【KAC20215】スマホは僕の世界そのものだ

木沢 真流

だからスマホを止めることにしました

 スマホは僕にとって世界そのものだ。

 そう告げると君は笑ったよね。でも決して大袈裟じゃない、例えでもない。本当に僕はスマホを通じてしか世界と繋がりを持てない存在なんだ。今まで黙っててごめん。

 初めて君を知ったのは、ソーシャルゲームだったね。みんなでチャットをしながら協力してクエストをクリアする、よくある普通のゲームだった。その中で君はいつでも必死に頑張っていた。僕の失敗でクエスト攻略を失敗した時も君は励ましてくれた、うまくいかなくてチームが落ち込んでいる時も君は冗談を言ってメンバーに明るさをくれた。そんなひたむきな姿に触れて、だんだん僕は君のことが気になるようになっていたんだ。

 ゲームがサービス終了となるとき、僕は君と連絡先を交換したよね。思えば僕らの交流が始まったのはそれからだったね。

 メッセージだけのやりとりでも、本当に僕は楽しかった。恵美という本名がゲーム上の名前「エミ」と同じだったのは驚いたよ。君が美大で絵を描いているという話、イメージ通りに書けなくて悩んでいるという話。描いてみた春の風景が思った以上にうまく描けたことや、バイトの先輩にいじめられて涙を流したこと。君の話は全て僕に潤いを与えてくれたんだ、そうまるで砂漠のオアシスみたいにね。

 ある日君は突然、僕に彼女はいるか、って聞いてきたよね。彼女がいたら、こんなに君とやりとりするはずがないのに。何でそんなこと聞くんだろう、って思ったよ。僕がいない、って答えると、君はその場所に私を入れてくれないかな、って言ったよね。最初、それがどういうことかわからなかったけど、ひょっとしたらって思って僕は聞いたよね。それは僕の彼女になってくれるってこと? って。君がそうだ、と返事をくれたとき、僕は天にも昇る心地だったよ。曇天の空に一筋の光が舞い降りて、そのまま全ての雲の粒子が一瞬で消え去ってしまうような、何とも言えない胸が暖かく撫でられたような、そんな気持ちだった。


 だから僕は連絡を断ったんだ。

 君は僕の彼女になってはいけない。だって僕は……。これ以上君を困らせるわけにはいかない。僕と一緒にいたら君は不幸になる、僕は片腕をちぎられるような思いで、君との連絡をブロックするためにスマホを閉じた。こうして僕と君とのつながりは消えた、2021年12月31日。ちょうどこの日を境に僕らは他人同士になったんだ。


 僕は生まれた時から手足が無く、しっかりしていたのは頭だけだった。僕の両親は僕を生かすために僕を特殊な部屋に閉じ込められ、栄養管理をし、僕の脳が生きられるよう全身に生命維持装置を装着した。僕の思いは眼球を動かすことでしか伝えられない。目の前に置いてあるスマホの画面を見ながら、眼球を動かすと、それを感知した装置が僕の思い通りに言葉を打ったり、画面を変えたりしてくれる。目さえ動けば何でも操作ができた。

 僕はスマホの画面を通じてしか世界を知ることができない。あらゆる教育、情報、交流は目の前のスマホを通じて、眼球を動かすことでやりとりされた。幸いなことに僕の状況に気付く人はほとんどいなかった。なぜならこの時代、教育や娯楽はリモートで行われているから、五体満足であろうとも不満足であろうとも、スマホの操作をスムーズにできれば健常者との違いはほとんどなかった。

 でもさすがに交際は無理だ。僕じゃ彼女を幸せにはできない、僕なんか忘れてもらった方がいいんだ。恵美、僕は君と出会えて本当に幸せだったよ、ありがとう。

 初めての恋がこんな形で終わるのは本当に心苦しかった。でも仕方ない、2022年は気持ちを切り替えよう。もうすぐ年が明ける、カウントダウンが始まった。来年はどんな年になるだろう、世界のみんな、良いお年を。



 荒廃した大地には人類の影は一欠片もなかった。

 以前は科学の粋を集めた都市も今や廃墟となり、虚しい風がぴゅう、と通り過ぎる。

 その瓦礫の隙間からメモリーボックスがにゅっと頭を出した。風の勢いでそれは転がり、スイッチが押された。ざー、という音と共にメッセージを作成した者のホログラムが映し出されていた。一人の大人の女性だった。


「私の大事な息子、シンへ。あなたがこのメッセージを見る事はきっとないでしょう、でもお母さんの気持ちをどうしても遺したくてこのメモリーボックスにメッセージを遺しました。シン、こんな体に生んでしまってごめんなさい。それよりもっと謝らなければならないことがあるわ。私たちが人類を滅してしまったせいで、あなた達の未来を潰してしまった……本当にごめんなさい」


 人類の破滅、その予兆は2030年に始まった。新型コロナウイルスのワクチンを接種した者が思わぬ副作用で、突然死したのだ。新型コロナウイルスに対抗するはずの免疫が心臓の細胞を攻撃してしまい、ウイルスだけでなく自分の体をも攻撃してしまうことが分かったのだ。それが分かったときには時すでに遅く、ほとんどの人類は生まれてすぐワクチンを打っていたため、凄まじい勢いで人類は減少し、今や世界レベルで人類を確認するのが難しくなるほどだった。もう以前の科学水準まで戻るのは絶望的だった。

  

「シン、幸いあなたは生まれてからケージにずっと入ってたから、感染からも逃れられたし、ワクチンも打たずに済んだ。でももう世界はだめだわ、あなたを守る事は出来ない、放っておけばあなたはすぐ死ぬでしょう。せめて少しでもあなたには幸せになってほしい。だからお母さんは考えたの、20年間はあなたを生きさせられる栄養剤が持つはずだわ。あなたはスマホでしか世界を知る事はない、ならスマホに2001年から2021年12月31日までの世界や人間達のAIプログラムを読み込ませたら良いって。お母さんの好きだった時代——その世界の景色や人がまるで本当に存在しているようにプログラミングされているの。現実の世界はもうすぐ終わる、でもあなたはまだ生きられる、そのAIが作り出した20年を。あなたがその仮想現実の世界に触れている事に気付くことはきっとないでしょう。でもその方が幸せよね、きっと。仮想現実世界の2021年12月31日、あなたの栄養も止まる。それまではあなたの世界を楽しんで欲しい。ごめんね、シン。幸せになってね、ありがとう」


 そう言うとホログラムはしばらくモザイクのようなチリチリした映像になったかと思うとそのまま消えた。その時のメッセージ作成者の女性が、仮想現実世界に現れた女性、恵美と面影が似ていた事はこれを読んでいる人以外、誰も知る事はなかった。

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