2話  個性ある職場

「一般人が多数いる中での戦闘、しかも怪我人が五人以上報告されている。ちゃんと説明しなさい、二人共。」

ここはブギーマン特専課が置かれている「ブギーマン特専署」。その中にある特専第一係では伊代の大説教会が行われていた。説教されているのは、つい先程ブギーマンを撃破した二人組、怜理と雉子だった。雉子は、冷や汗を垂らして伊代に苦笑いをした。

「いやぁ、説明も何も、偶然ブギーマンが襲ってきたのでやっつけただけですよ?」

伊代はそんな雉子をきりっと睨んだ。雉子はびくっと体を震わせ、姿勢を正した。

「問題はそこじゃない。私は何故、一般人がいないところまでブギーマンを誘導しなかったんだということを聞きたいの。」

「誘導してたら、時間かかるでしょ。その間に誰か食われてたかもしれない。」

「薬師寺君、煙草吸いながら言い訳はやめなさい。」

怜理は体に悪い煙を吐きながら、そっぽを向いた。雉子は、あからさまに態度が悪い彼を見て、いろんな意味で感心した。伊代は、ため息をついて雉子を見た。

「大体、新人ちゃん、初出勤はまず特専署に顔出すのがあたりまえよね?」

「うぐ、すみませんでした!」

伊代の呆れた声に、雉子は反射的に頭を下げた。申し訳ない思いが詰まった表情からは、もはや同情したいという気持ちが出てくる。

「誠心誠意、謝罪します!罰なり雑務なり、何なりとお申し付けください。」

大声の謝罪は廊下にまで響き渡り、何人かの職員が一係の部屋を覗きに来た。隣で雉子の言動を見ていた怜理は、吹き出しそうになっていた。伊代はやれやれと首を振って椅子から立ち上がり、雉子の傍に寄った。

「もういいわよ、雉子ちゃん。顔をあげなさい。」

雉子が顔を上げると、そこには落ち着いた笑みを浮かべる伊代がいた。その表情はちょっと前に見せた般若とかけ離れている。雉子は、年上の寛容さに舌を巻いた。

「失敗にはちゃんと謝罪するのが大人の流儀よ。今日のこと一応許す。」

伊代は優しく微笑んだ。すると雉子は顔を輝かせた。

「本当ですか?懲戒免職とか死刑とか島流しとか受けなくてもいいんですか?」

「そんなの、よっぽどな問題起こさない限りないわよ、雉子ちゃん。」

「こいつ、アホだな。」

伊代と怜理は後輩のずれ具合に些か引いた。それと同時に個性的な新人が来たと興味を抱いた。伊代は場をまとめようと「とにかく」と言い、手を叩いた。

「二人共、今日は上には報告しないであげる。でも、次はないからね。特に薬師寺君、君はもう少し雉子ちゃんを見習って目上の人に対する態度を改めなさい。仏の顔も三度までなんだからね。」

「あんたの場合、仏の顔もないじゃないか。」

予想の斜め上の怜理の反論に、伊代は青筋を浮かばせた。

「耳を出しなさい、薬師寺君。今度はさっきより痛くしてあげる。」

「おぉ、怖い。」

「お、お二人共、ここは署ですよ?落ち着いて下さい!」

雉子は威圧的なオーラを出す上司達にあたふたした。二人共、お互いを眼付けており、どちらかの言動が死闘の火薬になりそうな状態だった。

「あぁ、どうしよう。出勤初日にこれかよぉ。」

雉子は上司達をよそにため息をついた。その時、一係のドアが開かれ、何者かが入室してきた。

「お、またやってる。」

入ってきたのは三人の男女だった。一人は先程の声の人物で、眼帯を付け腕捲りをしたカッターシャツを身にまとう青年だった。そして、それに続いた人物は、で亜麻色の長髪を持ち、ロングコートを着こなす女性。そして、最後に入ってきた者は子供ぐらいの背丈で、まるでハロウィンの仮装のように白い布を体全体に被っていた。

雉子は急な来客に目をぱちくりさせ、話しかけた。

「あの、あなた達は?」

三人は争いをしている上司を茶化していたが、雉子に視線を向けた。

「あんれ、君、伊代さんが言ってた新人ちゃん?」

眼帯男はそう言うと雉子の顔を覗き込んだ。他の二人も雉子のことを見つめていた。雉子は瞬間的にこの三人は自分の先輩だと気付き、名乗った。

「はい、そうです。この度、ブギーマン特専課一係に所属が決定した冬馬雉子です。よろしくお願いします。」

雉子が頭を下げると、三人は観察するように彼女を見た。その時、雉子に向けられた視線に気付いた伊代は喧嘩を中断した。

「あぁ、そう言えば雉子ちゃんに言ってなかったわね。その子達は一係のメンバーよ。ほら皆、挨拶挨拶。」

伊代は手を叩いて三人に促した。そして、最初は眼帯男が名乗り出た。

「俺は神崎颯弥。結構かわいいね、冬馬ちゃん。」

続いて亜麻色の髪の女性が颯弥を睨みながら一歩前へ出た。

「新人にナンパしてんじゃないわよ、ドスケベ小僧。私は田宮蒼。」

「ドスケベは言い過ぎだろ!この堅物野郎!」

「この程度で怒鳴るんじゃないわよ、このアホ。」

「はいはい、どっちも五十歩百歩よ。うるさくてごめんね、雉子ちゃん。」

伊代は上司らしく、言い合いを始めた二人を嗜めた雉子は彼女に向けて苦笑いを向けた。

「あはは、いいですよ。なんか賑やかな職場って憧れてたんですよ。」

「それなら、まぁいいわ。あ、ほら、雨、君も早く挨拶。」

雨と呼ばれたシーツ人間は雉子の方を見た。顔は隠されて見えないが、雉子は自分が見られていることはよく分かった。雨はじっと雉子を見て何も言わなかった。雉子は雨が、人見知りなのだと思い、その背丈に合わせてしゃがみ、微笑んだ。

「大丈夫ですよ、そんなの緊張しなくって。」

すると雉子の言葉に反応したのか、雨は言葉を紡ぎ出した。

「紫崎雨。その、知らない人なんかと仲良くなる気は、、ないから。あんまり馴れ馴れしいことはしないでね。」

「あ、こら、雨!」

雨はか細い声でそう言うと一係の部屋から出ていった。その後を急いで伊代が追いかけていった。一方、雉子は上司からの急な「馴れ馴れしくするな」発言でショックで石のように固まっていた。別に、そんなこと言わなくてもいいのに。雉子は出勤初日の自分の不運を呪った。そんな項垂れている雉子に怜理は声をかけた。

「あんま落ち込まない方がいいぞ。あいつ、重度の人嫌いだからな。」

「はぁ…」

雉子はため息をつくと、石化を解いて立ち上がった。。

「皆さん、個性的ですね。」

「あぁ、ブギーマンハンターなんて頭イってなきゃ、やってらんねぇよ。」

「じゃあ、私もイかれないといきませんね。」

雉子が半ば疲れ気味に言う、怜理は煙草を吹かしながら鼻で笑った。するとそこに声が入った。

「ちょっと、怜理さん、冬馬ちゃん、こいつひどいです。」

颯弥が半泣きで蒼を指差した。怜理は面倒くさそうに答えた。

「おうおう、どうした。」

「俺がちょっと勤務時間内にキャバクラ行ったからって、俺の電話番号消しやがったんですよ。」

「それは神崎さんが悪いんじゃ?」

「もう、冬馬ちゃんまで!?」

雉子の正論に颯弥は年に似つかわしくなく慨嘆した。それをさらに蒼は煽った。

「やーい、後輩に言われてる。ダッサ。」

「何だとコルァァァ!」

「そこまでだ、お二人さん。」

怜理はやれやれと二人の頭を掴んで引き離した。雉子は場の状況に混乱して、苦笑いしかできなかった。怜理はそんな雉子の様子を見て言った。

「今日は特に任務は入ってない。だからもう帰ってもいいぞ。今日は休んで、また明日来い。」

「は、はい。じゃあそうさせていただきますね。今日はありがとうございました。」

「おう。」

雉子は、上司達に頭を下げると何だか疲れた気分で一係室を出た。そして、廊下をとぼとぼ歩きながら「凄いところに来ちゃったな。」と物思いに耽った。




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Bogeyman 渋谷滄溟 @rererefa

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