最後のガラケーユーザーに、私はなる!

無月弟(無月蒼)

最後のガラケーユーザーに、私はなる!

 いつになったらスマホに機種変するんだ? 今までに何回、この言葉を言われただろう。

 もう耳ダコだよ。別にいいじゃない、ガラケー愛好家でも。


 通話ができて、メールの送受信ができれば、後は多くを望まない。

 そりゃあ、あったら便利だろうけど機械オンチの私は使いこなせる自信なんて無いし。無理にスマホに買い替えるよりも使い慣れたガラケーでいた方が、何かと便利なのだ。


 だというのにだよ。課長ときたら。


「お前まだガラケーなのかよ。いい加減スマホに買い替えろ。業務連絡をする何かあった時、他のやつならLI〇Eで連絡すればいいけど、お前の為だけにわざわざメールを送るのが面倒なんだよ」


 いったい何回、こんな感じの事を言われただろう。

 特に今日は機嫌が悪かったのか、「お前の為にメールを送るのは面倒だなー」、「スマホに買い替えてくれないかなー」って、ネチネチネチネチ言われ続けた。

 連絡を円滑化したいって言うのも嘘じゃないのだろうけど、きっと本当は単に、誰かに八つ当たりをしたかったんだろう。課長はそういう人だ。


 けどね。そう言われたからって、はい分りましたってはならない。むしろますます意固地になっちゃうんだよね。

 だから私、川瀬夏美は。


「最後のガラケーユーザーに、私はなる!」


 ジョッキに入ったビールを一気飲みして……ごめん、嘘です。マグカップに入ったコーヒーを一気飲みして、カウンターテーブルに叩きつけるようにガンと置く。


 仕事が終わってやって来たのは、幼馴染がマスターをやっている、行きつけの喫茶店。

 私は下戸だから、嫌な事があるとお酒を飲む代わりに、ここに来てコーヒーを飲みながら愚痴っているのだ。


 カウンターの奥では幼馴染のユウちゃんが、店を出る女性客を爽やかなスマイルで見送っていて。ドアが閉まると、私に視線を向けてきた。


「ずいぶんと荒れているね。まあ気持ちは分からなくもないけど。連絡が面倒だなんて言うけど、たかがメール一つ送るだけ。なのにこっちが悪いみたいに言われたら、ムカつくよね」


 カウンターの奥から手を伸ばしてきて、よしよしと頭を撫でてくれるユウちゃん。

 ううっ、分かってくれるか。


「だいたいさあ、入社した時にスマホを持ってなければいけませんなんて言われて無いし。必要なら最初から言っておけっての。それに機種変はタダじゃないし、ガラケーからスマホに変えたら、月々の支払だって増えちゃうじゃない」

「その事は、課長には言ったの?」

「言ったよ。けどそしたら、せいぜい増えるのは三千円くらいだろうから、別に良いだろって。けど月に三千円って事は、一年で三万六千円になるじゃん」

「塵も積もれば山となる、か。夏美はそういう所、細かいからねえ」


 私のガラケーの月々の支払いは、約三千円。これはガラケーユーザーの中でもかなりの低価格。つまりパケットだの有料コンテンツの使用などを、ほとんど活用していないという事だ。

 こんな私がスマホに乗り換えても大して使いこなせないって分かっているのに、毎月の料金が二倍になるなんて冗談じゃない。


「三千円もあったらさあ。使いこなせないスマホにつぎ込むよりもここでコーヒーを飲んでまったり過ごすよ」

「嬉しいこと言ってくれるね。ちょっと気持ちわかるかもなあ、うちにくるお客さんを見ていても、皆スマホに振り回されっぱなしって気がするからねえ。忙しそうにスマホをいじりながら、まるで燃料を補給するみたいにコーヒーを飲んでいるのを見ると、ちゃんと味わってくれてるのかなあって思うし」


 それはマスターとしては気になる所だろう。せっかく入れたコーヒーを味わってもらえないってなると、へこんじゃうもの。


「スマホが普及して、色んなことができるようになったかわりに、今まであった大切な物を無くしてしまった人は多いと思うよ。たまにはスマホを置いて、ゆっくりコーヒーを味わう時間があってもいいのにね」

「そうそれ! 私が常に思ってる事だよ! さすがユウちゃん、話が分かるー!」


 私が求めているのは便利なアプリじゃない。心を落ち着かせられる、待ったりした一時だ。


 だいたいさ。課長はスマホに買い替えてLI〇Eを使えなんて言うけれど、それをやっちゃったら最後、心にゆとりが無くなっちゃう気がする。

 正直私は、パワハラをしてくる課長の事が嫌いだ。大嫌いだ。そんな人と繋がるだなんて、考えただけでもゾッとする。

 LI〇Eが悪いモノだとは思わないけど、否応なしに付き合いたくない人と繋がらざるを得なくなるのは、考え物だよね。


 やっぱり私に、スマホは合いそうにない。

 スマホにはスマホの良さがあるのは分かるし、愛用者の事を悪く言うつもりはないけど、無理に使うことは無いのだ。


 必要最低限の機能しかないガラケーだけど、それでもいいじゃない。特に不便だなんて思わないし、シンプルだからこその良さだってあるんだもの。

 身の丈に合った道具を使って何が悪い。時代遅れと言われようと、ガラケーを使い続けよう。


 おかわりしたコーヒーを飲みながら、改めて心に決める。


「ところでさ。そんな夏美に悲しいお知らせがある」

「なに?」

「ガラケーは、電波供給がストップする事が決まっているんだ。近い将来、使えなくなっちゃうんだよね」

「ぶはっ⁉」


 ゲホッ、ゲホッ!

 コーヒーが吹き出しそうになるのを必死に堪える。けど、嘘でしょ。ガラケーが使えなくなるって⁉


「つ、使えなくなるって、いつから⁉」

「夏美の使っているガラケーって、auだよね。2022年の3月いっぱい」

「来年じゃん!」


 おのれスマホ―! お前はガラケーユーザーを根絶やしにするつもりなのかー!

 セイヨウタンポポがニホンタンポポを侵食していったように、スマホはガラケーを駆逐するつもりなんだなー!


 よーく分かった。スマホ、お前はやっぱり敵だー!


 「auは来年から使えなくなるのなら、他の会社はどうなの?」

「一番長く使えるのは、docomoかな。これなら2026年の3月まで使える」


 auより4年も長く使えるんだ。だけどそれにしたって後5年後には、使えなくなるって事だよね。けどそれでも。


「決めた、私docomoのガラケーに乗り換える」


 きっと課長からはまた、乗り換えるならスマホにしろって嫌味を言われそうだけど、私はガラケー愛好家なんだ。

 そしてこのまま、スマホに屈しようなんて思わない。


「署名運動でも何でもして、ガラケーを存続させてもらおう。きっとガラケーを求める同士は、数多くいるはずだよ。今からでも遅くないよね」

「いや、もうとっくに手遅れのような気がするけど……」

「シャラーップ!」


 とにかく出来る事は何でもやって、ガラケーを守るんだ。

 穏やかなひと時がスマホに侵食されるなんて、そんな恐ろしい事は断固阻止だよ!


「夏美ならスマホに乗り換えても、何も変わらないような気もするけどね」


 苦笑いを浮かべるユウちゃん。


 こうして私の、ガラケーを守るための戦いが始まる。

 タイムリミットまで後5年。ガラケーの未来は、私の双肩にかかっている……のか?


 だけどこのままガラケーが滅びてしまうにしても、最後の最後まで私は使いい続けるだろう。

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