近代的な彼女

浅羽 信幸

近代的な彼女

 スマホの画面をつけ、時間を見る。もうすぐ16時になるところであった。五限に間に合うのかどうかという悩みを持って目の前でぐでっている臥所ふしどを見るも、話は終わりそうにない。


「だっておかしいよ。デートの度にこんなに頑張ってお店探してさ、おごったりいつも多めに出したりしたのに。記念日だって忘れないようにメモしてたんだよ」


 臥所から机の上を滑ってやってきたスマホの画面にはスケジュール帳が出ており、月をさかのぼってもきちんと予定が書きこまれていた。一か月刻みの記念日と共に。


「こんなに頑張っていたのに、なんでフラれるのさ……」


 泣いているような臥所の右手が伸びてきて、スマホを回収していった。


「男としての目線しか出ないけどさ、俺だったら一か月単位で祝われるのはちょっときついわ」

「でも、お前、元カノとの八か月記念日に『何の日だ?』って聞かれて『節分』って言って怒られたって話をしてただろ」

「俺の所為か?」


 惚気はムカつくから面白エピソードはないの? って聞かれたから答えただけなんだが。


「お前の所為だ。お前のようにならないためにこっちは必死にそんなことがないように頑張っていたのに……。いたのに……」

「いや。別にそれで別れたわけじゃないからな」


 別れた理由になると悪口になりかねないから言いたくないだけで。

 仮にも一度は好きだった相手だ。

 今は絶対に付き合いたくはないと思う相手であっても、悪口を言うのは違う気がする。


「それでも、そうなるかもって思って。お前らのアドバイスを元に頑張ってきたのに」

「いろんな人の話を聞くのは大事だけど、全部取り入れるのは違うんじゃないか?」

「ネットでもいろんな人の話を調べるでしょ?」

「いや、自分で使えるもの、納得したもの、相手にあったものを選べよ」


 臥所が静かに両手を机の上に着いた。

 目と目が合う。


「正論で殴るな!」

「悪かったな」


 そして臥所が机に伏した。

 頬を溶かしながらスマホをいじっている様は、何とも言えない哀愁が漂っている気がする。机の上の冷たさをそのまま体の底まで落としていっているような、雪だるまを置いても溶けなさそうな。

 そんな雰囲気がある。


「まあ、元気出せよ」


 臥所の焦点のあっていない目は液晶の光を映しているだけ。


「ほら。告白したことが無いまま年齢を重ねると、どんどんできなくなるっていうだろ? いいじゃないか。お前は告白したんだから。今は考えられないかも知れないけどもっといい人と出会ったときにできるかもしれないだろ」


 地雷原だったか、とも思ったが、臥所の雰囲気は変わらず。


「あるいはもう一回ダメもとで彼女に頭下げてみるとかさ」


 ストーカーに思われない程度に、だけど。

 いや、やった時点でストーカーか?

 複数回告白は成功すれば美談だが、基本は気持ち悪い粘着質な人間のお話だからな。


「わかった。合コン開こう。サークルのマネさんに頼んで人を集めてもらうからさ。な、いいだろ? それならお前とも遠いところの人が集まるし、何ならその友達伝手に紹介してもらってもいい。どうだ? 彼女と生活圏の離れた人だぞ」

「なあ浅木あさぎ


 臥所がスマホを見る位置に顔を残したまま、こちらを向いた。


「元気の出る曲や話が聞けて、何でも俺の言った通りのことをしてくれる上にいつも一緒に居て暇つぶしのゲームまで付き合ってくれるスマホって、最高の彼女じゃね?」


 勝手にしてくれ。


 そう言いたくなる気持ちを押さえて、「5限あるから」と俺は食堂を後にした。

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近代的な彼女 浅羽 信幸 @AsabaNobuyukii

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