第177話

 黎明の覇者が本隊と合流し、数日……黎明の覇者だけであれば、一日もかからないで到着するのだが、歩兵が多かったことでどうしても多くの時間が必要となる軍隊は領土の境界線上に到着していた。

 ちょうどそのタイミングで、グルタス伯爵の軍も向こう側の領土の境界線上に姿を現す。

 これが夕方であれば、そのまま野営を行うという選択肢もあったのだろう。

 だが、まだ昼になるかどうかといった時間である以上、このまま向き合って今日が終わるということはない。

 お互いの使者が境界線上に向かい、そこでお互いに降伏勧告をし、お互いに拒否する。

 双方共に、相手が降伏をするとは思っていない。

 しかし、それでも儀礼として戦いの前に相手に降伏勧告をするのは当然の話だった。

 とはいえ……


「暇だな」

「そうですね」


 イオの呟きに、レックスが同意する。

 降伏勧告云々をやるのは、基本的にダーロットの部下の正規軍だけだ。

 雇われている傭兵にしてみれば、特にやるべきことはなく、見ていることしかできない。

 もちろん、相手が降伏勧告の際に奇襲をするといったような真似をすれば傭兵たちもすぐ行動に出る必要があるだろう。

 そういう意味では、完全に油断をする訳にもいかないのは事実なのだが。


「イオさん、あそこを見て下さい。あれが鋼の刃ですね」


 イオが退屈していると思ったのか、あるいは単純に自分が興味を持っていたからか、

 とにかく、レックスは敵陣の一部……先鋒を行うのだろう位置にいる一団に視線を向ける。


「鋼の刃って敵の中で一番手強いっていう……あの?」


 イオが協力している黎明の覇者と同じく、ランクA傭兵団。

 それも黎明の覇者とは違い、戦場で正面から敵と戦うことだけでランクを上げてきた、生粋の戦闘集団。

 そう言われたイオだったが、視線の先にいるのは予想とは少し違った。

 かなりの距離があるのではっきりとは分からない。

 だが、筋骨隆々の者たちが大量に集まっているような者たちだと思っていたのだが、見た感じではそこまで筋骨隆々といった者たちの姿はない。

 それどころか、鎧は着ているものの身体を動かす邪魔をしないような、そんな鎧を着ている者が多いように思える。


(そういう意味では、俺にとって有利なんだよな)


 イオは鋼の刃の様子を見ながら、自分が握っている杖の感触を確かめる。

 イオの役目は、戦いが開始したらメテオを連発すること。

 ただし、敵に直接当てるのではなく、その周囲に命中するような一撃をだ。

 だが、そのような行動であっても、隕石がぶつかった衝撃波は周囲に広がる。

 そういう意味では、鋼の刃の軽装は致命的とまではいかないが、大きな隙となるのは間違いないだろうとイオには思えた。


「あ、終わったようですよ。当然ですが、決裂ですね」

「だろうな」


 それぞれに降伏勧告や自分たちの正しさを主張する舌戦を行っていた者たちが、それぞれ自分の軍勢に戻る。

 元々が形式的なもので、双方共にこの時点で大人しく降伏を受け入れるといったことは基本的にない。

 そうである以上、この状況は当然の結果だった。


「イオ、魔法の準備を頼む」


 近くにやってきた傭兵の一人が、イオに向かってそう声をかける。

 そろそろ本格的な戦闘が始まるので、その前に複数回メテオを使って相手の士気を挫く……いや、へし折るというのが今回のイオの役目だった。


「分かりました。こっちはいつでもメテオを使えます。それで、具体的にはいつ使ったらいいんでしょうか? まさか、こっちで適当に魔法を使う訳にもいかないでしょうし」

「心配するな。ソフィア様が合図をする」


 伝令に来た傭兵の言葉に、イオはソフィアのいる方を見る。

 普段は虎のモンスターが牽く馬車に乗っているソフィアだったが、今は氷の魔槍を手に馬に乗っている。

 その美貌で黎明の覇者以外の者たちからも注目を浴びていたのだが、本人はそんなのは全く関係ないと言わんばかりに堂々としている。

 周囲から多数の視線を集めているソフィアだったが、イオが自分に向けた視線には気が付くことが出来たのか、不意にイオの方を見る。

 そして笑みを浮かべるソフィア。

 笑みが向けられたソフィアは当然ながら、その笑みを見た者たちまでもが思わずといった様子で目を奪われる。


「イオさん、イオさん」

「あ、悪い」


 イオもまた、ソフィアの笑みに目を奪われていたのだが、レックスの言葉で我に返る。


「いえ、無理もありませんけど。……ただ、いつ合図が来るか分からないので、しっかりと準備をしておいた方がいいかと」


 レックスのその言葉にイオは頷く。

 そうしている間にも、双方の軍隊はそれぞれに指揮官が鼓舞し、士気を上げていく。


「イオ!」


 するとその瞬間を待っていたかのように、ソフィアの叫びが周囲に響き、それを聞いた瞬間にイオは杖を手にして呪文を唱え始める。


『空に漂いし、大いなる岩塊よ。我が導きに従い、地上に向かってその姿を現せ。……メテオ』


 呪文を唱え、魔法が発動した瞬間、イオが握っていた杖は砕け散る。

 普通の魔法使いなら驚愕すべき光景かもしれないが、今まで何度もメテオを使って杖を砕いてきたイオにしてみれば、これは驚くべきことでも何でもない。

 特に動揺もせず、マジックバッグから新たな杖を取り出しながら上を……空を見る。

 メテオの常として、魔法が発動してから実際に隕石が落ちてくるまではそれなりのタイムラグがある。

 イオにメテオを使うように命じたダーロットも、当然そのことは知っている。

 そのため、実際に隕石が落ちてくるまでは行動を起こすようなことはしない。

 ただ、いざというときすぐに味方が動けるようにしているだけだ。

 その間は、それこそ士気を高めることくらいしかやることはない。

 そしてイオは、まだ隕石が降ってきていないのに再び杖を手に呪文を唱え始める。


『空に漂いし、大いなる岩塊よ。我が導きに従い、地上に向かってその姿を現せ。……メテオ』

『空に漂いし、大いなる岩塊よ。我が導きに従い、地上に向かってその姿を現せ。……メテオ』

『空に漂いし、大いなる岩塊よ。我が導きに従い、地上に向かってその姿を現せ。……メテオ』

『空に漂いし、大いなる岩塊よ。我が導きに従い、地上に向かってその姿を現せ。……メテオ』


 連続して四回。

 最初に使ったのも合わせれば、合計五回のメテオを唱え、その分だけ杖が砕かれた。

 さすがにイオも、ミニメテオならともかく普通のメテオをここまで連続で使ったことはない。

 イオの才能が流星魔法に特化しているとはいえ、今のこの状況においては魔力を大量に消耗したことによって足がふらつく。

 そこまでして行った魔法の効果はすぐに発揮される。

 最後に魔法を発動して杖が砕けからすぐに、最初に唱えた魔法によって隕石が空から降ってきたのだ。

 その落下地点は、イオが狙っていたように敵軍のすぐ側。

 降ってきた隕石に気が付いた敵軍が動揺する。

 いや、動揺しているのはダーロットの軍勢にもそれなりにいた。

 しかし、ダーロットの軍の中にはイオが隕石を落とす流星魔法を使えるということを知っている者も多い。

 そのため、動揺するようなことはなあっても、敵軍よりはマシだった。

 何よりも、隕石が降ってきたのは敵軍に向けてであって、自分たちに向かってではなかったというのが、この場合は大きかったのだろう。

 そのような理由から、ある程度安心していたダーロット軍だったが……そんなダーロット軍とは別に、隕石が自軍のすぐ側に着弾した敵軍にしてみれば、とてもではないがそのようなことは行っていられない。

 ましてや、イオが使って流星魔法はベヒモスに使った周囲に被害が出ないようにと呪文を変えたものではなく、ゴブリンの軍勢に使った周囲に大きな被害をもたらす方のメテオだ。

 敵軍の先頭部分から少し離れた場所に落ちたのは事実だが、それでも完全に隕石が落ちた場所から近くにいた敵軍の兵士は、その衝撃波によって一瞬にして消し飛んだ。


(ちょっとミスったか?)


 イオは魔力を消耗した疲れを感じながらも、そんな風に思う。

 本来イオに要請されたのは、あくまでも敵軍の兵士の士気を下げることだった。

 しかし、隕石の落下した衝撃波は、敵軍の先頭部分にいる者たちを消し去るには十分だった。

 その衝撃が与えた影響は大きい。

 いや、大きいという言葉ではとても足りないと思えるくらいに強烈なものだった。

 ダーロットやその周辺にいる者達、あるいは傭兵団を含めて、流星魔法を使う者がいるという情報はそれなりに知られていた。

 しかし、グルタス伯爵側には流星魔法という存在を知っている者は殆どいなかった。

 グルタス伯爵はダーロットの部下を裏切らせて、そこから情報を入手していた。

 しかし、その情報源もダーロットに捕まってしまえば、どうしようもない。

 その結果として、流星魔法については自分と親しい者たちの間でしか情報提供していなかった。

 とはいえ、これはグルタス伯爵を責めるといったことは出来ないだろう。

 グルタス伯爵が知ってる限りでは、ダーロットの部下の騎士団に命じて流星魔法を使う相手を殺そうとし、最悪でも敵対行為をさせようとしていたのだ。

 そうである以上、イオがダーロットの味方になる可能性は低かった。

 とはいえ、可能性が低くても場合によっては最悪の結末になるかもしれないのだ。

 そうである以上、本来なら何かあったときのために対処をしてもおかしくはない。

 この辺りに、グルタス伯爵の限界があった。

 ……もっとも、前もって敵に流星魔法などという凶悪な魔法を使う者がいると知られていた場合、ここまで戦力を集めることは難しかっただろう。

 そういう意味では、一概にグルタス伯爵の考えも間違っていた訳ではないのだろう。

 ただ、今この状況になったのはそんなグルタス伯爵の判断があるのも間違いない。

 そのグルタス伯爵は、ただ呆然と落下してきた隕石と、その被害を部下から聞く。

 不幸中の幸いと言うべきか、隕石の衝撃波は設定された範囲外には一切効果がない。

 そのため、直接受けた被害は見た目以上に少ない。

 少ないのだが……

 続けて降ってくる隕石を見て、グルタス伯爵は頭の中が真っ白になるのだった。

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