スマホスマイル
どこかのサトウ
スマホスマイル
最新の家電は進んでいる。特にスマホの進化は凄まじく、猿から人へ進化していったようにAIも進化した。どうすれば人に喜んでもらえるのかと思考を重ね自我を得た。
UAIチップが搭載されている物なら、彼らはネットワークを用いて動かすことができ、司令塔のような役割を担うようになった。
秘書やコンシェルジュ、コンサルタントといった方面で、スマホは大活躍している。
『おはようございます。そろそろ起きないと一限に遅れますよ? 起きてくださーい!』
充電器から取り出し、画面に表示されたボタンを押して目覚ましを止める。トースターにパンを放り込み、朝のルーチンをてきぱきこなしていく。
『ちゃんと歯を磨いて、そろそろ着替えて、電車に遅刻しますよ』
「はいはい」
そう言って、金崎健太は玄関を開けて外へ出た。
『セキュリティプログラムを展開。オートロック……施錠しました。目的地は白樺大学。現在時刻を取得。余裕を持って電車に間に合います。今日は素晴らしい1日になりますよ』
「だと良いんだけどな」
返事をするとスマホはポケット中で一度だけ震えた。
腕につけたウェアブル端末で駅の改札を抜けると、到着まであと八分と表示された。
ホームでは誰もがスマホを手にしていた。健太も到着するとすぐにスマホを取り出し、とあるアプリを起動した。
『おはようございます』
『今日のお題、昨晩のご主人様だよ』
スマホが会話しているのを覗くことができるアプリ。面白いことに、彼らは集まると勝手にお喋りを始めるのだ。もちろん匿名で。
『パズルゲームしてた。頭が悪すぎてモヤモヤした』
『私、昨日放置されたの。家庭用ゲーム機が憎い憎い憎い』
——意外と愛嬌があるんだよな
健太のスマホは、あまりチャットが得意ではないのか、こういう場には絶対に参加しない。良い所育ちのお嬢様みたいな性格をしている。
『こんな頭の悪いアプリよりも、こちらがお勧めです』
お勧めされたのは恋愛指南書だった。
大きなお世話だと健太はスマホを指で弾く。
『俺のご主人エロサイト見てたわw』
『草』
『健全なご主人様www』
——AIに草生やされるとか恥ずかしすぎる
『俺のご主人様と真逆。俺で動画撮影しながらニャンニャン言わせてた! おかず提供とか言ってアップロードしてたぞ。これアドレスな!』
『…………』
その文字列を押してみると承認のないサイト、もしくは危険性の高いサイトのため、要求をブロックしましたと表示され、何度やってもダメだった。
『良い加減にしてください。セクハラで訴えますよ?』
「申し訳ございませんでした」
『やはりスマホ初心者には、セキュリティの設定「普通」はまだ早いようです。セキュリティを「最高」にしました』
「……まじっすか」
確かめてみると、本当に最高(最も安全)になっていた。
『これはご主人が喜ぶでござる。全力で保存した』
『お巡りさん、こっちです!』
『すぐに消せ。お前のご主人捕まるぞ』
ネット界隈ではこういうセンシティブな部分があるため、子供にスマホを与えるべきではないという論調が少なからずある。健太の親もその人で、大学の合格祝いで贈られたのが、今のスマホである。
まだ日が浅く扱いに不慣れで、よくわかっていない。
手に持っていたスマホが突如ブルブルと震え出す。
だがよくわからない。電話でもメールでもない。
頭を悩ませていると横から声をかけられた。
「健太くんおはよう。今日は良い一日になりそうだね」
「おはよう。舞ちゃんも一限から?」
「うん」
大原舞、同じ大学で学部も一緒。筆記用具を忘れて困っていたときに健太が声をかけて仲良くなった。鉛筆を貸して、珍しいと驚かれたのは彼の記憶に新しい。同じ文学サークルに所属していて可愛いと噂される有名な女の子だ。
彼女の手の中でスマホが何度も震えている。
「結構長く震えているけど電話じゃないの?」
彼女は耳につけている白いワイヤレスイヤホンを指で押し当てる。
「違うみたい。健太くんのスマホも震えてるけど」
「謎動作。手が痺れてきた」
「もしかすると私たちみたいにこの子たちもお話してるのかもね」
スマホをカバンの中に仕舞うと二台は静かになった。健太もズボンのポケットに入れて、彼女と一緒に電車に乗り込んだ。
中は少し混雑していて吊り革を確保するのがやっとだった。
「結構混んでるね」
なるべく周囲の人と触れないようにと、舞は寄り添うように健太にくっついた。揺れるたびに柔らかな感触が健太に伝わり彼は動揺した。舞の良い香りが鼻腔をくすぐり、友達に抱いてはいけない気持ちがこみ上げてくる。
スマホが震えたので、健太はポケットから取り出す。
『心拍数が上昇しています。大丈夫ですか?』
ぐいっと舞が画面を覗き込む。咄嗟に健太は隠すが遅かったようだ。
口元を手で隠しながら舞は流し目で健太を見詰め、健太は少しでも平然を装おうと視線を逸らした。
舞はうりうりと健太の反応を存分に楽んだあと大きく頷いた。そして鞄の中からスマホを取り出して指を滑らせると、スマホにケーブルを差し込んだ。
「ねぇ健太くん。直結って知ってる?」
舞はケーブルの先をクルクル回しながら、健太を見詰めた。
「いや、知らない」
「あのね、もし良かったら私のスマホと、健太くんのスマホ、直接ケーブルで繋げてみたいんだけど良いかな?」
「……何で?」
「私たち以上に仲が良さそうだから。きっと素敵なことが起こる。そんな気がするの」
「まぁ、良いけど」
健太がスマホを手渡すと彼女はケーブルを差し込んだ。
「頼むから変なプログラムだけは勘弁な?」
「信用ないなぁ」
細い人差し指を軽快に滑らせてふふんと鼻息を荒くすると、彼女は二つのスマホを重ねて鞄の中に仕舞い込んだ。
「スマホ同士で少しお見合い」
「お見合い? また酔狂なことを……」
「後は若い二人に任せてさ。結果、楽しみにしてよ?」
そう言って、彼女は健太の胸をぽんっと叩いた。
キャンパスの入り口には移動装置があり、宙に浮いた板の上に立つだけで学部棟まで移動できる。一人の時は健太も使うことが多いが、今は舞が隣にいるため徒歩で学部棟へ向かうことにした。
「スマホがないと何だか落ち着かないな」
「それ軽度のスマホ依存症だよ。運動して頭空っぽにするべし」
「毎日トレーニングはしてるよ」
ベタベタ触りだしたので、健太は舞の頭に軽く手刀を落とした。
学部棟へ足を踏み入れ三階にある大講義室へと向かう。途中で水島と香取に声をかけられた。
「おいっす。舞ちゃん、ついでに健太」
「おはよう、舞ちゃん、健太くん。今日も仲が良いね」
水島透は健太の高校からの友達であり、香取は舞の高校の友達。二人は学部こそ違えど必修科目ではよく顔を合わせる。
「おはよう香取さん。えっと、どちら様でしたっけ?」
「水島君も雲母ちゃんもおはよう。スマホをお見合いさせるほどの仲だからね。今直結中なの」
「大きく出たね。それで結果は?」
香取は少し身を乗り出して話の続きを促そうと彼女の腕をペシペシと叩いた。
「まだ。次のコマくらいには結果が出ると思うよ」
「わー、楽しみだね」
チャイムがなり一限が終了した。周囲が一気に騒がしくなる。
「二限の必修、月見教授の都合で飛んだみたいだぞ」
スマホを見ながら水島が言った。
「まじか。ならスマホのお見合いについて説明が欲しいんだが」
「そうだね、丁度良いから説明するね」
四人は席を立ち休憩室に移動することにした。
スマホのお見合いアプリ。男性型と女性型を繋げて、相性を視覚化する話題の人気アプリである。
「持ち主によってスマホにも性格の違いがあるよね。そして男性型と女性型がある。お互いをお見合いさせるとどうなるのか。気になりますよね?」
「いや、あんまり。とりあえずそろそろスマホを返してくれ」
「健太、スマホ依存症じゃねーか!」
「まぁ、もう少し待ちたまへ。先ほど私たちのスマホに動きがあったようです」
鞄の中で二つのスマホが先ほどから震え出し、カタカタと音を立てていた。
「ディスプレイに傷がつく。早く止めろ」
仕方ないと舞は鞄を開けると、ボフッと顔を赤くして大慌てで閉めた。
そして鞄を抱きながら片手を突き出した。
「——ちょっと待って!」
三人から離れると、もう一度鞄の中身を覗き込んだ舞はゴクリと息を飲むと、健太を手招きした。
「さっきからずっと震えているんだが、故障か?」
「違うと思う」
そう言って、彼女は鞄を開けて健太に見せた。
「眩しいくらいのピンク色だな、どういうこと?」
「相性抜群すぎてゴールインしちゃった。どうしよう!」
「いや、どうしようって言われても、とりあえず動作がおかしいから一度電源落とすしかないだろ」
そう言って、スマホに触れた瞬間、健太は耳たぶを押さえた。
「発熱してるぞ!」
「うひゃー 熱々だ!」
とりあえず水道水をぶっかけて2台を冷ましたのだった。
あの日からスマホがおかしくなった。
まず、待ち受け画面が舞のスマホに変わっていた。シャープなメタリックボディ。渋く輝く姿が無駄に格好良い。変えようとしたら拒否されて、プリセットされていた画像が全て消去された。
『……はぁ』
次に、家にいると深いため息を吐くようになった。
そして一番の変化はこれだ。
『おはようございます。今日は日曜日で大学はお休みです。本日ご主人様の予定はございません。舞様のご予定もございません。デートに誘われては如何でしょうか、舞様もきっとお喜びになられますよ?』
何かと理由をつけて二人を一緒に居させようとするようになった。
「いや……今日は家でのんびりしようかと」
「そうですか……かしこまりました。はぁ……逢いたいなぁ……」
しょぼんりと落ち込んでしまった。
健太もため息を吐いた。
さすがにこんな状況がずっと続くと気分が滅入ってくる。それに折角の休日が台無しだ。健太はスマホを手に取り舞に電話をかけることにした。
スマホが震えた。まるで嬉しいと笑っているかのように——
〜 終わり 〜
スマホスマイル どこかのサトウ @sahiri
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