スマートなフォン
汐凪 霖 (しおなぎ ながめ)
こんなスマホがあったなら
「いやいや、スマちゃんは、かなりボーッとしてんよ」
「うん。いつも目が遠いところ見てるもん。雑誌の写真を指してもさ、なんか、ちょっと違うとこ見てそうなんだよね」
友人の
憮然としつつも、やはり寿万子は言い返すでも睨むでもなく、その姿は、
──そういえば、さっき雑誌の記事で見て話してた外国の美味しいっていうチョコレートは、国内でも販売している店舗があるらしい。どこだろう。調べなくっちゃ。
そう思ってポケットに手を差し入れる。が、機種変更して間もないスマホがない。
──あれ、鞄だっけ。
黒い何処にでもある女子高生御用達カバンを開くが、姿が見当たらない。同じ黒の外装につけているのは透明のカバーだけなので、紛れているのだろう。保護色効果というやつか。
──いやいやいやいや無いんですけど!!
GPS入れてたっけ。ていうか◯△pay止めたほうがいい? あー、ロック機能って、オフってないよね???
焦りながら鞄の中に見つかることを諦めきれず、ゴソゴソとまさぐっていると、恵菜に声をかけられた。
「おーい、どうしたスマちゃん。なに探してんの?」
「んん、スマホ~」
大変に慌てているのだが、その語調と言葉では、伝わりにくい。
里佳が呆れ声で言う。
「スマちゃん、キミさっきスマホを膝に置いてたでしょ。股ぐら落ちてんじゃないの? それか、ソファーか床か」
「あ」
冬のスカートは厚地なので、この頃の薄く軽くなったスマホを太ももに挟んでいても気づきにくい。
「あった」
やれやれ、と友人ふたりはタメ息まじりに笑ったが、その目は二対とも、とても優しかった。
「ありがと~」
「はいな」
「良かったな、里佳がいて。さすが幼馴染みはパターン化された予測が正確だわ」
大きく頷く。
「そういえばさ~。スマホにAIとか付けてさぁ」
ん? という二人の顔に構わず、寿万子は願望を口走る。
「落としたよーとか、ここにいるよーとか、言ってくれればいいのにねぇ」
「はん?」
たとえば。
持ち主の平時の体温、脈拍、呼吸や音声といった、指紋や瞳の光彩以外のデータを記憶していて。
どこかに置いたまま、離れてしまいそうになったら。
「おいっ!」
──ん?
「おいっ、ワシを忘れてんで!」
って、教えてくれる。
たとえば。
部屋とか教室とか、今みたいにカフェでスマホが見当たらなくなったとき。
心拍数が上がり、呼吸も速くなり。「スマホどこだっけ」と持ち主の声が響いた途端。
「ここやで~! ここ! 気づいてや~っ」
って、主張してくれる。振動と光の点滅も、ちゃんと付けて。
……。
「便利だと思わない~?」
友人ふたりは数秒間、沈黙した。
「……いや、それは別に」
「……スマちゃんには必須かもしれんが」
「ええ~? そーかなぁ」
なんとなく同時に、三人は飲み物に口を付けた。
「でもさ。AIは面白いかも」
「いや、予測プログラムは入ってんじゃないの、既に」
「じゃなくて、たとえばさ」
ゲームアプリの曜日イベントをやり逃さないよう、使用状況を学習して、平日か休日かも計算しつつ、自動で開いて通知音も鳴らしてくれるとか。
盗撮にあたるような写真や動画は自動で検知して写せなくなるとか。
「ええ、いらんわ、それは」
「盗撮防止は要るんじゃない?」
「水着で海水浴の記念写真とか区別できんのか」
「ああ……」
ふたりが話を発展させていくさまを、寿万子は黙って見守る。言いたいことは言いきったので、あとは会話がどこに行き着くのか聞いて、たまにアレっと思ったときに話に加わるのが、いつもの流れ。
ホットココアが、そろそろ空になる。
──おかわりしようかなぁ、ふたりは、まだ、飲みきってないのかな~。
ちらりと目で確認。
「そういえばさぁ」
「なんだい、スマちゃん」
「スマホって、スマートなフォンってことだよねぇ。なんでスマフォじゃないんだろ?」
「言いやすいほうに変わったんじゃないの」
「でも、アイフォンはアイホンじゃないね~」
「まぁな。どうでもいいけどな」
「うん、べつにいいけどね」
「なんか雑誌とか広告で、スマホって言ったオシャレマンでも居たんだよ、たぶん」
「はあ、そうかぁ。そうかもね~そんな感じ」
もうすっかり、スマホで何をしようとしていたかは、寿万子の頭から消えている。
女子高生三人の時間は、ゆるゆるぐだぐだ、愉快に続く。
スマートなフォン 汐凪 霖 (しおなぎ ながめ) @Akiko-Albinoni
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