第178話
降る、降る、降る。
次々と降ってくる隕石が、グルタス伯爵の軍勢の近くにそれぞれ落下していく。
隕石の落下する場所はイオによって調整されており、実際にはグルタス伯爵の軍勢に直接当たるのではなく、そこから少し離れた場所に落下……あるいは着弾する。
しかし、直接隕石が命中しなくても、メテオの効果範囲内であればその際の衝撃が荒れ狂う。
その衝撃は一般の兵士にどうにか出来るものではなく、衝撃が命中した兵士たちは何か言葉を発するようなこともなく、肉片と化して砕け散っていった。
そんな隕石が、連続で五個も降ってきたのだ。
グルタス伯爵率いる軍隊にしてみれば、それこそ自分たちだけに天変地異が襲ってきたとしか思えない。
それを見ていた者たちの多くは、少し前までのこれから戦いが起きるという士気の高さは完全に消え去ってしまっていた。
そのタイミングで、ダーロットは命令を下す。
「進軍、開始!」
その声が聞こえた瞬間、真っ先に動いたのはダーロット直轄の騎士団……ではなく、先鋒を命じられていた黎明の覇者。
一斉に混乱している敵に向かって突き進む。
とはいえ、当然の話だが軍と軍の間は大きく離れている。
……もし至近距離で向かい合っていれば、それはメテオで自分たちも攻撃の被害を受けたのだからそのようになるのは自然な流れだろう。
そういう意味では、グルタス伯爵側の軍でも建て直す時間はある。
あるのだが、それを実際に防ぐといったような真似がそう簡単に出来るはずもない。
複数のメテオによって受けた被害と、何よりもその衝撃波によって隕石が落ちた場所から一定の範囲内にいた的は全員が砕け散っている。
あるいは生き残っている者も多少はいるのかもしれないが、そのような者も五体満足という訳にはいかないだろう。
結果として、グルタス伯爵の軍勢は呆気なく黎明の覇者によって食い破られる。
「行くわよ! 私についてきなさい!」
馬に乗り、氷の魔槍を大きく振るうソフィア。
黄金に輝く髪が太陽の光を反射させ、その美貌はまさに戦女神と呼ぶに相応しい光景だった。
そんなソフィアに率いられ、黎明の覇者は一般の兵士には目もくれず、軍勢の中を突っ切っていく。
なお、イオは弓や魔法を使う者たちと共に後方にいたので、そのような光景を大量に魔力を消費した状態で見ていたのだが。
「あ」
そんな中でイオの声が上がる。
黎明の覇者が敵軍の中を突っ切っていったのを見て、すかさずダーロットが追加の指示を出し、他の軍勢もまたグルタス伯爵軍に向かって突っ込んでいったのだ。
メテオによって心を折られ、黎明の覇者の突撃によって大きなダメージを負ったグルタス伯爵軍に、それを止める術はない。
あとはもう、一方的な蹂躙と呼ぶべき光景だった。
敵軍の中で唯一黎明の覇者の目に立ち塞がったのは、鋼の刃の傭兵たち。
しかし、その鋼の刃の傭兵たちも普段通りの実力を発揮出来ない。
本来なら鋼の刃の傭兵たちは正面から敵と戦うのを得意としている。
だというのに、今は黎明の覇者の傭兵たちに一方的に押されていた。
……とはいえ、鋼の刃の傭兵たち以外はその多くがそこから逃げようとしていたのだと考えれば、まだ戦場に踏みとどまり、不利ではあっても戦えている時点で称賛されてしかるべきだろう。
「はぁっ!」
鋭い叫びと共にソフィアの持つ氷の魔槍が放たれ、鋼の刃の傭兵の身体を貫く。
それでもさすがと言うべきか、一撃で相手の急所……心臓を貫いて殺そうとしたソフィアの一撃をくらっても何とか身体を捻り、即死だけは避ける。
これがその辺の兵士や騎士であれば、自分に何が起きたのかも理解出来ないままで死んだだろう。
騎士が装備している金属の鎧であっても、氷の魔槍の一撃を回避するような真似は出来ない。
あっさりと鎧の上から貫かれてしまうはずだった。
そんな圧倒的な力を持つソフィアや、黎明の覇者の面々の行動は、鋼の刃であっても防ぐことは出来ない。
これが万全の状態であれば、戦場での戦いと得意とする鋼の刃だけに、何とかなっただろう。
だが、隕石が一瞬して全てを覆した。
今のこの状況では、何をどうやっても対処するといったことは出来ないだろう。
それを示すのが、鋼の刃だ。
傭兵団のランクでは、黎明の覇者と鋼の刃は同じだ。
もちろん、傭兵団によって色々と特徴があるので、ランクが同じだからといって実力も同じという訳ではない。
だが、それでもこうまで一方的に押し込まれるというのは、同じランクの傭兵団としては本来なら考えられないことだった。
「勝ったな」
イオの側にいた傭兵の一人が、矢を番えた弓を引きながらそう告げる。
「もうこれで勝ったと思ってもいいんですか?」
「そうだ。とはいえ、あくまでもこのままいけばだけどな」
イオの疑問にそう答える傭兵の視線は鋭く戦場を見据えている。
狙いを定め……次の瞬間、矢が射られる。
その矢は空気を斬り裂きながら飛び、男が狙っていた人物……半ば壊乱状態の味方を何とか纏めようとしていた指揮官の頭部に命中し、その一矢で相手の命を奪う。
矢を射った男と戦場は、かなりの距離があった。
それこそ普通なら射った矢が届くかどうか分からないといったくらいの距離が。
しかし、男はそんな中でもあっさりと矢で敵を射貫いたのだ。
それもイオと話しながら。
(凄い)
イオは男の技量に驚くが、男には得意げな様子はない。
それを示すかのように、他の者たちも同様に矢を射ると、その矢は一切味方に当たるようなことはなく、次々と敵を射殺していく。
つまり、イオは男の弓の技量に驚いたものの、黎明の覇者の中で弓を使う者たちにしてみれば、この程度の技量は特に誇るようなものでもなく、平均的な技量なのだろう。
「見てみろ。鋼の刃があそこまで押し込まれている。この状況で逆転をするのは……ちょっとやそっとでは難しい。それこそイオの流星魔法のように、戦局を一変させる何かが必要になるだろう」
その言葉に、イオは自分たちに向かって流星魔法が使われるということを想像し、眉を顰める。
「それは、俺が言うのもなんですが絶対に経験したくはないですね」
イオは自分が流星魔法を使うからこそ、実際にそれが使われたときにどれだけの威力を持つのかを理解している。
だからこそ、絶対に自分が流星魔法を……あるいは流星魔法と同等の威力を持つだろう攻撃を食らいたいとは、思えなかった。
「だろう? それが分かっていればいい。……さて、味方の軍も敵陣に突っ込んでいったし、そろそろ戦局も終盤だ。……あ」
最後の微妙な言葉に、イオは一体何があったのかと戦場に視線を向ける。
するとそこでは、『あ』という言葉が理解出来るような状況が広がっていた。
メテオによって隕石が落ちた場所。
そこでは、グルタス伯爵の軍勢の最前線にいた兵士たちを全て殺しつくすほどに強力な衝撃波を周囲に放っていた。
そうである以上、当然ながら地面もかなり荒れていて、隕石が落ちた場所はクレーターとなっており、騎兵は当然ながら、歩兵であっても容易にそこを通るような真似が出来ない。
結果として、メテオの衝撃で荒れた地面を通る者たちの進軍速度はかなり低くなり、隕石が落ちていない場所では問題なく兵士たちが通ることが出来ていた。
「これは……うん。凄いな」
呆れと共に弓を持っていた男がそう告げ……それから十数分後、ソフィアがグルタス伯爵を捕らえたという報告が入り、戦いその日のうちに終わるのだった。
「うーん……正直なところ、実感がないな」
グルタス伯爵との戦争から数日後……イオはドレミナの領主の屋敷にあるパーティ会場でそんな風に呟いていた。
今のイオの姿は、いつもの魔法使いらしい姿とは違ってパーティに出るのに相応しい正装だった。
ソフィアやローザたちが面白がって色々な服装を用意したのだが、結局のところは無難な格好に落ち着いている。
イオにしてみれば、一番無難だと思われる服装だ。
そんな服装ではあったが、イオは特に誰かに話しかけられることもなく、一人でパーティの食事を楽しんでいる。
本来なら、イオは今回の戦争を決定づけた人物だけに、多くの者に話しかけられてもおかしくはない。
それでも特に声をかけられなかったのは、イオの使った流星魔法が圧倒的すぎたというのが大きいのだろう。
迂闊に声をかけて、色々な相手に目をつけられるのはごめんだと。
結果として、イオは特に誰かに話しかけられることもなく一人でいたのだが。
いつもならレックスが近くにいるのだが、そのレックスも現在は黎明の覇者の仕事があってイオの側にいない。
そんな中……
「イオ、暇そうね。少し匿ってくれない?」
不意にそんな風に声をかけられる。
それが人物が誰なのかは、それこそ声を聞いた時点で理解出来た。
「ソフィアさん……」
その名を口にしたイオだったが、それ以上は何も言えない。
パーティに用に着飾ったソフィアの美しさに目を惹かれたからだ。
もちろん、着飾ったソフィアを見るのはこれが初めてではない。
パーティに参加する前にもソフィアを見ていたし、そのときも目を奪われていた。
だが……それでも、美の化身とでも呼ぶべきソフィアの姿は、何度見ても意識を奪われるには十分すぎる美しさを持っている。
「こういう場所に来ると、次から次に声をかけられるのよね」
それは、ソフィアの美しさもそうだし、何より……
「ソフィアさんは黎明の覇者の団長なんですから、少しでも面識を持っておきたいんでしょうね。黎明の覇者はランクA傭兵団の中でも良識的な傭兵団として有名だし、そして何より今回の戦いでは同じランクA傭兵団の鋼の刃を相手に一方的でしたから」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、それはあくまでもイオの流星魔法があったからでしょう? もし流星魔法がなければ、ああいう結果にはならなかったわよ。……さて。それより、戦争の前にした話は憶えてるかしら?」
戦争の前にした話。
それは色々とあるが、この状況で出してくる話となれば、イオにもそれが何の話なのかは理解出来た。
「黎明の覇者に正式に所属するかどうか……という話ですよね?」
「ええ。もしよければ、こういう場所だけど話を聞かせてくれないかしら? 正式に黎明の覇者の傭兵になるのか、それとも客人になるのか」
真剣な表情で尋ねるソフィアだったが、イオは躊躇することなく頷く。
自分の中では決着がついていなかったのだが、今回の戦いを通してどうするべきか、そしてどうしたいのかが理解出来たのだろう。
「正式に黎明の覇者に所属させて貰います」
そう、告げるのだった。
この日から数年後……黎明の覇者はランクS傭兵団となり、団長とその恋人の流星魔法の使い手はこの世界で知らない者がいない名声を手に入れることになる。
才能は流星魔法 神無月 紅 @kannnadukikou
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