スマホ地獄からの脱出

あーく

スマホ地獄からの脱出

「ここはどこだ?」

 今日から夏休みの始まり。小学6年生のレンはベッドの上で寝ていたはずだった。しかし、目が覚めると知らない部屋にいた。周りが無機質な壁に覆われ、目の前に扉が見えていた。もちろん鍵がかかっていて開かない。


 扉の上のスピーカーから声が聞こえる

「おや、目が覚めたようですね。」

「誰だ!お前は!」

「私はゲームマスター。これからゲームをしよう。」

「ゲーム?」

「これから出す問題に答えてもらおう。もし最後まで答えられなかったら、ずっとここで勉強地獄だ!」

「うわー!嫌だ――って、なんでお前が決めるんだよ!夏休みはずっと家でゲームするって決めてるんだ!」

「安心しろ制限時間は無制限だ。」

「俺の話を聞け!」

「君に耳を貸す義理はない。今、君の後ろに台があり、その上にいくつか道具が置いてるのが見えるだろう。まずはスマホをとってくれ。」

「これか?」

 レンはスマホを手に取った。

「それでは第一問、スマホでスマホの。」

 こうして、レンは問題にとりかかった。


 レンは頭を抱えた。ゲームマスターの言う通り、台の上にはいくつか道具がある。段ボール、ペン、縄、カセットコンロ、ステンレス鍋、ガラス板、ガムテープ、タオル………。しかし、その中には肝心な鏡が置いていなかった。

「鏡さえあれば簡単なんだけどな………。この鍋が使えるかな?」

 レンは、ステンレス鍋を取り出し、鍋の底に反射するスマホを撮った。

「できたぞ。これでどうだ。」

「ダメだ。全然スマホに見えない。」

 鍋の底は凹凸や傷が多く、確かにスマホははっきりと映っていなかった。

「くそ――」

 光を反射させる方法――

 レンは悩みながらスマホの画面を眺めていた。その時、カメラモードだったスマホはスリープモードになり、画面が暗転した。

(あ――)

 レンは考えた。

(スマホって、電源を切ったら反射するよな。なんでだろう………。暗くて反射………。そういや、夜に窓から外を眺めると、自分が映るよな……。そうか!)

 レンはひらめいた。二つに共通しているものは、ガラス、暗い場所――。すぐに段ボールを取り出し、ガラス板をはめた。光が当たらないように場所を移動すると、ガラス板にはレンの顔がはっきり映った。

「思い通り。これを写真に撮れば――」

「ほう、なかなかやるな。第一問クリアだ。では、次の部屋で待っている。」

 アナウンスと共に扉の方から鍵が外れる音がした。


 レンは扉を開けた。そこにいたのは――

「レン君!?」

「マナちゃん!ダイ!」

 マナとダイは、いつもレンと一緒に遊んでいる友達だ。まさかここで会えるとは思っていなかった。

「どうしてここに?」

「私もよくわかんない。目が覚めたら急にここにいたんだよね。」

「僕もだよ。」

 レンが振り返ると、三つの扉がこちらをにらんでいた。どうやら全員が同じ状況だったようだ。

「みんな。第一問正解おめでとう。」

「「「ゲームマスター!」」」

「なかなか個性的な答えで楽しかったぞ。マナの絵、ダイの文字、そして、レンの発想、なかなか素晴らしかった。」

「マナちゃんの絵、ダイ君の文字って――」

「あ――私どうしても答えが分からなくて、やけくそでスマホの絵を描いて写真に撮ったら、合格だって言われて。」

「僕も『このスマホを撮れ』って言われてなかったからペンで『スマホ』って書いて撮ったら合格って言われた。」

(………そんなのでよかったのか。僕が悩んだ時間って………。)

「いかにも子供らしい発想ですばらしかった。ここで二問目は三人に協力してもらう。」

「協力?」

「出会い系をしてもらおう。」

「で、出会い系!?」

「今からそのスマホのSNSに、女性の写真とプロフィールを送った。ただし、この中に一人男性が混じっている。それを見抜いたらその人に『お前男だろ!』とメッセージを送ってください。」

「中々勇気のいるメッセージだな………。」

「別に『あなたバレてますよww』でもいいし、『小野妹子、妹子なのに男』でもいいぞ。」

「なんでそんな挑発的なんだよ、イラつくな。」

「とにかく、男を見破ってなにかメッセージを送ればいいのね。女の勘は当たるわよ。」

「僕、自身ないや。」

「言っておくが、理由もないとダメだぞ。偶然選んで当たりました、じゃあダメだからな。」


 ルール説明の後、それぞれのスマホに別々の写真とプロフィールが送られてきた。

 一人目はイオリ。黒髪ストレートの22歳。両手の指でL字を作り、下に向けているポーズをしている。

 二人目はシオリ。茶髪を後ろに結んでいてパイナップルのように毛先がわかれている。アヒル口をしている21歳。

 三人目はサオリ。金髪で毛先にパーマを当てている。頬に右手を当てている23歳

 また、三人とも化粧が濃く、加工も多い。すっぴんの顔が想像できないくらいだった。

「こんなのどうやって判別するんだよ!全員宇宙人みたいで気持ち悪いし!」

「宇宙人!?最近の女の子は普通よ!普通!」

 三人はしばらくスマホの画面を眺めていたが、見ているだけで解決するほど簡単ではなかった。

「プロフィールは年齢しか書いてないし。うーん………。この人のポーズは動画でよく見るよな。『チャンネル登録お願いします』でもいいたいのか?」

「これはTTポーズね。」

「TTポーズ?」

「アイドルグループがこのポーズをしてて、それを真似する人をよく見るわ。」

「じゃあこの顔に手を当ててる人は?歯が痛いの?」

「それは虫歯ポーズね。小顔効果があるのよ。」

「虫歯ポーズ!?そのまんまじゃん!小顔ってそんなに気になるのか?」

「失礼ね!みんな必死になって頑張ってるのよ!」

「写真盛るのに必死になってどうするんだよ!」

「………で、この写真は――アヒル口?聞いたことはあるけど、実際にしている人は見たことないわね。」

「そうなんだ。でもこの人20歳だよ?」

「――いや!この人は嘘をついているわ!この前TVで見たんだけど、アヒル口が流行ったのは20年前らしいわよ。他の二人より若いのに、昔流行ったことをするのはおかしい!」

「でも、流行を追わない人の可能性も――」

「大丈夫!この三人のポーズは流行していなかったら恥ずかしくてできないわ。」

「………お前、今全国の女の子を敵に回したぞ。」

「レン君、ここはマナちゃんに任せよう。他に手がかりもないし。」

「うーん。しょうがないなぁ。」

「決まりね。えーと、あ・な・た・は・男・で・す・か、っと」

 マナはメッセージを送ると、間もなく返信がきた。

「返ってきた!――えーと………。『そうです、私が変なおじさんです。』ですって!」

「やった!なんか聞き覚えのあるフレーズだけど!」

 すると、奥の扉の鍵が開いた音がした。三人はさらに奥の扉に入っていった。


 部屋の中央には虫かごが置いてあり、中に虫が数匹入っていた。黒とオレンジの縞々模様で、蟻のような虫だった。

「きゃっ!虫!」

「やあ、みんな。ここまでよく頑張ってきた。」

「「「ゲームマスター!」」」

「これが最後の問題だ。この虫の名前を当てろ。ただし、スマホで検索アプリを使ってもらっても構わない。」

「簡単だぜ!今は写真から虫の名前を探すアプリがあるからな!」

「ふふふ、どうかな。残りの充電を見ろ!」

「「「!!」」」

 三人は自分の手元のスマホを見ると、充電が残り1%しかなかった。ここでようやく、ゲーム開始時に言われた時間無制限の意味が分かった。時間は無制限でもスマホの充電が切れた時点で終了だ。

「もしアプリを使う場合はダウンロードする必要がある。検索し始めるころには使い切ってしまうだろう。」

「くっ!汚えぞ!」

「私やだ!虫なんて見たくもないわ!」

「………アオバアリガタハネカクシ。」

「「「えっ?」」」

「合ってる?その虫の名前。」

「バカな!なぜそれを!検索もせずに!」

「僕、この前図鑑で見たもん。花壇によくこの虫がいたから気になって調べてみたんだ。この虫を手で潰すとやけどするからヤケドムシとも言われてるんだって。」

「ダイ君!すごい!」

「そうか!ダイは花の世話係だったな!」

「………仕方ない、ここから出してやろう!」

 とうとう、最後の扉が開き、太陽の光が差し込んできた。三人は目を細め、扉をくぐっていく。


 扉を抜けたレン、マナ、ダイの前には緑で生い茂った広場と、木々が並んでおり、まるで自然公園のような風景が広がっていた。

「ここは………?」

「やあレン!ここは父さんの別荘地だ!」

「父さん!」

「よく頑張ったな!三人とも!いい活躍ぶりだったな!」

「………まさか、ゲームマスターの正体って――」

 小学生の三人は顔を見合わせた。

「私だ。」

「なんだよ!父さんだったのかよ!――でも、なんでこんなことを?」

「いやあ、最近の若い子はスマホばかり眺めているだろ?だから勉強の方が心配でな。君たちのお父さんお母さんとも話し合っていたんだ。でも、ここを出られたレンたちなら心配はないな!」

「でも、僕はレン君やマナちゃんと違って勉強できないし………」

「学校の勉強だけが全部じゃない。受け身の授業ではなく、君たちは答えを自分から考えて導き出した。それは自信を持っていいことなんだぞ!」

「………はい!」

「さあ!ここで思いっきり遊んでいいぞ!」

「………でも俺は家でゲームしてる方がいいな。」

「なんだそれ。」

 四人の笑い声が、他に誰もいない広場に響いた。その後文句を言いつつも別荘で遊び、いい夏休みの始まりを迎えた。

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