彼氏・彼女に連絡するには家電しか無かったってマジですか?

新巻へもん

便利な道具

 母の作った夕食を食べ終わる。大きなハンバーグが3つ。ウスターソースとケチャップで作った濃い目のソースでご飯が進んだ。ミキはしっかり完食する。デート中にヒロと2杯ほど飲んでいて、カロリーが気になるが、今日は結構な距離を歩いたからいいだろう。父は家で食事をしないとの話なので食器をキッチンに運んで洗う。洗い物を終えて、ほうじ茶をいれた。


 湯呑をテレビドラマを見ている母の前に置く。

「ありがとう」

 母は好きな俳優が出ている画面から顔を外さない。ミキもテーブルに座るとほうじ茶をゆっくりとすすった。


 スマホが鳴動する。タップすると兄からの安否確認だった。ミキはちゃんと家に帰っていることと、手間をかけたお礼のメッセージを送信する。すぐに返事が来た。今日一緒に飲んでいたヒロとの飲み会をセッティングするようにとの催促。ミキはクスリと笑う。


 20歳を過ぎてからは父ですら遠慮してあまり干渉してこないというのに、兄の心配性ぶりがおかしかった。まあ、下手に隠すよりヒロを見せた方が話が早い。少なくとも誠実な人柄は分かって貰えるだろう。妹を託せるほど頼りがいがあるかという点については、ヒロに期待するしかない。


 メッセージの送信を終えて顔を上げると母親と目が合った。どうもドラマが終わったらしい。

「ヒロくん? さっき別れたばかりでしょうに。仲がいいわね」

「違う違う。トモ兄から」


「実家に顔も出さないのに、何の用だって?」

「ん~。ヒロに会わせろってさ」

「あらあら。ヒロくんも大変ね。じゃあ、ウチに呼べばいいじゃない。トモの顔も見れるし、3人よりもヒロくん緊張しなくていいんじゃないかしら?」


 ミキの母とヒロの母は友人同士で、ミキとヒロとの関係もばっちり把握されていた。この間の冬に金沢に行ったのも当然知っている。シングル2部屋を取ったが、薄々は感づいているはずだ。孫の顔は早く見たいけど、学生の本分は勉強だからね、と言ったぐらいでそれ以上は干渉してこない。


 気が付くと母は遠い目をしていた。

「まあ、便利な時代になったものね。私がお父さんと付き合い始めた頃は、まだスマホなんてなかったから」

「どうやって連絡したの?」


「そりゃ、電話するしかないわよ。相手の家電に」

「それじゃ、パパが出るとは限らないじゃない」

「そーよ。だから、お互いに時間をきめておいて、すぐ電話に出られるように近くで待機してたりしたわ」


 ミキはぬるくなったほうじ茶を飲む。母は何かを思い出したように笑った。

「お父さんが初めてウチに電話してきたときなんだけどね。最初だから打ち合わせなんかなくて、お爺ちゃんが出ちゃったのよ」

「うわあ。結果はなんとなく想像できる」


「そう。お爺ちゃん、あんな感じでしょ。どなたですかな。私は存じ上げませんな。間違いでしょうって一方的に切っちゃって」

「パパも大変だったんだね」

「それに比べたら、直接相手に連絡できるんだもの。楽でいいわね。まあ、ヒロくんなら家電でもあまり問題ないか」


「まあ、ヒロでもパパが出たらキョどるんじゃないかな」

「男親なんてそんなもんかもね。自分も苦労したのに」

「そういえば、待ち合わせはどうしたの?」

「時間と場所は復唱よ。駅も改札間違えたら会えないからね。1時間待って無駄足ってこともあったわねえ」


「電車が事故で10分遅れるとかも連絡できないわけか」

「そうそう。あとは駅だったら伝言板に書くぐらいね」

「あ。アニメで見た頃あるやつだ。あれって本当にあったんだ」

「やーね。凄い年寄り扱いして」

 母はふんわりと笑う。


「ということで、今はその便利な道具があるからね。逆にすっぽかすってのもできなわねえ。ヒロくんには諦めてウチに来るように伝えなさい。悪いようにはしないからって」

 

 ミキはスマホを持って自室に行く。テキストメッセージでも良かったが、せっかくだから生の反応がききたい。電話をすると2コールでヒロが出た。

「あ。ミキ。どうしたの?」

「さっき、下で話した兄が会いたいって話あったじゃない?」


「うん」

 ヒロの声に警戒感と僅かな期待がこもる。

「話の流れで、ウチに来ればって話になっちゃった。来週末って予定空いてるよね?」

「え、マジかよ……」

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