

「もしかして……」

「ま、僕ってば弱っちいから酷いことにはならないよ。大した期待されても困るけどね?」

 

 ケロリと笑った。

 アイスが食べたいと言って吉野はコンビニに入ると一つアイスを買ってきて、半分に割って佐藤に分けてくれる。

 

「ほら、帰ろっか佐藤君」

「うん」

 

 佐藤は親に吉野と絡むのを止めろと言われている。彼には親がいないから。

 教育の都合上、悪影響を受けるのではないかと。

 なら、このまま学校に通っていた方が問題が多いと佐藤自身思っていた。少なくとも吉野といる間は佐藤にとっては安全であったのだ。

 

 毒は回る。

 そして、吉野は自らを毒であると認識していないのだ。

 

 

「ただいま。……さて、そろそろ本格的にどうするか考えよっかな」

 

 彼の胸中には好奇が渦を巻く。

 彼の中では大義に満ちた闘いの幕が上がるのだ。

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クズ、そして純粋悪 ヘイ @Hei767

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