スーパーマインドホスピタル

南雲 皋

。○。

 私は待合室に置かれた大きなソファに座っている。

 どうして座っているんだっけ。

 ああ、そうそう、スマホだわ。


 今話題になっている、スーパーマインドホスピタルに来たんだった。

 病院の待合室には思えないほど開放感のある待合室は、さすがスーパーと付くだけのことはあるわと感じさせてくれる。

 自分の受付番号が呼ばれるまで、ここで待っているのだ。


 スーパーマインドホスピタル、通称スマホ。


 スマホが流行り始めたのは数年前。

 当時の流行を生み出していたと言っても過言ではないアイドルが、実は精神疾患を抱えていて、けれどスマホに通うようになって完全に回復したからこそ、自分はこんなに売れているのだと自伝的エッセイに書いたことが始まりだった。


 スマホの名は瞬く間に日本中に広まった。

 高ストレス社会だったこともあり、とんでもない数の予約が殺到したらしい。

 数年先まで予約が埋まってしまうような状況は、一度の通院では完治しない患者にとって良くないということで、小さな町医者同然だったスマホは一気に全国へと羽ばたいたのである。


 もちろん、やたらめったらスマホの数を増やせばいいというものでもない。

 適切な処置のできる医者が必要なのは明らかで、そのためスマホ普及の裏では医師の教育が急ピッチで進められた。


 スマホの特別なところは、治療に特別な機器を使用するところにある。

 対象の全身(肉体から精神に至るまで)をスキャンし、対象が理想とする人格を作り出す。

 そして、その理想の人格をゆっくり対象者へとインストールするのである。

 インストールした人格を馴染ませるカウンセリングを行い、完全に人格が定着すると、晴れて通院から解放されるというわけ。


 その機器は、そのまま医師教育にも流用された。

 毎日診察が終了すると教習生がスマホを訪れ、理想の医師としての人格をインストールする。

 数ヶ月もすれば、何人もの医師が主要都市でスマホを持つまでになっていた。


 それからどんどん医師の数は増え、今ではほとんどの市区町村にスマホが普及した。

 それでもなお予約の数は多く、私はようやく自分の番を迎えたのだった。



「三○六八番の方〜、カウンセリング室までどうぞ〜」


「あ、はい」



 私は立ち上がり、促されるまま部屋に入った。

 清潔感のある白い個室で、綺麗な女性が私と向かい合って座る。

 女性がテーブルに資料を並べ、私にプランについての説明をしてくれるのだ。


 医師の教育に使われていたことからも分かるように、スマホは自分の理想をインストールするだけではない。

 他人の理想の人格にもなれるのだ。


 本来、患者のプライバシーの観点から他者の理想をインストールすることはできない。

 しかし、通常の金額の十倍近い金額を支払うことで、それが可能になるのである。

 目の前の女性は、もちろんそのことについては口にしない。

 あくまで、こちらが言い出さない限りは、そんなシステムなど存在しないのだから。


 スマホの普及に伴って、同一の人格をインストールした人間も増えることとなった。

 体格も同じ、好みも同じ、喋り方も、思考回路も、何もかも同じ人間が増えていた。

 けれど、それはみな理想の人格であり、問題など起きようもない。

 むしろ軽犯罪は明らかに減少した。


 私も、その仲間入りがしたかった。

 同一の思考回路。

 意見の相違のない生活。


 喧嘩ばかりの夫婦生活だって、スマホのおかげで仲睦まじくなれるだろう。

 夫も私の次にカウンセリングを受け、スマホの恩恵に預かる予定だ。


 これで、幸せに……。



「おきゃ……ま、おきゃくさま、お客様!」


「へっ!?」


「お待たせして大変申し訳ございません。スマホ契約の準備の方ができましたので、窓口までお願いいたします」


「あ、……はい」



 私は待合室に置かれた大きなソファに座っている。

 どうして座っているんだっけ。

 ああ、そうそう、スマホだわ。


 今話題になっている、スマートフォンの契約に来たんだった。



【了】

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