道端会議

浅羽 信幸

道端会議

「じゃあさ、じゃあさ、下から足を触るのは?」

「却下」

「近くを通った時に音を立てるだけで十分だって」

「却下」

「じゃあさ、じゃあさ、いっそのこと布を被ったまま追いかけちゃおうよ」

「大却下!」


 ついに不機嫌さが鍋の底に穴をあけたような怒声に、提案する声が止まった。

 彼女は提案を止めた両者の口を、きっ、と睨み、鋭い牙をむき出しにするかのように吼える。


「パニックホラーは嫌いだって言っているでしょ? 私は、もっと背筋をぞくぞくさせて内臓を井戸の底みたいに冷やしていく東洋ホラーが好きなの。そういうお化け屋敷を目指したいの!」


 一方は諦めたような顔をして、もう一方は目を輝かせたぱたぱたと頷いた。


「いいね。いいね、それ。神官タラ買い占めるってやつだよね?」

「心胆を寒からしめる、な」

「良く分かるね、アンタ」


 付き合いが長いからな、と小さく返す彼を無視して、元気な彼は褒められてもいないのに得意げな顔をしている。


「でしょ? でしょ?」

「アンタに言ってない。で、他に案は?」

「水! 水をかけようよ。寒いよ。冷たくなるよ」

「物理的に寒くしたいわけじゃないの」


 彼女も呆れた顔で頬をかいた。


「タラ! タラ! タラを上から落とそうよ」

「どうやって調達するつもり?」

「魚屋さん!」

「どうやって持ってくるつもりだ?」

「人数分は無理だよねー」

「そうじゃない。私たちじゃあ持ってこれないでしょ?」


 もう話さないぞ、とでも言わんばかりに顔をそむけた彼の腕を、彼女は手の甲から動かして叩いた。彼は目を一度彼女に向けるが、昼寝をするかのようにすぐに閉じる。


「タラも水も、どうにかして掴めたとしてもパニックホラーじゃない。もっといい方法は無いわけ?」

「そもそも、お前の言うパニックホラーの定義とはなんだ?」


 目を閉じたままの彼が言うと、元気な彼が無邪気に頷いて大きな目を彼女に向けた。

 彼女は何を今更と言わんばかりに地面をぺしりと叩く。


「急に声を出すとか、急に出てくるとかで驚かすことに決まっているじゃない」

「ならば最初だけ驚かせて、後は如何にもな雰囲気を作っておけばいいんじゃないのか? 下手に驚かせもしない。来るんじゃないかと言う空気だけで怖がらせることができる。パニックホラーではないし、この面子だけでもできる。いいことづくめじゃないか」

「いいことづくめ? 一発目でおどかしてビビらせるっていうのはどう考えてもパニックホラーじゃない。却下よ却下」


 純粋な目のまま、元気な彼が首を傾げた。


「でも、でも、びっくりさせたのは最初だけだよ? あとは、何もしていないのに怖がっているだけだよ?」

「違うでしょ。もっと、こう、出てもいないうちから怖がらせないと」

「学園祭レベルの出し物で何を言っているのやら。そもそも、できるかどうかも分からないのに」

「できるに決まっているでしょ! 去年は、そう、去年はたまたまだっただけなんだから!」


 彼女が叫ぶと、ため息を吐いて彼が立ち上がった。


「まあ、頑張れよ」


 言って、彼女が止める前に彼は茂みに消えていった。

 音もなく、呼びかけてもかえっては来ない。


「何なのよ、アイツ」

「多分ね、多分ね、もう帰る時間になったんだと思う。僕らはここにはあまり長く居られないからさ」


 彼女が、わかっている、と言わんばかりに彼を睨みつけるとともに足音が鼓膜に届いた。

 三人の女子高生のものであるとは、視界に入ったことでわかる。気づいていないであろう様子も。

 だが、幸か不幸か。

 彼女と彼が動き出したことで一人に気づかれてしまったようだ。


「あ、猫ちゃんだ」

「本当だ。猫が会議をするって本当だったんだね」

「ねー」


 瞬く間に三人の女子高生に囲まれて、彼女らは「にゃあ」と鳴くことしかできなくなったのであった。

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道端会議 浅羽 信幸 @AsabaNobuyukii

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