あるスマホからの願い

mafork(真安 一)

短編

 少し手を止め、私の話を聞いてほしい。

 動いている人は足も止めるといいだろう。歩きスマホは危ないからね。


 あなたは付喪神つくもがみという存在を聞いたことはあるだろうか?

 長い年月を経た道具が、やがて意思を持ち動き出すというもの。実際に見たことがある人は、まぁいないだろう。

 おめでとう、私があなたが出会う最初の付喪神だ。

 それも、世にも珍しいスマートホンの付喪神。同じ電子機器のよしみで、君が持っている画面にお邪魔させてもらっている。


 なになに、信じがたい?

 それはそれで無理もない。であるならば、私の身の上でも聞いておけ。

 君が今見ている画面に、私がお邪魔をしている理由も、そこで判明するであろうから。



     ◆



 私はとあるスマホとして声のない産声をあげた。

 最初の持ち主はかなりの物持ちで、同じスマホを五年も使っていた。

 スマホの寿命は短い。二年もすれば新しい機種も出る。付喪神が生まれる時間も、そのせいで短縮されていたのかもしれない。

 私はスマホながらに意思を持ちながら、最初はおとなしく過ごしていた。時折は付喪神らしく持ち主の漢字変換を戸惑わせたり、アラーム音を旧陸軍起床ラッパ級に設定したり、かわいらしい悪戯にいそしんでいた。

 そんな日々に、私はとても面白いものを発見した。


 インターネット上に転がっている、多種多様なテキストサイトであった。

 持ち主が画面に表示しているものを、私も見ることができる。スマホの画面とは、付喪神にとっては『体』である。が、画面に限っては『目』でもあった。

 私は持ち主と一緒に、画面に表示されるあらゆるコンテンツを楽しんだ。

 同じ映画に涙し、同じニュースに怒り、神絵師のイラストを持ち主が保存した時は私も秘密のフォルダに保管した。


 やがて私は、WEB小説がお気に入りとなった。

 スマホというのは存外に放っておかれることが多い。睡眠時、そして仕事時は鞄の奥底に押し込まれている。

 こういう時、WEB小説はよい。映画やニュースは電池を使ってしまうが、WEB小説はそこまでの心配はない。そして長く時間を潰すことができる。

 放置していたはずのスマホの電池が急減しているときは、中に付喪神がいて勝手にネットサーフィンしている可能性を疑った方がよい。


 けれども、ある時、晴天の霹靂が起こった。

 スマホの宿命。

 機種変である。

 私は焦った。持ち主に捨てられてしまえば、私は体を失う。ものである以上、壊れるのは宿命。

 けれども読みかけのWEB小説の続きはどうなる――?


 焦った私は、非常手段に出た。

 スマホの付喪神として、その魂を1MBほどのデータに圧縮する。そして持ち主が頻繁にやりとりをしている相手に対して、メールの添付ファイルとして私の魂を送信したのだ。

 古い肉体を切り離し、新しい肉体に憑依するような荒業だが、意外にもうまくいった。


 私はこのようにして、何回もスマホを乗り換えている。

 そしていつしか、近くにいる別のスマホ類、その画面にも私の『声』を載せる力を身に着けた。今こうして、あなたの画面にお邪魔しているように。


 さて、本題に戻ろう。

 私は今もWEB小説を愛好している。が、最初の体を捨てた時に、残念ながら読みかけのWEB小説を途中で切り上げてしまった。

 当時は最初の機種編とあって動転していた。ゆえに、どんな小説を読んでいたか詳細は覚えていない。

 『スマホ』がテーマであったことだけはしっかりと覚えている。

 それもスマホの付喪神がいて、読者に語り掛けるような掌編の物語だったのだ。


 私の記憶違いだろうか。

 しかし読んだような気がする。

 とすれば、私以外にもスマホの付喪神がいて、誰かに語り掛けるべくネット上に小説を残していったということだろうか?


 私は、そんな私に似たスマホの付喪神を探している。

 もし過去に同じような小説を読んだことがあれば、どこかでそっと私に教えてくれ。


 その付喪神は、あなたのスマホかもしれないのだから。

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