スマホをバッキバキに折った話

ナナシマイ

第1話

 午前八時、休日。窓から心地よい風が吹き込む、爽やかな朝。

 スマホをバッキバキに折ってやった。


 何だか無性に虚しくなったのだ。何故自分は、こんな小さな機械で世界と繋がった気になっているのだろうか、と。何故そこまでして、顔も知らないような奴らの顔色を窺ってばかりいるのだろうか、と。


 知ってるか? スマホって、意外と簡単に折れるんだぜ?


 君がスマホを折りたくなった時のために、特別に手順を残しておいてやろう。メモの準備は良いか?




 まず、手頃な机を用意する。丸い物よりかは、四角形の方が良い。あぁ勿論、真四角である必要はない。辺があれば十分だ。


 その机の端に、スマホ(電源をオフにしておくのを忘れないこと)を伏せた状態で置く。机から半分はみ出すくらいが丁度良いが、絶対に手で押さえておけよ。ここで落としてしまったら、それまでの覚悟が無駄になる。……良いか? 注意したからな?

 押さえるのは掌底が良いだろう。机と重なっている部分を利き手で、はみ出た部分に反対の手を添えるのが理想的だ。安定するし、その次の段階に進めやすい。そう、本番はここから。


 自分のタイミングで、体重を掛けろ。……それだけだ。


 一思いにやっちまえよ。その方が双方にとって傷が少なくて済むからな。



 とまあ、こんな感じ。やる前は流石に緊張したが、終わってみると意外にあっけないものだ。


 あぁ。これは本当に、快適だ。何より、開放感が凄い。

 思い出してみてくれ。学生の頃、テスト週間が終わった時のことを。汗だくになって登った、山の頂に到着した時のことを。……それと同じ気持ちを、今ここで、何てことのない我が家で、味わえているのだ。


 そうだ、散歩に行こう。……思えば長い間そんなこともしていなかった。


 Tシャツにジーンズ、そしてくたびれたスニーカー。身に着けるのはたったそれだけで良い。いや、小銭数枚くらいは、ポケットに入れておこうか。


 家を出て、駅の方とは反対に歩く。ここに住むようになってからはそれなりに経っているが、やはり知らない景色が多い。こんな家のすぐ近くなのに、変な感じがする。


 歩き始めてすぐ、気付いた。視界が広い。


 雲の形や、誰かの家の庭に植えられている木。それから自治体の掲示板なんかが、どんどん視界に入ってくる。上にも横にも世界が広がっていることに、感動すら覚えた。


「こんにちは」


 信号を待っていたら、ベンチに座ってぼうっとしていたばあさんが話しかけてきた。へぇ。こういうよく分からんところにあるベンチって需要あるんだな、と思いつつ、会釈する。


「良い天気ですねぇ」

「……はぁ、そうですね」


 何だろう。このテンプレな話題。しかし不思議なことに、嫌な気分にはならなかった。


「ほら、青ですよ」


 そう言って手を振るばあさん。戸惑いながら手を振り返すと、にっこりと笑った。


 ……あぁ。そうか。


 彼女は本当に、「良い天気だ」と思っただけなのだ。

 話題ですらない、ただ通りすがりの人間がいたから、呟いただけのこと。そこから話が広がっても良いし、頷き一つだけでも良い。きっとそれが、彼女にとっての世界との繋がりなのだろう。


 自然的で、美しい。そう思った。


 今朝までの荒んだ思考とは大違いの自分に気が付く。

 バッキバキに折れたスマホ。あいつが、イガイガしていた何かを削り取ってくれたのかもしれない。

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