スマホブーメラン 〜スマホをブーメランのように投げたなら、スマホはブーメランのように戻ってくるのか(戻ってこない)〜

つくのひの

第1話

 タイトルの通りである。

 しかも、結果まで既に述べてある。

 したがって、この先を読む必要はないのだが、タイトルに惹かれて読んでみたいと思われた方も少数いらっしゃるかもしれない。

 この先のお話は、そんな方たちへ贈る、タイトル通りの物語である。


 スマホをブーメランのように投げる理由はない。

 そもそも、スマホを投げる機会というものが、そうそうあるものではない。

 仮にあったとしても、それは目標に到達することを意図して投げられるはずだ。たとえば、誰か(どこか)に渡すために投げる、とか。あるいは、スマホを破壊するために壁や床等に投げる、とか。どちらにしても、投げたスマホがブーメランのように戻っては、投げた意味がなくなってしまう。


 しかしながら、そんな当たり前のことを言っていては、この小説(小説である)は先に進まない。

 それならば、無理やりにでもスマホをブーメランのように投げる機会を作ろうではないか。


 我が家の愛猫が突然いなくなってしまったとしよう。

 聞き及んだ話から、どうやら何者かに誘拐されたらしいということがわかった。

 愛猫は無事なのだろうか。怖がっていないだろうか。警察に知らせるべきだろうか。身代金はどのくらい要求されるのだろうか。

 よからぬ想像を膨らませ暗澹あんたんたる思いに打ちひしがれていた時、犯人から電話がかかってきた。


「おたくのネコちゃんは預かった」

「タマちゃんは、タマちゃんは無事なんだろうなっ」

「心配するな。ネコちゃんは無事だ。そら、声を聞かせてやる」

「タマちゃん? タマちゃんなのか?」

「にゃあ」

「ああ! タマちゃん! よかった。無事だったんだね」

「にゃん」

「怖かったでちゅねぇ。よしよし、大丈夫でちゅよ。必ず助けてあげまちゅからねぇ」

「そこまでだ。ネコちゃんの声はもういいだろう」

「よちよち、いい子でちゅねぇ。えっ? そんなっ。いきなり電話を代わるなんて、卑怯だぞ。恥ずかしいじゃないかっ」

「問題ない。ずっと聞いていた」

「それで、何が望みだ。タマちゃんは、無事に返してくれるんだろうな」

「おたくが変なことをしなければ、かわいいネコちゃんが傷つくことはない。ただし、こちらの言うことをきかなければ……」

「な、なんだ。どうするつもりだ」

「おたくのネコちゃんをモフモフする」

「な、なんだとっ! そ、そんなのずるいぞ。飼い主の私だってタマちゃんの機嫌がいい時にしかモフモフさせてもらえないのに」

「さらに、その動画を撮影してネットで公開してやる」

「や、やめろっ! そんなことまでされたら、嫉妬で身悶えてしまうではないかっ。わかった。言うことをきこう。身代金を払う。いくら欲しいんだ」

「こちらの要求は金ではない。ロマンだ」


 恐るべき誘拐犯の提示した要求、それこそが「スマホを投げて、投げたスマホがブーメランのように手元に戻ってくる場面を動画として撮影すること」というものだったのだ。


「その動画にわずかでも不正の疑いがあった時はどうなるか、わかっているだろうな」

「わ、わかった。わかったから、タマちゃんには手を出さないでくれっ!」

「健闘を祈る」



 動画の撮影というハイカラな経験など私にはないが、スマホを使えば問題はないだろう。スマホでの動画撮影など、今や小さな子供でもしていることだ。大人の私にできないはずはない。

 いや、待てよ。私は一台しかスマホを持っていない。

 そして、私がスマホで撮影する場面とは、私がスマホを投げる場面である。

 どうやって撮影すればよいのか。


 私はしばらく悶々と悩むのであるが、今回の小説はある企画の応募用作品であり、文字数の上限が四千文字までと定められている。細かい部分は省略しよう。

 結論を言えば、持っていたノートパソコン(この文章を書いている)の上部にカメラがついていたことを思い出したのである。一度も使ったことがなかったので、その小さな点(カメラ)のことは中心を示す目印だと認識していた。

 動画の撮影はどうにかなりそうだ。



 なんら仕掛けのない普通のスマホを投げた時、投げたスマホがブーメランのように手元に戻ってくることはあるだろうか。

 答えは否である。

 スマホはブーメランではない。


 そもそも、投げられたブーメランは、なぜ手元に戻ってくるのか。

 ひと言で言えば、ブーメランの進行方向の前方部分に揚力の影響が最も強くあらわれるから、である。

 簡単に説明しよう。


 右利き用のブーメランを右手で水平に投げるとする。

 投げる時は、右側から投げて、右手首のスナップをきかし、ブーメランを回転させる。この際、ブーメランを上から見た時には、ブーメランは反時計回りに回転している。

 この時、最も空気抵抗を受ける場所は進行方向の右側部分、先の時計の例で言えば三時の場所である。ここに最も強い揚力が発生する。


 しかし、揚力が発生してから、その揚力の影響を受けるまで、若干のタイムラグがある。

 ブーメランは反時計回りに回転しているので、その回転に合わせて揚力の影響は反時計回りにずれた場所にあらわれる。その結果、揚力の影響を最も強く受けるのは進行方向の前方部分、先の時計の例で言えば〇時の場所となる。


 それゆえ、水平に投げたブーメランは進行方向前方(〇時の場所)が浮き上がり、上昇する軌道を描く。引力等の影響があるため、戻ってくることはなく、ブーメランは上昇した後落下する。

 

 では次に、ブーメランを垂直に近い角度に立てて投げてみよう。つまり、水平に投げた時の上昇方向を、左へと傾けるのである。

 水平に投げた時と同じように、縦に投げる時も、投げる際は右手首のスナップをきかせて回転させる。回転しているブーメランを左手側から見た時に、反時計回りとなるように。

 このようにして投げられたブーメランの軌道は、左へカーブし続けるものとなる。水平に投げた時と同じメカニズムによって、進行方向の前方部分(〇時の場所)に最も強く揚力の影響があらわれるからである。

 ブーメランは左へ旋回する軌道を描き、やがて元の場所に戻ってくる。


 以上、ずいぶんと大雑把な説明で申し訳ないが、投げたブーメランがなぜ手元に戻ってくるのか、なんとなくは理解していただけたのではないだろうか。



 本題に戻ろう。

 それでは、スマホをブーメランのように垂直に近い角度に立てて、手首のスナップをきかせることで、左手側から見た時に反時計回りになるように回転させて、投げたとしよう。

 その投げ方ならば、ブーメランのように手元に戻ってくるのだろうか。

 実際に試したことはないが、投げられたスマホはおそらく直進して落下するのではなかろうか。スマホの形状と重量を考えれば、曲がりそうな気配を微塵も感じさせない軌道を描く可能性は高そうである。


 スマホ自体の形状と重量はもうどうにもならないことにしよう。仮にそのどちらか(あるいは両方)に手を加えたとして、それを不正だと言われてしまっては元も子もない。


 それならば、ブーメランの形をしたスマホケースをスマホに装着してはどうだろう。

 スマホの重さがネックになるかもしれないが、これならばブーメランのように戻ってくるのではないだろうか。少なくともスマホをそのまま投げることに比べれば、希望がある。

 しかしながら、この場合、はたしてスマホを投げていると言えるだろうか。冷静に考えてみれば、ブーメランにスマホを載せているように見える。そうなると、投げているのはブーメランである。スマホではない。

 残念ながら、この案は却下だ。


 ここからもさらに私は悶々と思い悩み、思考の泥沼に沈み込み、次から次へと新たな試みを思い浮かべては却下していったのであるが、残り文字数がそろそろ気になる頃であるからして、細かい部分は省略する。

 本音を言えば、その思考プロセスを余すところなく書き記したいのだが、結論だけにとどめよう。


 私が辿り着いた結論とは、信念である。

 換言すれば「物理法則を超えた力」である。


 ありのままのスマホであっても、ブーメランと同じ投げ方で投げられたスマホは、ブーメランと同じように戻ってくる。そう信じるのである。


 信じれば、海も割れるだろう。

 信じれば、山でさえ動くだろう。

 信じれば、スマホだってブーメランとなるのだ。



 そして、私は海へ来た。

 砂浜から海へ向かって、スマホを投げるために。

 失敗すれば取り返しのつかないことになるが、そのことが自身をさらなる背水へと追い込み、信念をより強固に、揺るぎないものにするのだ。


 撮影の準備は整った。

 私はスマホを右手に軽く握り込むと、右腕を上げ、構えた。スマホは直角に近い角度に。

 腰を落とし、足を踏ん張る。

 数度、息を深く吸い、吐いた。

 もう一度息を吸って、止めた。下腹に力を込める。

「うおおぉっ」

 私は全身の力を振り絞りながら、右腕を振り下ろした。

 右手首をスナップさせながら、スマホを放つ。ブーメランと同じように。


 行けっ、ブーメラン(スマホです)。

 飛び立て! あの空へ!

 波を貫け! 雲を切り裂け! 大気圏を突き抜けろ!

 そして、戻ってこいっ! 私の手元にっ!



 さて、投げられた私のスマホはどうなったのか。

 書き記すには文字数が足りないようだ。

 そこは皆さんのご想像にお任せしたい。おそらくはご想像の通りである。


 最後にひとつだけ。

 タマちゃんだけは無事に戻ってきた。その点はご安心いただきたい。



<終わり>

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