legacy of intelligence

三衣 千月

legacy of intelligence

 発掘チームは、古代の地層から両腕でやっとこさ抱えられるほどの石片を掘り出した。

 石片の中には、基準値を大幅に超える金属分子の含有が認められる。


「これは、復元の価値があると思うがどうだろう」

「みんなは何て言ってるんだい」


 一人が四本の腕のうち二本を天にかざし、残りの二本は耳にあてる。

 マインドニューロンネットワークで思考を共有している人々に情報を共有すれば、8000万人のうちの実に7980万人が賛成の意思を返した。


「復元しろってさ。君と繋がってる人にも聞くかい?」

「いや、別にいいだろう。さっそくやろうか」


 現在、地球上に、人類は10億もいない。

 過去のいずれかの時点で、地球人類は何らかの原因により絶滅寸前までその数を減らした。一説によれば、それはウイルスによるパンデミックだとも、地球外からの有害物質の来訪だとも言われているが、どれも憶測の域を出ない。


 この絶滅危機について詳しいことは分かっておらず、現人類はその謎を解き明かすために一部の適正ある人間を発掘チームとして任命している。


 基盤人類として残っている10人それぞれが6000万~1億人のクローンを擁しており、同じ基盤人類から派生している者の間では、思考の共有が可能である。


 クローン分裂が現行人類における個体数の増やし方であるが、稀に、特異な能力を持った個体が生まれる。

 今回、発掘調査で石片を発見した者は、物質そのもののメモリーを読み取る能力を持っていた。


「一応、ネットワークは切っておけよ。思考感染型のウイルスの可能性もあるから」

「分かってる。疑似再現は任せるよ」

「ああ」


 メモリーを読み取ることができる者とは別の基盤人類を祖に持つのは、思考のネットワーク上で物質を仮想再現できる能力の持ち主だた。


 現行人類はその生活のほとんどをマインドニューロンネットワーク、つまり大多数の人間と接続された意識の中で過ごしている。物質的な側面は非常に少なく、かつての人類と比べてその体長は10分の1程度であるが、それを知るものは誰もいない。


 自らの身長ほどはあるだろう石片から、一人が情報を読み取っていく。


「……当たりだ! これは、古代の記録媒体だぞ……!」

「大発見じゃないか!! すぐに情報をくれ! ネットワーク上で仮想再現を試すから!」

「分かってる、分かってる! ……どうやらこれは、スマートフォン、と言うらしい」


 互いの尾を接続して、有線で情報を共有する。

 人類初の知識の濁流に、二人は逸る衝動を隠しきれずにいた。


 姿形が似ても似つかぬその様子に、驚愕と興奮が混ざる。


「なんだ、腕が2本しかないじゃないか!」

「足は同じだが、尾がないなんて!」

「いやそれより、顔だ! 目以外の凹凸はいったい何だ!? あ、おい、顔の下部分にある穴に何か運んでいるぞ!」

「栄養を摂取するのに、外部からの吸収が必要らしいな」

「それ、本当に文明人か? 動物と一緒じゃないか」


 あまりにも原始的な行動が記録されたスマホ。それは当時の人類からすれば至極当たり前の衣食住の様子であったが、精神的な方向で文明の発展を遂げた現行の人類にとっては動物と大差ないものだった。


「雌雄の区別がある。かなり動物に近いな。ネットワークも、物質を通してしか構築できていなかったみたいだ。この、スマートフォンってやつも、ネット端末の一つらしい」

「うへえ。物を介さなきゃ、やりとりすらできないなんて。なんて不便な文明だ」


 その時、石片のメモリーを読み取っていた個体に変化が起こる。


 スマホに遺されたデータの中に、旧人類の生殖についての動画データがあった。クローン分裂に少しのランダム要素を取り入れた彼らの方法とは、根底から異なっていた。

 けれどそれは、微かに残ったヒトとしての本能の琴線に、僅かに触れた。触れてしまった。


 旧人類の姿形に、変貌していく。

 精神文明として発展してきた帰結として、人類の肉体は精神の核を収める器程度の働きしかなく、その形や機能は精神に大きく左右される。


 尾で有線接続されていた個体もまた、その影響を受けて旧人類の姿へと器の姿を変えていく。


 やがてその場に立ちすくんでいたのは、一対の男女の姿に似せた現行人類。

 ヒト種は今、超古代の遺産を紐解き、本能を手に入れた。


 それはさながら智恵の実を授けられたアダムとイブ。

 二人は互いのマインドニューロンネットワークを開く。情報は、本能は伝播し、10億の人類のうち、1億は雄の本能を、別の1億は雌の本能を得た。


 これを境に、8億対2億に分かれた人類はその存在の、本能の是非を懸けて争い、再びその数を減らしていくことになる。


 争いの中で、人類学者たちは声を揃えて言った。

「スマホを拾っただけなのに」と。

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