桜と怖くない映画
向日葵椎
少し怖い映画
今日は高校の友達の杏樹と映画を見にやってきた。館内には上映されている映画の映像やポスターが並んでいる。
「桜はなんかいいのあった?」
「うーん、今探してるとこ」
何を見るかは決めてない。学校で「なんか楽しいことない?」という春の高校生らしからぬ退屈を極めた会話をした流れから「じゃあ映画見よう!」となったものの、「今どんな映画やってんの?」となり、「じゃあ何を見るかは映画館で決めよう!」となったのだ。こういう計画性のない約束は、いつものこと。
「ウチ考えてきたんだけど、ホラーがいいかなと思うの」
「じゃあやっぱりアクションがいいよね」
「ちょっと何言ってんの! ウチ今ホラーって言ったよね!?」
「えー。なんでホラー? もっと春って感じのバシュッ! って感じのあるし、そっちの方がいいかなって感じなんだけど」
「感じ感じやかましい! ホラーもバシュッってするやろ」
「どちらかと言えばヒュッ! とするんじゃ?」
「いやホラ、首とか腕とかバシュッってするでしょう」
「あー、うーん。……えー、でもなんでホラー? 考えてきたってことは何か理由あるんでしょ?」
「へっへーん、まあね。じゃあ桜に質問。ウチらに足りないのはなーんだ?」
「友情」
「やかましい。違う違う。恐怖ですよ、恐怖」
「なんでさ」
「はぁ……。わかんないかなあ。思えばウチらは現在高二。さて来年のこと何か考えてますか?」
「うっ!……頭痛が!」
「ホレ見ろ。ウチらが現実から目を背けてきた結果だよ? だから今こそ! そろそろ現実と向き合って生きていこうよ企画! ホラーでお尻に火を点けよう! さあ行ってみよう!」
「なんだろ。普通に頑張ろうってのがないのが杏樹らしいよね」
「いいでしょこれから頑張るのは同じだし。じゃあホラ選ぶよ」
「あ、待った。私怖いの嫌だ」
「このタイミングで!? 最初に言うよねそういうの!」
「だって、恥ずかしかったんだもん」
「うわぁ……」
「何さ」
「可愛い」
「なんだ? 恋愛映画でも見るか?」
「意識高めるのにムード高めてどうすんのよ」
「だってホラー嫌なんだもん!」
「叫ばないでよ恥ずかしい! じゃあできるだけ怖くないの探すから!」
「……それ本来の目的どっかいってない?」
「だって仕方ないじゃない嫌だって言うんだから――あ、ホラあれとかホラー映画だけど怖くなさそう」
「ん?……〈警告〉か。なんで怖くないってわかるの」
「ホラ、キャッチコピーが」
「『怖そうで怖くない少し怖い映画です』。いやこれ怒られないのかな」
「誰に?」
「いや知らないけど。うーん、じゃあそれにしようか」
「よし決まりね。じゃあ行ってみよーう!」
――上映後――
「いやあ怖くなかったなあ」
「いやめっちゃ怖かったけど! 桜は映画の最初のアレやったからでしょ」
どうして私が怖くなかったのか、杏樹の言うアレとは何か。
それは映画の冒頭で流れた説明にある。
『この映画のテーマは警告だ。怖いシーンの前には警告が出るから怖いのが苦手な子は目と耳をふさぐと平気だよ――監督』
私は怖いシーンの前にはそのアドバイスに従ったのだ。
「斬新で面白い映画だったな!」
「いや怖いの回避しちゃ見てる意味ないでしょ!」
「いいんだよ面白かったんだから。特に杏樹の表情とか」
「面白かったってヒドくない?」
「あ、じゃあ可愛かった」
「ウチの心に火をつけてどうすんの。桜は尻に火を点けないといけないでしょ」
「そういえば杏樹はお尻に火が付いたの?」
「ん? いや」
「おい」
「ウチよくよく考えてみたの。頑張るために恐怖を感じるのって間違ってると思うんだよね。追い詰められたネズミちゃんは逃げるか固まるか猫ちゃん噛むけどさ、結果行動したとしても全然それは前向きじゃない」
「たしかに春の高校生らしくない。こう、なんかフレッシュな感じの行動じゃない」
「そうそう、だからウチ考えたの! ちょっと恋愛映画でも見てフレッシュを心に宿そう企画! いいでしょ!」
「うわぁ……」
「何」
「めっちゃいい!」
「よしじゃあ次は何見よっか!」
あれから私と杏樹は、恋しそうで恋しないちょっと恋する映画を見た。
桜と怖くない映画 向日葵椎 @hima_see
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