スマホの中の管理人さん
まぁち
第1話
轟音が響き渡る。
燃える世界が目の前に広がっている。
そんな中、私は声を枯らして叫ぶ。
「――――――――――――っ!」
#
浅い眠りが悪夢と共に吹き飛んだ。
わたしは呼吸を荒げ、スマホを見る。画面にはなにかのアプリの詳細が表示されている。
どうやらスマホでサイト巡ってたらうとうとして変な広告を押してしまったらしい。
勝手にリンクへ飛んで、ストアアプリが起動していたのだろう。
『スマホの管理人さん』
それがアプリの名前だった。
# # #
T○itterって用もないのになんで開いちゃうんだろうなーって思う。
そう思って一回消すんだけど、やっぱりなぜか吸い寄せられるようにもう一度開いてしまう。そんな事をしているうちに三十分とか時間が流れていることも珍しくない。
そんな怠惰な日常を過ごして惰性で生きてるのがわたし、神崎しおり。
なのだけど、
『しおりちゃん』
私の名前を呼ぶ声。
構わずT○itterを開こうとアイコンを押した瞬間、その立ち上げ画面が何者かの手によって引き戻された。
「…………ちょっと」
『しおりちゃん。やめてください』
その声はスマホから聞こえていた。
画面には現実でお目にかかることなんてまずない青髪をツインテールにしたジト目の二次元の女の子。
その子がT○itterが開くのを片手で押さえ込んでいた。
「なに」
『T○itterのアプリを開いては閉じ、開いては閉じ、無為な時間を過ごすこと13分。いい加減見苦しいですよ』
感情がこもっていない、それでいて機械には出せない人らしいソプラノ調の声。
「あんたに関係ないでしょー」
『私は『スマホの管理人さん』ですから』
「むぅ」
わたしは意味もなくゆっくりとベッドの上を転がり、床にぬぼーっと落ちる。
『だらしがないですよ』
「うるさーい。あんたはスマホのアップデートが来たら即座にダウンロードするだけでいーの。動画見てるときにL○NEの通知バー出さないように頑張ってればいいのー」
スマホをつんつん突っついてわたしは文句を垂れる。
『パジャマから着替えて顔を洗い、髪を整える。女性としてせめてそれくらいは頑張っていただきたいです』
「こういう女が存在したっていいでしょ。ていうか画面の外の事に口出すなわたしの私生活に口出すなー」
わたしが駄々っ子のように手足をばたつかせて抗議すると、二次元の女の子は額を押さえて「嘆かわしい」と呟いた。うるさいなぁほっといてよ。
ここ数日、こうやってわたしと言い合いをするのはスマホのアプリ『スマホの管理人さん』のキャラクターである『ネーチャ』だ。
アプリの説明にはS○riの亜種みたいな感じで、可愛い女の子がスマホを快適に使わせてくれるというニュアンスの事が書かれていた。
アイコンの可愛さに釣られて思わずインストールしたのだけど、それからが予想外の連続。
この子、喋るのである。
いやいやそりゃS○riの亜種なんだから喋るんじゃないの?とお思いになったあなた。違うんですよ。この子自分の意志があるかのように喋るの。こっちが喋らなくても勝手に声かけてきて文句言うの。凄くない?しかも表情豊かだし仕草も人間っぽいし、なんていうかな、リアル感が凄いっていうの?とにかくすんごいの。
で、こりゃ界隈が湧いてるぞぉってSNSの反応を見たんだけど、不思議な事に話題になるどころか、このアプリの存在自体が検索に引っかからなかった。変だなぁとは思いつつ使い続けて二週間、今に至る。
ネーチャからの小言は面倒だけど、それを差し引いても話し相手がいるというのは良いものだよね。心が安定する。
「ネーチャ」
『なんでしょう』
「なんか面白い事無いー?」
『ゾウリムシの細胞分裂の動画などいかがですか?』
「咄嗟に出てくるのそれなの?」
この子の面白いの定義が気になる。
「じゃーさぁ、ネーチャはどんな人に造られたの?」
『綺麗で優しい人でしたね』
「ふーん」
『逆に、そちらはどんなお母様だったのですか?』
ネーチャはホーム画面のアプリのアイコンを勝手に手で動かしてイスっぽく並べ、それに腰掛ける。
「うーん、優しくて……綺麗な人?」
『同じですね』
「そだねー……って、ちょ、何、なんで急にY○uTube開いて蛍の光流し始めた?」
『演出的に、挿入歌を流すのが最適かなと』
「いや要らん事しないでいいから。やめてなんか恥ずい」
ネーチャは不服そうに口を尖らせ、動画を停止させた。
その姿がわたしの大好きな人を彷彿とさせ、ちょっと微笑ましい。
「あんた、ヘンだよね」
『平日なのに部屋でゴロゴロ。カーテンも開けずにスマホをいじるだけで何もしない人に変だと言われてしまうとは、心外です』
「……言うねぇあんた」
わたしは精神にダメージを喰らった。
ネーチャはツインテールの髪を手で弄り涼しい表情。コノヤロウ、なんて性格の悪い女だ。
こうなったら……
「(ネーチャのアプリ消してやる)」
わたしは画面をスライドさせ、『スマホの管理人さん』をアンインストールしようとする。が、
「なにっ」
それに気づかれたのか、俊敏な動きで勝手に画面をスライドさせたネーチャがアプリのアイコンに飛びつき、ラグビー選手さながらにアイコンを抱え込んだ。
ウソ、そんなのアリ!?
「ずるいネーチャ!アイコン離せ!」
『嫌です。文字通り私の命なので』
こんのぉー。なんて常識破りな……。
だけど!
「その余裕がいつまで持つかな!」
『え?んっ!?ちょ、やっ!ひゃん!』
わたしはネーチャのお腹の辺りをスーパー連続タップで攻撃した。
「音ゲーで鍛えたわたしのタップ技術が火を吹くぜぇーー!」
『きゃぁぁぁっ!!』
ネイチャらしくない女の子らしい叫び声が部屋に響き渡った。
# #
ひとしきり遊んで満足したのか、しおりちゃんは眠りにつきました。
そんな寝顔を画面越しに見つめ、私は笑います。
けれどやはり、置かれている現状を改めて認識し、泣きそうになってしまうのです。
12時だというのにカーテンも開いておらず電気もついていない暗い室内。床にはお菓子のゴミやゲームのコントローラー、漫画、その他もろもろ。
こんな世界にしおりちゃんはただ一人で引き篭もっているのです。
元々は雨だろうが嵐だろうが気にせず外を駆け回る元気の塊のような子でした。
だからこれは私のせいなのでしょう。
私としおりちゃんはある日、火事に巻き込まれました。とある旅館での事です。
私は倒壊した木材からしおりちゃんを庇い、命を落としました。
悔いはありません。ですが、心残りはありました。
しおりちゃんはきっと私が死んでしまった事を悔いると思ったのです。
二人で旅行に行こうと言ったのは彼女だったのですから。
だから死の直前、轟音が響く燃える世界の中で私は叫びました。天まで届くように、神様への祈りを。
どうか、あの子を、私の大切な妹を見守らせて下さいと。
せめて、私の死を忘れてくれるまで。
そうして私はこのような形でその願いを叶えることが出来ました。
少し窮屈で不便ではありますが、しおりちゃんを守るためだと思えば苦とは感じません。
……ですが、一つだけ問題が。
「…………おねーちゃんハニトー!!うえっへっへ!」
『……………………』
この子、寝言本当に煩いんですよね……。
これってどうしたら改善するのでしょうか。
これからの生活を思い、私はやれやれとため息をつくのでした。
スマホの中の管理人さん まぁち @ttlb
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます