詩人の涙

水木レナ

竪琴の歌

 昔、とある国の王が亡くなった。

 跡継ぎは当時9歳の王子であった。

 しかしこの王子はわがままで、自己中心。

 周り中の大人をバカになさっていた。


 王子は年が明ければ戴冠式をお迎えだというのに、奇行がやまずおつきの者たちをさんざん困らせておいでだった。

 凧が木にひっかかったからといって、従者を木に登らせて、棒で叩き落としたとか、宝物庫で怪しい光が浮遊していたなど、不吉なことも多かった。

 一つ考慮すべき点があったとすれば、王子はまだ遊びたい盛りの子供でいらしたのである。


 あるとき、田舎の貴族がその幼い世継の王子のもとを訪ねた。

 彼は8男坊で、財産がなく、竪琴の腕前をもってこの王子に気に入られようとした。

 王宮で竪琴をかなでて歌を歌い、すぐにすっかりおなじみの人気者になった。


 さて、先の王子が竪琴弾きの詩人を急におそばに呼ばれた。

 詩人は面白愉快に身の上話を歌って聴かせ申した。

 それで王子はいい気になって、彼をごく私的なパーティーに招いてごらんになったところ、詩人はそこでも大人気になった。


 詩人は王宮の女性たちに気に入られる物語をいくつも書いたし、歌ってはため息を誘っていた。

 それで王子はその竪琴のうまさと声が、自分の名誉にちがいないとお思いになった。

 それだけ詩人をそばにおくことがご自慢だった。


 ところで王子は父王ばかりか母上まで亡くされた。

 それでますます奇行に走るようにおなりになった。

 彼の後宮はからっぽ。


 その後宮に、普通ならば考えられないことだが、王子によって詩人が呼ばれた。

 しかし、王子は後宮にはいらっしゃらず、下手の碁を打って癇癪を起していらした。

 詩人は一晩中後宮の門前で立ち尽くしていたそうな。


 折あしくも冷たい雨が降っていた。

 王子は詩人のことなど思い出しもなさらなかった。

 癇癪を起したあとで、寝間に入ってお眠りになったという。


 それが一週間ほど経ったころに、詩人が亡くなったと聞こえてきた。

 肺病だったという。

 ちょうど王子が一週間前に約束をすっぽかした日、一晩中雨にうたれて病んでしまったのだ。


 王子は彼の形見の竪琴を枕元に置いてご自分をお慰めになった。

 ところが雨風がひどいときになると、寒さの中この竪琴が鳴る。

 かなしく、おそろしい音色だった。


 そして、王子はある夜に起きだして竪琴におたずねになった。



「なぜそのようにうらめしそうにおまえは泣くのだ」



 竪琴は答えた。



「主人が冷たい、寒い風雨で命を失ったからです」



 王子は重ねておっしゃった。



「今はわしが主人だ。もう泣くことはない」



 竪琴は答えた。



「王子様、亡くなった主人はあなたに歌を残しました」



 王子は子供らしい好奇心でお尋ねになった。



「ほう、では聞かせてみよ」



 竪琴はぽろろん、と鳴ってどこからか歌声も聞こえてきた。



「王子様がおでましにならないので、詩人めは門の前を動けませんでした。王子様はきっとお約束を守ってくださると信じて、王子様のために歌を歌おうとしたのです」



 王子は憮然としておっしゃいました。



「つまらない」



 すると竪琴は答えました。



「まだまだ、詩人めは一晩中わたしをかき抱いてうらみごとを残しております」



 王子はお怒りになりました。



「そんなもの、聞きたいものか」



 竪琴は言いました。



「聴いていただかなければなりません」



 王子は腹立ちまぎれに怒鳴られました。



「もし、やつめの幽霊が出たとしても、わしになんの責めるところがあろう。やつめを一晩中打ったのはわしではなく天から降った雨だ」


「いいえ、あなたのつめたいお心が主人を打ち滅ぼしました」



 間髪入れずに竪琴が答えたので、王子は竪琴の弦を全部短剣で切り裂いておしまいになった。

 それから、この王子は戴冠式を迎えることなく、お亡くなりになった。

 いや、実は気がくるって塔に幽閉されたとか、王位を簒奪しようという輩に追放されたとか、さまざまにうわさはされたが――。


 かなしい竪琴の歌は、もう絶えて久しい。



 おわり


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