第50話 チルチルとサトシ -バッテリー-
ロンが川から帰ると、いつものようにメイが家で待っている。ロンは速足で帰る。今日は大漁で、早く獲物を見せたかった。
メイはスープの用意をしていた。捕れた魚をさばいて、スープの中に入れれば、すぐに出来上がる。
ロンが家の扉をたたくと、メイはすぐに外へ飛び出る。太陽はもう森に隠れて見えない。もうすぐ夕暮れになる。
「今日は大量だね。干物を作っておけるくらいある。さすがだね」
メイはロンの肩に手を回した。
「俺を誰だと思ってるんだよ」
ロンはメイに自慢した。
ロンの右肘も随分と良くなっていた。網を投げてもそんなに痛くない。日本の治療がよかったのかもしれない。
スープができると、ふたりで食卓の準備をする。美味しそうなにおいが部屋中に広がる。
「ところであの新人さんはどう?」
「ああ、ジョシュアおじさんは、『あいつは筋がある』って言ってた。でも、チルチルがやった方が全然うまいと思うんだけどねえ」
ロンとメイは笑った。
チルチルは、家で母親に習いながら、慣れない料理をしていた。確かに川に漁にでる方が、自分には向いていると思った。でもこうやって彼を待つ毎日も、楽しいかもしれない。
暫くすると、ジョシュアがひとり手ぶらで帰って来た。チルチルは驚いて聞いた。
「あれ?ひとりで帰って来たの?」
「ああ、獲物と道具はあいつがかついで帰ってくる」
「何よお。それ」
「若いもんは荷物持ちに決まってるだろ」
暫くして、森の中から、島では色白の若者が、網と魚の入ったカゴを抱えて帰って来た。
草原の小道を歩いてくる若者を見つけて、チルチルは駆けよった。一緒に家に帰る。
すぐに獲物の品評会が始まる。
「どうだった?」
「まあ、こいつも、あと二十年はかかるかな」
「とうちゃんに聞いてないよ」
チルチルは、少しふくれた。
カゴからは十五匹ほどの魚がでてきた。
「へええ」
「やったあ」
チルチルと母親が声を上げた。
サトシは、二人の笑顔がとてもうれしかった。
チルチルは、シーズンが終わると、契約を打ち切られた。やはり、敬遠しかされない選手が退屈なのは、間違いなかった。空港にはママ・ティナだけでなく、サトシが見送りに来てくれた。とてもうれしかった。
チルチルを打ち取った魔球の持ち主が、突然引退を発表し、マスコミは驚いた。
サトシも野球に未練がないわけではなかった。大好きな野球と離れるのは辛かった。
せっかく一軍に定着できたのに。それに、ものすごい決め球があるじゃないかと、みんなに反対された。
でも野球よりも大切なものもある気がした。
「野球で得たことは決して、無駄にはならないでしょう。何しろ思いの人とは、野球のおかげで知り合ったのでしょ?それこそが、縁ではないですか」
リョウゼン和尚は、笑顔で応援してくれた。
明日はカヌーに乗る。海での漁を教えてもらう。この島での新しい生活。ボールはなくても、心のキャッチボールはできる。そこに最高のパートナーがいるからだ。自分の選択は間違いないと確信していた。
そしていつか、この島の子供たちに、二人で野球を広めるのも悪くないと思う。
食事が終わりると、サトシは窓を開け、外を見た。満天の星空を見上げた。歓声も何もない、静かな夜だった。流れ星は、チルチルのホームランよりも、はるか遠くに見えた。
(終)
南の島からやって来たタイフーンギャルは、ホームラン率10割のスーパースラッガー ~私の辞書にはアウトなんて言葉はない~ 上海アオリン @aolinhaohaosha
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