スマホの中にいる本当の私

無月弟(無月蒼)

スマホの中にいる本当の私

 中学校の休み時間。私はいつものように、数人のクラスメイトとお喋りをしていた。

 好きな芸能人の事や、誰々先生がムカつくなんて話をするクラスメイトに、私は相槌をうっていく。

 本当はその芸能人の事はよく知らないし、先生の事は嫌いじゃないんだけどね。


「あの……」


 あれ、今誰か何か言った?

 振り返るといつの間にか私達のすぐ後ろには同じクラスの女子、伊藤さんが立っていた。


「あの、国語のノートを、集めなきゃいけないんですけど……」


 ああ、そう言えば今日が提出日だったっけ。

 だけど皆は伊藤さんを一瞥しただけで、またお喋りに戻っていく。


「そういえばさ、駅前のクレープ屋、今日はセールの日だよね」

「じゃあさ、放課後みんなで行こうよ」


 まるでさっきの伊藤さんの訴えなんて、無かったみたいに話に花を咲かせている。

 ああ、またこのパターンか。


 いつからだろう。皆が伊藤さんの事を無視して、ハブるようになったのは。

 声が聞こえていないはずはないのに、まるでそこにいないかのように扱われている伊藤さん。

 いや、『皆が』なんて言うのは間違っているよね。私もその、『皆』の中に入っているんだもの。『私達が』って、言うべきなのだろう。


 特に理由もないのに、仲間外れにされてしまう人っているよね。伊藤さんは、そんなタイプの人。

 まるでそれが彼女のクラスでのポジションであるかのように、無視されて見下されるのが当たり前になってしまっている。


 伊藤さんはしばらくぼそぼそと訴えていたけど、やがて諦めたように「放課後までに提出してください」と言って、自分の席へと戻って行く。

 その様子を見て胸が痛んだけど、声をかけたりはしなかった。だってそんな事をしたら、自分も同じ目に遭うかもしれないから。


 そして伊藤さんが離れていったとたん、今までクレープの話をしていた皆は、冷ややかな目を彼女に向ける。


「伊藤ってさ、暗いよね。ああいうのがクラスにいると、雰囲気悪くなって嫌なんだよねー」

「そうそう。休み時間もずっと一人でいるしさ。ほら見て、またつまらなさそうな本を読んでる」


 皆は蔑むように笑って、私も合わせるように愛想笑いを浮かべたけど、心中は違っていた。


 伊藤さんが読んでいる本は、最近発売されたばかりの小説で。私のお気に入りの作者、青川次郎の新刊、『シャム猫ワトソンの推理』。伊藤さんも、あの本好きなのかな?


 できる事なら、お話したい。好きな本について語り合いたい。そんな気持ちがあったけれど。

 私はそれを行動に移さずに、周りに合わせて愛想笑いをし続けるのだった。



 ◇◆◇◆



『『シャム猫ワトソンの推理』最高! 猫のワトソンが可愛かったー(≧▽≦)』


 家に帰った私は自分の部屋でスマホを操作し、『シャム猫ワトソン』について呟いた。

 すると程なくして返信があった。ネットで知り合った、小説好きの男性からだ。


『飼い主の無実を晴らすために、猫たちが頑張って推理するなんて可愛いですよね。それに、飼い主を守るためにワトソンが犯人と対峙して……おっと、これ以上はネタバレになっちゃいますね( *´艸`)』


 どのシーンの事を言おうとしているかはすぐに分かった。すかさず、『私もそのシーン好きです!(^^)!』と返事をする。


 そしたら今度は、別の人から返信があった。他県に住む、たぶん私と同い年くらいの、小説好きの女の子から。

 こうして皆で好きな物について語るって素晴らしい。伊藤さんとも、こんな風に話ができたらいいのになあ。


「変なの。スマホを通じてだと簡単に出来るのに、どうして現実ではできないんだろう?」


 よくネット上での人間関係なんて、本当の事を隠した嘘ばかりなんて言われるけど、本当にそうかな? 

 少なくとも私は学校よりもスマホを通じてのやり取りの方が、よほど本当の自分をさらけ出せている。


 Twitterのやり取りだけじゃない。ダウンロードしたアプリや、検索履歴。そこには私の好きな物や興味のあるものが詰まっている。

 学校で周りに合わせるための作り物の好きではない、本当に好きな物たちが。


『聞いてください。今日学校でこの本読んでたら、「オタクっぽい」、「生きてて楽しいか」なんて言われたんですよ』


 スマホに表示されたのは、さっきの女の子の呟き。それを見て私は、ドキッと心臓が縮みあがった。

 違うって分かっているのに、昼間クラスの子達と一緒になって、伊藤さんの事を笑ってしまった自分のことを責められているような気がして。


 私はふるえる指で、スマホをタップしていく。


『そういえばクラスで、『シャム猫ワトソンの推理』を読んでいる子がいました』


 もちろんこれは伊藤さんの事。すると、食いつくような返信が返って来る。


『え、リアルの知り合いで、読んでる人いるんですか?』

『あたしの周りにも小説読んでる人は全然いないから、リアルに話せる人がいるなんて羨ましいです(≧◇≦)』


 ネットでは簡単にファンが見つかるというのに。リアルでは小説好きの知り合いがいないというのは、どうやらあるあるみたいだ。


『それが、クラスメイトなんですけど、その子とはあまり話したことがなくて』

『声をかけたらいいんじゃないですか。向こうだって喜ぶかもしれませんよ』

『こうしてあたし達とは話せてるんですから、いけますって』


 Twitterで、二人と初めてお話した時の事を思い出す。

 たしかあの時は、青川次郎先生をエゴサしていたら、今話をしている二人のやり取りを偶然見つけて。思い切って会話に入って行ったのだ。

 同じ趣味について語る仲間が欲しい。好きな物を共有したい。そんな気持ちがあったから。


 その気持ちは、スマホの中だけのもの? ううん、本当はリアルでもこんな風に、好きな事を話せる友達が欲しいって思っている。ただそんな本当の自分を、さらけ出せずにいるけど。


『その子とお話しできたら、教えてください』

『嬉しい報告を、期待しています!(^^)!』


 二人との会話は、そこで終了した。



 ◇◆◇◆



 中学校の休み時間。今日も伊藤さんは一人机について、本を読んでいる。

 無視なんてしたくない。話をしたいって、何度思った事か。だけどそんな本当の気持ちを、告げることはできなかった。


 本音を言えるのは。私が本当の私でいられるのは、スマホの中だけ。リアルな私は周りの目ばかり気にして、ずっと本心を隠していた。

 そう、今までは。


 スマホの中だけにいた、本当の私。そろそろこっちに、出てきてもいいんじゃないかな。


 伊藤さんと仲良くしたら、私までハブられるかもしれないって? うん、そうかもね。

 ぼっちな子と仲良くしたら、その人まで仲間外れにされる。そんな不思議なルールが、この世界にはあるもの。

 だけどそれでも、今動かなかったら後悔すると思うから。


 私はそっと彼女に近づいて、声をかける。


「その本、面白いよね。私も好きなの」


 スマホでは簡単に言えていたこと。だけど現実ではずっと言えなかった言葉を、私は口にした。

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