第49話 チルチルとサトシ4 -勝負- 

 日本シリーズ、ドルフィンズとベアーズの勝負は二勝二敗。


激戦が続き、両チームとも選手たちは、相当に疲弊している。次の試合に勝った方が王手を取る。逆にこの試合を落とした後に、消耗戦が続いている中で、連勝するのはかなり厳しい。


 この試合が天王山になる。両監督ともこの一戦が最大の山場だと考えていた。


ベアーズのゴンダピッチングコーチは、サトシに声をかけた。

「今日はあるぞ。きっと」

「本当ですか?」

「ううん、そんな気がするだけや」

「はあ」


それでも肩を叩かれると、サトシも気合いがはいった。ついにチルチルと野球場で真剣勝負ができるかもしれない。自分のボールを見てほしいと思う。




第五戦、予想を裏切り、両チームとも中四日でエースの先発となった。二人の監督はどちらもメンバー表を見てニヤニヤした。


やはり温存しない。今日が勝負になる。


両エースとも、長いシーズンで疲労は蓄積していた。それでもシーズン最後の先発になる試合で、全てをかけないわけがない。


日本一になるチャンスなど人生に何回もない。日本一のエースの称号が欲しくないわけがない。二人のプライドに火が点いた。


試合が始まると、両エースの素晴らしい投球で、序盤はスコアボードに「0」が続く。


こういう試合だからこそ、チルチルの使い方が重要になる。サギザワ監督には、予感があった。今日こそ、チルチルのあの唯一無二のスイングが火を噴く。そんな気がした。


 無得点が続いた四回裏。ドルフィンズのエース、アカイソのスライダーが高めにいく。失投をベアーズの五番バッターがライトスタンドに打ち込み、ベアーズが一点先制する。


しかしアカイソは落胆せず、堂々と次のバッターに挑む。打線が必ず逆転すると信じる。アカイソは次の打者を三振に打ち取ると、ガッツポーズを見せる。


五回表。一点をリードしたベアーズのエース、スギダチは、一点を守り抜かなければと、力が入り、先頭バッターにフォアボールを出す。


 チルチルを使うのはここか?バッティングコーチのクロバタケはサギザワを見た。サギザワは動かない。勝負どころはまだだと見たのか?


クロバタケはサギザワを信じることにした。とにかくシーズン終盤からサギザワの采配は当たりまくっている。まるで神様がついているようだった。


次の七番バッターが送りバントを決めると、なんと八番バッターのキャッチャーにもバントをさせる。


エースに変えてここで代打とは思いきった作戦だと思ったら、なんとそのままピッチャーのアカイソに打席に立たせる。さすがにクロバタケも驚いた。DH制のユニバーサル・リーグの投手は、打席に立つことがほとんどない。


相手チームもさすがにこれは愚策だと思った。絶対にアウトを取れる状況を作ってくれた。


しかし、逆にバッテリーや守備陣は、予想外のプレッシャーを感じていた。絶対にアウトを取れる状況だと、ベンチは安心している。これでアウトを取れなかったら、何を言われるかわからない。ベアーズナイン全員の肩に力が入った。


この状況ではフォアボールも出せない。スギザワはストレートでストライクを取りにいった。


アカイソはがむしゃらにバットを振った。打球は当たりそこねのゴロになった。普通のプロのバッターは打たない、力のないゴロ。スギザワはダッシュで前進して、ゴロを取り、慌てて一塁に投げた。


送球はワンバウンドになった。ファーストもピッチャーからの思わぬ送球ミスに慌てた。ファーストミットはボールを弾いた。


ドルフィンズの観客席から大歓声が沸き起こる。1対1の同点になる。


クロバタケはサギザワの神采配に驚いた。まさか、敵が緊張することまで予想して、ピッチャーに打たせたのか?サギザワに、その意図を問うのはやめた。


その後、両エースは七回まで投げ合い、どちらも追加点をゆるさず、1対1で八回に入る。八回は、両チームの中継ぎの切り札が、それぞれ三者凡退に抑え、同点が続く。


緊迫したゲームはついに九回にはいった。この展開はチルチルのいるドルフィンズに有利に思われた。チルチルは絶対にフォアボールを取れるので、ひとりでもランナーが出れば、間違いなく得点圏までランナーを進められる。ベアーズにとっては、大きなプレッシャーになる。


 ベアーズは同点でも、九回にクローザーを登板させた。いい投手を残して負けることはしたくないとベンチは考えた。チルチルは必ずこの回に出てくるはずだ。肝心なのは最初のバッターだ。


 まだドルフィンズは動かない。先頭打者に、にチルチルは出てこなかった。ランナーが出るまで待つつもりか。ピッチャーは、バッター以外に、チルチルの影とも戦う必要がある。


 バッターのガルシアは、絶対にフォアボールを出したくないので、相手投手はストライクを取りに来ると確信していた。それも一番得意なフォーシームのストレートで。


 タイミングがばっちりはまった。しかも、ガルシアはホームランを狙わず、小さなスイングでヒットを打ちにいった。速いゴロは三遊間を抜け、レフト前ヒットになる。それは出会い頭の偶然ではなく、ガルシアの作戦勝ちだった。


 ガルシアに代走が出される。

「Hey,Girl. Your time!!」

 ガルシアはチルチルを指さし、ベンチに向かって走る。


 チルチルは、敬遠されるのを覚悟していても、練習場で素振りを何回も繰り返し、体を温めていた。そして、万が一が来れば、絶対にホームランを打つ自信はあった。


 ここが勝負だと、サギザワはベンチを出て、主審に代打を告げた。


 アナウンスの前から、すでに場内はざわついていた。

「七番ショート コバシに代わって、代打チルチル。背番号100」

 ベアーズ応援団のため息はブーイングに代わり、ドルフィンズ応援団のざわめきは歓声に変わった。


「よし、あいつを呼べ」

 ベアーズベンチが動いた。


 ベアーズベンチからも、ピッチング・コーチもゴンダがマウンドにかけよる。誰もが、敬遠の確認と、その後の作戦の伝達だと思った。ホムラ監督が出て審判のところへ行っても、ドルフィンズベンチも、観客も、きっと守備の交代だと考えた。


「選手の交代をお知らせをします。ピッチャーミヤセに代わりサトミ。背番号77」

 

 場内はどちらの応援団からも驚きの声が上がった。まさか、クローザーを変えて、一軍に来たばかりの若手が出てくるとは。もしかして、怪我でもしたのか。しかしそうだとしても、実績のある投手はまだ他にもいるはずだ。何より、敬遠しかないのに、なぜ交代する?


 すでに、バッターボックスにいたチルチルは、いつもとは違う場内のざわめきを不思議に思っていた。マウンドに現れたのは、サトシだった。


「サトシ!」

 チルチルはうれしかった。サトシと大歓声の球場の中、こうしてまたピッチャーとバッターとして、再会できた。それは、チルチルにとっても夢見るような光景だった。


 できることなら、真剣勝負してほしい。今のサトシのボールをバットで感じたいと思った。それは奇跡なのかもしれないが、奇跡を信じて、サトシの投球練習を見た。


 サトシは、ストレートとスライダーを投げた。確かに、春よりもスピードが上がり、スライダーの曲がり方も鋭くなっている。チルチルは自分のことのようにうれしかった。


 サトシは、目を閉じた、やることは一つ。何万回もイメージした感覚を再現するだけ。緊張はしていない。そこには、チルチルにボールを見てもらう喜びがあった。あなたに見てもらうために、このボールをマスターした。これは自分の魂であり、君へのプレゼントなんだ。


 投球練習が終わり、プレイの声が審判からかかり、チルチルがバッターボックスに入る。サトシの目を見て、確信した。今までの投手たちの目と違う。これは勝負する男の目だ。チルチルは確信した。

「サトシ、ありがとう」


マウンドで、サトシから全ての音が消えていた。何万人もの観客が興奮して発する声援。しかし、サトシには何も聞こえなかった。キャッチャーミットとストライクゾーンだけが、見えた。後は自分のイメージの線を、体で追いかけるだけだった。


チルチルには、サトシがアンダースローで投げるのが見えた。それは初めて見るフォームで少し驚いた。


投げられたボールには普通のストレートより弱い回転がかかっていた。ただ、とても美しい回転に見えた。変化はほぼないはずだ。チルチルはボールを見極めた。ストライクゾーン高めに来るボール。その中心から5ミリ下のホームランポイントを目掛け、迷いなく撃ち抜いた。


 カツウウウウウン。


「???」

聞いたことのない音がして、チルチルの手元に不思議な感覚が残った。


「何が起こったの?」

 チルチルは、驚いてボールの行方を追いかけた。


 ボールが高く高く、真上に上がっていくのが見えた。


 







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