スマホ不起動症候群

佐倉伸哉

本編

 その病気は、何の前触れもなく登場した。


 スマートフォン、通称“スマホ”。従来の携帯電話から飛躍的に能力が向上した携帯電話の事で、デジタル機器に不慣れな高齢者層や使いこなす事が難しい低年齢層を除けば幅広い年代層で高い保有率を誇る。

 端的に言えば、“ポケットに入れられるサイズで簡単に持ち運べるパソコン”。最早電話はオマケみたいな感じである。

 特に若年層では、スマホ一つで全てが完結するのでパソコンに触った事が無いという人も出てきている程である。暇さえあればSNSやアプリ、ゲーム、動画など時間を潰せるので四六時中スマホを触っている人も多いのではないか。


 日本、いや世界中でもスマホが“当たり前”になりつつある現代社会。スマホが無い社会など有り得ないという程に定着してきたが――その世界はある日を境に一変した。

 それは、東京の秋葉原から始まった。

 パソコンの部品を求めてショップを訪れた20代男性だったが、気付くと自分の持っているスマホがいつの間にか電源がオフになっている事に気付いた。男性は電源をオンにしようとしたが……全く反応しない。困った男性は近くのケータイショップを訪れて修理を依頼したのだが、事態は思わぬ方向に進んでいく。

 男性が居たパソコンショップに居た人のスマホも、次々と電源が入らなくなる不具合が発生していたのだ。さらに、今度はケータイショップを訪れていた人々のスマホも電源が切れて一切の起動が行われなくなる不具合が多発した。

 その不具合はやがて秋葉原の町中に広がり、やがて東京全域、そして日本全国へと拡大していった――。

 スマホが突如電源が起動しなくなる不具合に、ケータイ各社やメーカーも原因の調査に乗り出した。当初こそ機器の故障と思われていた事象だったが、調査が進むにつれて驚きの結果が判明した。

『この不具合はインターネットを介して、また機器から機器へ伝染する、特殊なウィルス』

 俄かには信じがたい事実だったが、それを裏付ける証拠が溢れんばかりに出てきたことから人々も認めざるを得なくなった。このウィルスの何が厄介かと言えば、このウィルスは変異するスピードがとても速く、対策ソフトを開発している間にも別の変異種が登場してしまい、対処の仕様が無かった。

 そうこうしている間にこのウィルスは世界に拡散し、全世界的流行となってしまった。

 人々は“スマホ不起動症候群”と名付けられた未知のウィルスの登場により、“当たり前”として普及していたスマホが全く役に立たなくなる日を迎えることとなった――。


 世界では『スマホの存在を疎ましく思う一派による陰謀説』や『超少子高齢化社会で国力が衰退する日本が世界に仕掛けた謀略説』、はたまた『社会の混乱を目的とするネットテロ説』など根拠のない噂話が巷に広がる中、人々はスマホが使えない社会に適応しようとしていた。

 一番最初に始めたのは、スマホの前に広く流通していた“ガラケー”への回帰。しかし、スマホ不起動症候群の派生種である“ケータイ不起動症候群”の登場によりケータイ自体が使えなくなったことで、この流れは消滅することとなった。

 この種のウィルスは固定電話には適応されない事が判明すると、瞬く間に固定電話を利用する人が急増した。家庭に固定電話を設置したり、街中で電話をする為に一時期は撤去の動きが加速していた電話ボックスを再設置する動きが出始め、人々は昔懐かしい固定電話を使ってコミュニケーションを取る動きに戻っていった。

 さらに、アナログ回帰の動きはさらに加速し、親しい人と手紙を送り合うブームが到来。オシャレな手紙やペンが飛ぶように売れ、閑古鳥が鳴いていた郵便会社は売上が一気に倍増。郵便局を増やしたり人員を増やしたりと対応に追われることとなった。


 スマホが使えなくなった社会ではあるけれど、スマホが無くても世界は回る。

 多少不便になってもいいじゃない、その方が幸せなのかも知れない。


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スマホ不起動症候群 佐倉伸哉 @fourrami

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