博文は時代遅れにもスマホを手放せない
小早敷 彰良
イプホに早く買い替えるべきだった
「悪いけど、オレ、スマホユーザーなんだよね。」
高校二年生の新クラスで出会った新しい顔見知りにそう言うと、彼らは絶句した。
スマホ対応機種を搭載するクラスメートはおらず、けっきょく今日は彼らとの連絡先交換ができなかった。
珍しいかもしれないが、あそこまで変に思われることだっただろうか。
学校終わりの帰り道で、そう幼馴染の博文に言われた慶は、当たり前だと笑った。
「そりゃ、スマホ使うのなんて、おじいちゃんおばあちゃん世代だけじゃん。博文もいいかげんイプホに乗り換えろよ。」
「いや、まだ使えるから。Wifiでネット拾えるし、トランス機能もあるし。」
「サポート切れてるだろ。」
「有志の改造OSが定期的に流れてくる。それ入れれば大丈夫だぜ。」
「そこまでして、スマホを使いたいのか。いつも言ってるけど変だぜ。」
「うるせえな。」
そう言うと、博文は慶の肩を小突こうとする。自分より背が高い慶は、ひょいと避けてまた笑った。
スマホのサービスが終わったのは三年前。
クラスメイトも、幼馴染の慶も、体内埋込型医療用神経作用携帯電話、インプラントフォン、通称イプホを使用している。
スマホユーザーで不便なのは、彼らと違って、体内作用する機能はスマホにないことだった。
学生である博文が特に困っているのは、連絡手段だ。
イプホであれば、連絡先交換さえすれば、念話機能によってテレパシーが可能となる。
スマホにその機能はない。テレパスされたメッセージを、一度スマホで音声変換して、聞く必要があった。
現代の学生にとっては、音や文字でメッセージが形に残ることは、違和感が残る。
だから、スマホユーザーの博文と連絡先交換に応じてくれる人間は、そう多くなかった。
「いっそ二台契約しろよ。スマホもイプホも良いとこどりしようぜ。」
「契約料がムダだから、親からダメだって言われてる。」
「お前、バイトで稼いでるから自分で払えるじゃん。そういう問題じゃないか。そういうとこ、おばさん厳しいよな。」
「人のこだわりを理解できない人だからな。」
博文もスマホからイプホに乗り換えたいと思うときも多い。
ただ、スマホにはスマホなりの利点があって、その利点は彼のバイトに欠かせない。
「おい、ケイ。」
博文の呼ぶ声に、ケイは応じる。
「おはようございます、ヒロブミ。ケイが今日もあなたをお手伝いします。」
そう、スマホの支援AIが自動返答を返す。
人間の方の慶はそれを、嫌そうな顔で眺めていた。
「お前スマホのこと、まだケイって呼んでるのかよ。俺だから許すけど、変だぜすごく。」
「不思議と愛着わく名前なんだよ。なぜか呼び慣れた名前で、しっくりくる。」
「俺、俺。幼馴染の俺と同名。不思議でも何でもねえじゃん。」
笑いながら博文は、ちらりと腕時計を見る。
「人間の方の慶は、これからバイトか?」
「おう。人間の方は新学期だし、稼いどきたい。時計台の前で先輩方と待ち合わせしてる。」
「どこも考えることは一緒だな。俺は東地区行くつもりだけど、お前は?」
「お前が東行くなら西だな。伝えとくわ。」
「助かる。」
続けて、博文はケイに呼びかけた。
「アプリ起動して、レーダーマップ。」
ピコ、と短い音と共に、スマホ画面に、街の地図と白い点と赤い点のマークがそれぞれ表示された。
無数の赤い点に、慶が歓声をあげる。
「今日は赤が多いな。稼げる日だ。」
「そのぶん、白も多い。ぐずぐずしてると取られそうだ。」
白い点が赤の点を包囲してしばらくすると、赤い点は画面上から消滅する。
慶の言う通り、バイトで稼げるポイントが、、このままだとなくなってしまう。
「そろそろ起動しとけよ。スマホはあのアプリ、開くの時間かかるだろ。」
「さっきからやってるよ。いいなイプホは起動速くて。」
「だろ。買い替えるときは言えよ、紹介割ほしい。」
慶は宙に手をさまよわせて、ボタンを押す動作をした。
イプホならば本来、変身するときに、なにも操作する必要はない。
ただ、Lemon社のトランスアプリを起動するよう、念じるだけですむはずだ。
「いつもそこ、つっこむなや。変身にはポーズがつきものだろ。」
起動音と共にそう言いながら、慶は短槍を素振りした。
目の前には、レーザーマップ上に赤い点で表示されるモノが表示されていた。
それは、膝と肘が後ろ向きをしていた。動こうとするたびに関節が変に折れ曲がり、苦悶の表情を浮かべていた。そして、奇声をあげる顔は天地逆さになっていた、
「宇宙人」はねじれた首の先の目で、こちらの様子を伺っていた。
「また、キモイ宇宙人だな。なんで人体構造を中途半端に再現しちまうかな、やつらは。」
「さあ。でもキモイ見た目じゃなかったら、一括討伐なんて判断しなかったんじゃねえかな。」
「言えてる。あれ、これ授業で言ってなかったか?」
「今思い出したのか。今日の小テストにも出てたぞ。」
「そのときに思い出したかったわ。」
宇宙人と呼ばれる生物が地球に現れ始めたのは、スマホの製造が終わる前、数年前のことだった。
世界中の空から、光り輝く流れ星が見えた夜が明けたときから、人間に似たナニカが出現しだすようになった。
嫌悪感を感じさせる姿で、彼らは人間に襲い掛かってくる。
一昔前ならば、パニック映画となっただろうに、彼らがくるのは少し遅かった。
人体の構成を変化させ、変身させるアプリが普及していたことが、彼らの運の尽きだった。
娯楽目的で膂力ある身体を楽しんでいたり、もしくは医療目的で欠損した身体を補って、ある人は単なる移動手段として早く走れるように、全員が変身できる時代では、正体不明のバケモノ程度、何の問題にもならなかった。
だから現代では、宇宙人退治は、学生の割のいいアルバイト手段だった。慶のようにチームを組んでの退治も、博文のように一人も自由だった。
レーダーマップアプリで、宇宙人の場所は赤い点で表示される。
一体五百円。重量や強度により応相談。それが宇宙人の値段だ。
変身用のアプリは様々な会社が開発しているものの、一番出来の良いLemon社はスマホと相性が悪く、起動に時間がかかる。
そのため、博文は不意の遭遇で、いつも出遅れていた。
「よし、五百円。悪いね、ひろちゃん。スマホなんて使ってるお前が悪いけどな。」
煽る慶に、博文は舌打ちをする。
五分の起動時間中に、周囲の学生があっという間に討伐してしまう。よくあることだった。
「置いてっちゃうぞ、まだ起動しないのか。」
「まあ待てよ。もうちょっと。あと一秒って表示されてるから。」
「その一秒が長いんだよな。」
短槍を暇つぶしのように回している慶に、博文が声をかける。
「人が見てるから、落ち着けよ。」
「ん、人?」
博文は首をかしげながらも、声をかける。
「お嬢ちゃん、近づいたら危ないよ。」
「うわ、いつからいたんだ。」慶が慌てたように槍をしまう。
純白な羽の生えた美しい少女だった。身体は毛皮のようなふわふわした素材で覆われており、ぷっくりとした唇の甘い顔立ちによく似合っていた。
トランスアプリで見た目に凝る人は多いけれど、彼女は素体の組み立てがうますぎるな。もしかして、変身体を作るプロの方なのだろうか。
博文は、絶世の美少女を見てそう思った。
変身した身体でも美人であれば興奮できるかは、賛否両論あるテーマだった。
慶はにやけながら、少女に話しかける。
「お嬢さん、俺がついていれば大丈夫ですよ。安全な場所まで案内します。」
「だっせ。」「うっせ。」博文と慶は小突き合う。
そんな彼らを不思議そうに見て、少女は呟いた。
「うー。」
少女は喃語を呟いた。
博文と慶は顔を見合わせる。
まじまじと見つめれば、彼女の口元は汚れており、手元にはつぶされた蟻が地面に擦り付けられていた。
変身体が実年齢と乖離していることは難しくはないけれど、中身はずっと幼いのかもしれない。
「迷子か?」「そうかもな。どっちにせよ、交番につれていくか。」
慶が手を取ろうとしたところで、博文のスマホが軽い音を立てた。
「トランスアプリ、起動いたします。最初のターゲットの距離まで二メートル。推奨技能、こぶし。」
スマホから乗り換えない最大の理由である、助言システムAIの言葉に、二人は凍り付いた。
二メートル以内にいる生物は、お互いを除いては一体しかいない。
「う?」
宇宙人は、天使のように小首を傾げた。
「こんなに美しい姿の宇宙人がいるなんて聞いてねえよ。宇宙人は人間をゆがめた形をとるんじゃねえのかよ。」
純白の羽や毛皮は生来の人間にはない歪みとも言える。
アプリで変身する若者にとって、その美しい歪みは自分たちと重なって見えた。
「一体五百円。」
博文はその言葉を口の中で転がしていた。
変身アプリ起動で取り出した弓に、のろのろと矢をつがえる。
「どうする?」
確認する慶は、困った表情をしていた。
「マップ上では赤い点で表示されている。見逃しても誰か追ってくるぞ。」
「そうだよなあ。」
慶は頭をかく。
「慶、そんな、匿う気か?」
「だってこんなに人間っぽいじゃん。マップとかの方の間違いだったりしない?」
「考えたこともなかった。慶、赤の点を白の点にするのか。」
「とりあえずそれ出来れば、当面匿えるじゃん。」
調べても出てこないけどと、自身の体内でイプホを操作していた慶は口を尖らせた。
ぽこん、と気の抜けた音がする。
「方法を検索いたします。」
ケイの誤動作に、慶は呆れていた。
「お前、こんなシリアスな場面なんだから、AI起動させるなよ。俺の名前とAIの起動キーワードを同じにするからこうなんだ。」
謝ろうと口を開く博文の言葉を、再度鳴った音が遮った。
「ご検索されたレーダーマップ情報の書き換え方法は一件、ございます。」
彼らは顔を見合わせる。
慶の最新型イプホとは異なる検索結果が見つかったのは、幸か不幸か。
青年たちはスマホを買い替えなかったせいで、天使の姿をした宇宙人を拾ってしまった。
博文は時代遅れにもスマホを手放せない 小早敷 彰良 @akira_kobayakawa
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