第48話 チルチルとサトシ3 -日本シリーズ-
ベアーズは、終盤に王者らしい戦いを見せた。優勝争いの上位同士の試合は、接戦で勝った。チルチルに打たれた後、調子を落としていたエースのスギダチも完全に復調していた。
そしてホームで、川崎ロケッツとの対戦。勝てば優勝が決まるという大事な一戦。シーズン序盤は苦しんだベアーズが、王者のオーラをただよわせ球場に現れた。
初回にツーランホームランで先制すると、先発ピッチャーは五回まで無得点に抑える間に、打線は追加点を上げる。
六回に二点を返されると、ピッチャーを交代。左投手が相手の左バッターを抑えると、次にサトシが登板。サトシは右バッターをショートゴロでアウトにし、ワンポイントの役目を果たした。サトシはチームに貢献できてうれしかった。
最後は調子の上がったリリーフ陣が、試合の終盤をきっちり締めた。ベアーズはリーグ優勝した。強い王者が帰ってきた。
しかし、サトシはまだまだ喜んではいられなかった。ビールかけも、そんなにうれしくなかった。
結局、日本シリーズへの出場ができなければ、チルチルとの対戦はできない。リーグ戦優勝で、クライマックス・シリーズが有利になっただけで、まだ次の関門をクリアする必要がある。サトシはまだまだ不安だった。
サトシの不安をよそに、ベアーズは、やはり王者だった。ファーストステージを勝ち上がった川崎ロケッツとの第一戦をエースの好投で勝つと、二戦目も連勝し、日本シリーズに王手をかける。第三戦は落としたものの、第四戦に打線が爆発し、8対6でロケッツを撃破した。
ベアーズは、オーシャン・リーグの代表として、日本シリーズ出場を決めた。
僕らは勝ち上がった。何としてでも、チルチルのいるさいたまドルフィンズと戦いたい。どうしても、ドルフィンズに勝ち上がってきてもらわなければならない。
しかし、こればかりはサトシの力ではどうにもならない。サトシは、ただ祈った。
下馬評では、ドルフィンズ不利だった。打線は波が大きく、投手も層が薄い。クライマックス・シリーズで四勝するのは難しいのではないか?先発も抑えも、安定していて、一勝のアドバンテージのある大阪エレファンツが有利だろうという声が、大きかった。
しかし、不安定と言われた打線が、ここ一番で打った。層が薄いと言われた投手陣は、エースが踏ん張り、ドルフィンズもリーグ代表として、日本シリーズへ勝ち上がった。
チルチルは喜んだ。もしかしたら、サトシと対戦できるチャンスが来るかもしれない。自分と勝負することがあれば、それは、九回裏同点で満塁という時以外はありえないだろう。しかし、そういう場面にマウンドにサトシがいるということは、本当にあるかもしれない。
サトシも、自分のチームが勝ったようにうれしかった。さあ、舞台は整った。そして、大一番のその前に、やることがある。
サトシは、室内の投球練習場に、ピッチングコーチのゴンダを呼んでいた。チルチルとの秘密練習のように、キャッチャーとコーチ以外は、誰もいない。普段はおとなしいサトシが、自分から声をかけて来たので、ゴンダも驚いていた。
調子がどうのとか、肩の調子がどうのというような話ではなく、新しいボールを見てくれというリクエストだった。しかも、チルチルを打ち取るための魔球だという。
実に大きな風呂敷を広げたものだと、ゴンダも少しあきれていた。しかし、選手のやる気をそぐのもなんだと思い、とりあえず見てやることにした。
サトシはキャッチボールを終えると、キャッチャーを座らせた。そして、決して恰好がいいとは言えないアンダースローで、投げた。
それは、どう見ても付け焼刃のアンダースローで、力のないボールに見えた。ところが、ストライクゾーンの高めに来たボールを、なぜかキャッチャーはミットの端に当てて、こぼした。
「あれ?」
声を出したのは、キャッチャーだった。なぜあんなボールをはじいたのだろうと、不思議だった。
ゴンダは、自分の目の錯覚かと思った。確かに、ベースの直前で少し浮き上がったように見えた。そんなおかしな動きをするボールは、ブルペンで何万球とボールを見て来たが、一度も見たことがない。
「もう一回投げて」
不格好なアンダースローから投げられたボールを、ゴンダは注意してみた。またしても、ベースの近くで浮き上がったような気がした。キャッチャーはまたポロリと落としたのだった。
「おいちょっと来い」
ゴンダはキャッチャーを呼び寄せた。
「最後に浮き上がったよな」
「多分…。浮き上がってます…」
三球目、今度は、何とかキャッチャーはボールをミットに収めた。しかし、ボールの軌道は間違いなくホームベースの手前三十センチのところで、羽ばたいたように浮き上がっていた。
「ちょっと待って。監督を呼んでくるわ」
監督のホムラは、サトシのボールを見て驚いた。確かにこのボールは秘密兵器になる。それでは秘密兵器をどこで使うのか?そんなものは決まっている。相手の絶対の切り札を叩き潰すのだ。
サトシには、監督に認められたうれしさよりも、投げた五球のうちの一球が、ちゃんと浮き上がらなかった悔しさの方が強く残った。
多分一度しかないチャンスで、絶対にあのボールを成功させなければならないのに。サトシは、また、イメージトレーニングを繰り返した。あの浮き上がるボールを絶対に成功させるため。
今回の日本シリーズは、リーグ戦を優勝し、クライマックスシリーズを難なく勝ち上がったベアーズが圧倒的に有利、というのが、解説者たちの大方の予想だった。ただレジェンドのカミオチの爺さんは、「野球は勝つか負けるか、いつも二分の一」などと、わざと煙に巻くような発言をしたが、それは決して本音ではないのは、みんなが知っていた。
しかし、ドルフィンズのベンチで、自分たちが負けると考えている選手は、一人もいなかった。半年以上の戦いでつかんだ日本シリーズ。チルチルの力だけではない。最後にチームは一つになった。王者だか盟主だか知らないが、勝つのは俺たちだ。
ベンチ入りのメンバーにサトシが入っているのは、ママ・ティナから聞いて知っていた。
試合前のドルフィンズの練習を見ていると、ランニングをするサトシを見付けて、チルチルはうれしかった。遠くに見えるサトシに手を振ったが、サトシからは何の反応もなく、がっかりした。
初戦、エース同士の投げ合い。ベアーズのエース、スギダチは絶好調で、スキが無く、ドルフィンズを0点に抑え続ける。
かたやドルフィンズのエース、アカイソも負けてはいない。クライマックス・シリーズの疲れも、もろともせず、たとえランナーを出しても、ホームは踏ませない。
ノーアウトのランナーが出れば、すぐにチルチルを代打で送る気でいたが、スギダチは五回まで、全ての最初のバッターをアウトにした。
ドルフィンズは、先に勝負をかけるため、六回の先頭バッターに代打チルチルを送る。相手ベンチを見たが、サトシはいなかった。ブルペンでずっと、調整を続けて、その時のために控えている。
ベアーズのピッチングコーチのゴンダは、ホムラ監督の方をちらりと見た。サトシは準備を終えている。しかし、ホムラは動かない。
まだ切り札を出すタイミングではない。本当の勝負の時は必ずやって来る。
スギダチが、チルチルを敬遠で歩かせた後、次のバッターはバントに成功するも、後のふたりを連続三振に打ち取る。
最高の結果に、ベアーズベンチは勝利を確信する。そして8回裏に連打で取った一点を、エースとクローザーが守りきり、ベアーズは敵地での初戦を勝つ。
ホームでの初戦を落としたドルフィンズだったが、選手達は決して下を向かない。
「おしかった、おしかった。明日はいける」
サギザワは試合の後、選手を鼓舞した。
「明日はいけるわよ」
ママ・ティナの言葉に、選手たちは、すぐに反応した。
「おう!」
第二戦、初回からドルフィンズの打線が火を吹いた。ランナーを一塁において、四番のフカメがバックスクリーンに打ち込み先制すると、次の回にもガルシアがホームラン。その後も、得点を重ねる。
すでに決まった試合で、チルチルは試合に出す必要もなかった。
ベアーズも、この試合はサトシをチルチルにぶつける機会はないと見切り、七回から敗戦処理のリリーフとして、登板させた。初めての日本シリーズ、不運なエラーもあり、一点を失った。悔しい日本シリーズデビューになった。
チルチルは、どちらを応援していいものか判らない不思議な気持ちで、サトシの投球を見た。
結局、11対2という大差で、第二戦はドルフィンズが勝った。
一勝一敗で、舞台はベアーズの本拠地東京に戻った。しかしドルフィンズの勢いは止まらない。
一回一番バッターが内野安打で出塁すると、初回からいきなりチルチルが代打に出される。場内には大きなブーイングがとどろく。
ゴンダはホムラ監督を見たが、動きはない。まだ勝負どころではないのかと、少しいらいらした。
チルチルはお決まりの敬遠で出塁し、チャンスを広げる。その後、三番、四番が連打。ドルフィンズが二点を先制する。
その後、ベアーズは追いつくが、四回にまたドルフィンズに二点が入り、そこにまたベアーズが追い付くという目まぐるしい展開になった。そして九回にドルフィンズが一点を入れて7対6になると、九回裏のツーアウト満塁のピンチを乗り切り、二勝一敗と勝ち越す。大喜びのドルフィンズベンチ。
この日、サトシだけはブルペンにこもりきりで、ベンチにも姿を現さなかった。
続く、第四試合、二回表にドルフィンズが1点を先制すると、四回裏にベアーズが2点を返し逆転する。五回表にドルフィンズがホームランで2点を取り逆転すると、今度は七回裏にベアーズががスリーラン・ホームランで3点を入れ逆転。
8回表、ワンアウト一塁から、サギザワは切り札チルチルを代打に出し勝負をかける。チルチルのフォアボールの後、次の打者のセカンドゴロでランナーが二塁三塁に進むと、次のバッターがライト前ヒットで、二点が入り、ドルフィンズが再度逆転。これでドルフィンズに流れが来たと思われた。
しかし、8回裏にベアーズの主砲のホームランで同点にすると、9回裏、先頭バッターがセンター前ヒット。送りバントの後、敬遠と三振があり、ツーアウト一二塁になる。そして代打がレフト前にヒットを打ち、ベアーズがサヨナラ勝ち。
激戦を勝ったベアーズ・ベンチは優勝したかのように盛り上がった。
「おおい、みんな。下向くな。明日は絶対勝とうぜ」
悔しいドルフィンズのベンチには、サギザワ監督の声が響いた。
明日は決戦になる。みながそう思った。
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