繋がりナイトクルーズ

本陣忠人

繋がりナイトクルーズ

「ヒトとヒトとの繋がりってなんだろう…?」


 そんな風に、壮大な題目を脳裏に浮かべてから数秒後。

 直接口に出して、独り虚空に吐き出して。


 覚えていない程に昔、両親より与えられた子供部屋の限られた酸素を消費して、大して深くはない思慮や思考を多めに含んだ埃っぽい空気を微細に震わせた。


 こんな思春期丸出しな思考と発言には救えない訳がある。

 壮大とは程遠く、遠大とは無縁の個人的かつ些細で矮小な理由がある。


 全ての言動には多かれ少なかれ理由が存在する訳で、僕の場合はである。


 経年劣化による使用感がどうしても拭えない学習机に向かって、お年玉で購入したゲーミングチェアに身を預けて。

 帰宅時にコンビニで買ったじゃがりこをカジりながらスマホをイジっていた時だ。


 かつてクラスメイトだった人達とか、今現在まさにそうである人とか。

 或いはクラスどころか学校も違う人とか。


 リアルにおいての名前も顔も知らない人が投稿したSNSのタイムラインをのんべんだらりと親指でスクロールして、何とはなしに眺めていた時にふと前述の思考に至ったんだ。


 そこからはもうダメだ、そうなってしまえば疑念が消えない。

 僕達はこうして当たり前に電波やSNSのやりとりを通じて連絡を取ったり、動向を報告したり或いは監視したり出来るけれどさ。


 それって実際どうなんだ? 本当に繋がっている状態だと言えるのか?


 例えばクラスのイケてる女子なんかを例に出すと。


「スタバで勉強中!!」という趣旨の投稿を写真付きでしている訳だが、これは本当に彼女のした(している)行動なのかは画面で見ているだけの僕には分からない。


 ひょっとしたら高度なAIなのかも知れないし、悪意ある第三者による乗っ取りの線だって考えられる。僕にはそれらを証明する術も無い。


 だとすれば僕と他人と世界を繋ぐものは酷く脆弱で頼り無くて、あんまり信用出来ないものじゃないか?


 と、ここまで論旨と理屈を進めた所で気付いた。

 それは別にスマホを介したコミュニケーションに限った話では無いということに。


 それはあらゆる手段の交流や交通にも言えることなんだって。

 面と向かおうが、向かっていなくても言えることなんだって。


 糸電話みたいに視覚的にはっきりと他者との間に糸なり縁なり絆なりが直接目に見えれば話は別だけど、リアルはゲームみたいに便利に出来てない――なんなら現実の不都合や不合理に最適性を持たせたものが遊戯だろうと思う。


『♪♪♪〜』


 すっかり机の上に投げていたスマホが鳴動し、存在を忘れるなと抗議し震えた。

 流石現代人の必須ツール、心理的なスヌーズ機能もあるとは全く…唆るぜ!


 空前絶後の才覚を持った科学使いの気分で液晶のついた板を手に取る。ラインのメッセージがポップアップ。


『どう?ちゃんとテスト勉強してる?』


 いえ全く。

 痛い事を考えていたが故に痛い所を突かれた僕は正直に答える。


『なんか、無駄にヤル気なくて意味不明な物思いに耽ってた。なんなら軽くピンチ』

 

 シュポっと軽快な音で送られてくるカピパラのスタンプ。

 …う〜む、何が言いたいのかサッパリだぜ……。


『しっかりしてよ? テスト終わったら旅行行くんだから赤点なんてマジ最悪』


 それは確かにその通り。

 依然より計画済みである長期休暇中の旅行は実際かなり楽しみにしてる訳で、それは彼女も同様みたいだ。ならばこそ不意で不名誉な予定変更は避けるべきアクシデントだろう。


『分かってるって。でもヤル気なんて出そうと思って出るもんじゃないし、もうちょいしたら本気出す!』


 愚にもつかない愚昧極まる文言を送信。すぐに既読。返信は数分後。


『仕方無い。君のやる気を引き出してしんぜよう』

『?』


 疑問符のままにハテナをタップ。


『ちょっと恥ずかしいし、誰にも見せないでね?』

『??』


 更に増えた疑問符。なんなら感嘆符も追加されるかも…エクスクラメーションマーク。戦闘機の隊列やフォーメーションみたいで好きな響きだ。


 厨二どころか小学六年生みたいなことを考える程度には混乱しつつ彼女の真意を待つ。


 ポンという無責任な言葉と共に送られて来たのは画像データ。それを開いた瞬間に赤くて重たい溶岩みたいな感情が一瞬で爪先から湧き上がって頭の上を通り過ぎた。


 その反動を受けて立ち上がった際に机で膝を強打した…痛い。泣きそうだ。

 何かの間違いや見間違えかも知れない。


 そう思って画像を見返して見ても結果と過去は変わらない。

 そこにはとある人物の――いやまあぼかすまでもなく彼女の――セルフィがあった。しかもちょっとえっちな奴。色んな所が元気になる類の。


 おーいぃぃぃぃぃ!!!!

 何してんだよ!! もしこの先不測の事態を経て、僕がリベンジする時に使用しちゃったりしたらどうする気だよ!!!


 意味不明な怒気と勢いのままチャットを打ち切り、電話を掛ける。ワンコール、ツーコール。すぐに応答。


『絶対、かかってくると思った』


 少し照れた感じと呆れを含んだ声。なんで呆れられてんだかはサッパリだが、それはまあ良い。今はそれより重大な事件がある。


「おいおい、どういうつもりだよ。うら若き年頃の娘さんが何のつもりだよ?」

『なにそれオヤジくさい』

「オヤジで何でもいいけど、思春期の浅い思慮で刺激的な写真を送るとだな、後々こうか……」

『でも出たっしょ?』


 悪戯な声。見えないはずの表情が浮かび、その首から下に先程目に焼き付けた写真が連結する。画像リアルと妄想の結実。スマホに保存した構図から、さらなる飛躍を遂げそうになるのを「うん…まあ多少は」と打ち切り方向に舵を切る。


『多少はぁぁ?』


 しかし、曖昧な決着を許さない彼女によって進路は塞がれ、僕は敢え無く元の位置に戻って本音を溢す羽目になる。


「いやめっちゃヤル気出ました色々と。マジで」

『なら少しは漢をせてよね。私より点数悪かったら見える所もそうでない所も、一切触らせないから』

「今から本番まで一睡もしないで勉学に勤しみます!」


 余りにも無慈悲で生殺しにも程がある言葉に対して出来るのは頭を垂れて強めの決意を語ることだけだった。

 その後はポツポツと与太話なんかを交わしてすぐに通話終了。役目を終えたスマホをベッドに放り投げる。


 大きく伸びをして身体の緊張をほぐしてから頭を振る。両手で頬を軽く叩いて気合い注入。


虚構と虚言"フロック"にしないために、ヤルかっ…!」


 決して下世話な欲求が根源では無いが、本分を全うすべく改めて大人しく机に向かう。先程インスタで見て若干揶揄を放った同級生と同じ様にテスト勉強に励むのだ。


 スマホとスマホを繋ぐ電波は目には映らないし、人と人とを結びつける何かは正体や名前すらも曖昧で移ろいやすい。


 しかし、彼女に語った言葉を嘘にしない為に頑張るのは――彼女には見えなくても、少なくとも名前くらいは自分の中で付けられる。


 僕はそう思うけど。

 ある単語を当て嵌めることが出来ると思うけど、これを見る貴方はどうだろう?

 

 その「繋がり」に、一体どんな名前を付けるかな?

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