恐怖?神秘?いいえ、これは呪いです

うめもも さくら

貴方を呪い続けよう。この身朽ち果てるまで。

 人は強いうらみ、深いうらみを抱きながら死ぬと鬼になるらしい。

そんな噂話を耳にしたけれど私には無縁の話だ。

何故なら私が何か恨むことも、誰かを怨むこともない。

私が恨むようなことなど、怨むような人間などこの国にはないのだから。

私はこの国の全てにあがめられたてまつられて生きている。

何故なら私は神の子なのだから。


この国には崇められ奉られている神がいる。

人々はその神に救いを求め、仕えながらこの国で暮らしている。

その神は目に見えることはない。

けれど人々はその神の存在を絶対と信じながら日々を生きている。

その神の心が穏やかならば平穏無事に暮らすことができる。

その神の心が怒りに満たされれば世界は混乱を極めた世の中になる。

人々は神を崇め信じ守り救いを求めそして恐れながら生きている。

そして私はその神に選ばれし唯一の子。

先代の神子が絶命ぜつめいする前に神託しんたくを受けたと言って、母を指さしはらんだ御子みこが神の子だと伝えた。

その時すでに母の腹の中には私がいて、私が正式に神の子の立場を引き継いだ。

その立場は生まれる前から決まっていて生まれた瞬間引き継がれて幼い頃から今に至るまで神様のために生きることを教えられて生きてきた。


神子様みこさま、お目覚めくださいませ」

「神子様、御祈祷ごきとうのお時間にございます」

「神子様、この国を御守りくださいませ」

 私は朝目覚めたら、身を清め、祈祷きとうとしてこの国の安寧あんねい繁栄はんえいを願い祈りをささげる。

朝から晩まで祈り続けて、晩になれば最低限の食事を口にして、また身を清めて眠る。

毎日、毎週、毎月、毎年、毎朝、毎夜、昨日も今日も明日もその次の日も何一つ変わることなく繰り返し。

ただそれだけの人生。

生まれた瞬間から死ぬまで。

神に祈りを捧げるだけの人生。

この国のために。


「そんなのやっぱりおかしいって」

 そう私に何度となく言うのは最近この国に現れた青年だ。

彼は一切の疑問もなくこの暮らしを受け入れていた私にこの国の外の知識を与え私に神に仕える以外の生き方があることを教え惑わせた。

「誰とも関わらないで神様に祈るだけなんてさ。この国のためなんて言ってるけど俺には犠牲ぎせいになってるように見えるけどな。遊ぶことも、楽しむことも恋をすることもないなんて」

「何度おかしいと言われても、生まれた時からこのように生きてきてこの生き方しか知らないのです」

「だから教えたじゃん。外にはいろんな人がいてみんな自由なんだって。野菜売ってるやつもいれば狩りしてるやつもいる。こんな狭っ苦しい部屋じゃなくてさ、森も山も海も町でさえもっと広いんだ。俺と来いって!見せてやるから!」

 彼が何でもないことのように見せてやるという。

私がこの部屋から一歩も外に出たことのないことを知っていながら。

「そんな時間も自由もありません。私は朝起きて神に祈りを捧げ眠って一日を終える、休む間もないのです。だから外にも出たことがない……」

「祈り捧げてる間ひとりなんだろ?隠れて抜け出せばいいじゃねーか」

「何を言うんですか!?隠れて抜け出すなど……あくぎょうです!それをすすめてくるなど……誘惑ゆうわくしないでいただきたい!」

「誘惑ってことはまどってんじゃねーか。大丈夫だって、ちょっとくらい神様だって見逃してくれるさ」

 彼は困った人だと思う。

それ以上に彼に憧れている私がいる。

そんな私のことを私が一番持て余している。

この国の人を裏切りたくない。

外の世界を見てみたい。

この生き方しか知らない。

何も変わらない生活が息苦しい。

何不自由なく暮らせている。

自由がない。

いろんな感情と思惑が自分の中で渦巻うずまいている。

ギシッ

床がきしむ音が耳に飛び込んできて慌てて彼に小声で声をかける。

「人が来ます!ほら、早くお逃げなさい」

「あぁ、それじゃまた明日な!さっきの話、考えといてくれよ?」

 彼は悪戯いたずらをする子供のような笑みを浮かべていつものようにその場を足早に立ち去った。

彼がいなくなった直後、見回りをしている誰かのものであろう足音が近づいてきてそのまま通り過ぎていった。


 彼と外に出られたら私は此処ここに帰ってこられるだろうか。

彼とは幾度いくどとなく言葉をかわしてきた。

何も知らない私に物事を楽しそうに教えてくれた。

私の反応は彼にとって面白いものらしくいつも私との会話を楽しいと言ってくれる。

私も彼とのおしゃべりは何よりも待ち遠しいものになっていた。

口は少々悪いところもあるけれど私は彼が優しい人だと知っている。

もし、此処に帰りたくないと私が言えば喜んで一緒に暮らしてくれるだろう。

何度となくそんなようなことも話した。

彼は何も知らない私をあわれみ、そして愛してくれている。

神子様ではなくただ私という存在を。

彼は私は恋をすることもないと言ったけれど恋とはどんなものだろう。

どのような感情だろう。

私が持っている感情とどう違うのだろう。

そんなことを思いながら眠った。


「神子様、お目覚めくださいませ」

「神子様、御祈祷のお時間にございます」

「神子様、この国を御守りくださいませ」

 またいつもの朝がきた。

朝目覚めたら、身を清め、祈祷の儀としてこの国の安寧と繁栄を願い祈りを捧げる。

朝から晩まで祈り続けて、晩になれば最低限の食事を口にして、また身を清めて……。


彼が来ない。


待てど暮らせど彼が来る気配さえしない。

彼はまた明日と言ったのに。

私は朝になるまで待ち続け、その日は眠らぬままいつもの朝をむかえた。

「神子様、お目覚めくださいませ」

「神子様、御祈祷のお時間にございます」

「神子様、この国を御守りくださいませ」


彼が来ない。


今日も来ない。

今日も来ない。

今日も来ない。


そんな風に彼のいない毎日が続いた。

彼と出逢う前の毎日に戻っただけなのに、彼と出逢う前の私には戻れない。

毎夜、毎夜、彼を待った。

毎夜、毎夜、彼は来てくれていたのに。

毎夜、毎夜、彼は来ない。

毎夜、毎夜、彼と会うことがない。


私は眠れない日々が続き、私は体を壊していた。

それでも神に祈りを捧げた。

彼はまた明日と言った。

彼は約束を違える人ではない。

彼の身に何かあったのではないかと。

彼も体を壊しているのではないかと。

神様に彼の無事を願った。

彼と再び会うことを願った。

国のことではなく彼のためだけに祈りを捧げた。


「神子様、お顔の色がすぐれませんね」

「あまりゆっくりお眠りになられていないご様子」

「神子様、御神託ごしんたくを受けていらっしゃるのでは?」

 神託とは先代が私を選んだ時のことを言っているのだろうか。

神託を受けてこの立場を次の神子様に譲る。

残念ながら神託なんて受けてない。

神の声なんて聞こえない。

聞こえたこともない。

今ならばわかる。

先代の神子もきっと神託なんて受けてない。

この立場を手放すための言葉だったのだろう。

死ぬことがわかったその時に。

先代の神子が神子でなく、ただの人間に戻るための嘘言きょげん

それを真に受けた者たちが死ぬ間際神子は次の神子を選ぶ神託を受けるとでも思ったのだろう。

ならば、この者たちは私がもう間もなく死ぬと思っているのだろう。

そんな時まで次の神子様選びを私に望むのか。

生まれてから今日まで私の世話をしていた者たち。

生まれてから今日までともにいたというのに。

私はこの者たちにとって何なのだろう。


『誰とも関わらないで神様に祈るだけなんてさ。この国のためなんて言ってるけど俺には犠牲になってるように見えるけどな。遊ぶことも、楽しむことも恋をすることもないなんて』


 彼の言葉が頭をよぎる。

彼と出会わなければこんなこと思いもしなかっただろう。

次の神子様選びを平気でやっていたに違いない。

一切の疑問も持たず、言われるがまま。

「次の神子は……」

 私が言葉をつむげば周りの者たちは声をあげて喜び私の次の言葉を待った。


「知らない」


私がそう言うと彼らは水を打ったように静かになりその後、動揺し慌てふためき、絶望した顔でその場で罪のなすりつけ合いをはじめた。


「次の神子様が選ばれなければこの国はどうなるんだ!?」

「そなたたちが何か不敬をはたらいたのでは!?」

「どこの馬の骨ともしれぬ卑しい奴を神子様のお部屋に近づけたからではないか!?」


どこの馬の骨ともしれぬ卑しい奴?

私の部屋に近づいていた?


その時全ての合点がてんがいった。

そしてそれはあまりにも残酷な現実だった。

「彼をどうしたのです?」

 彼らはあっさりと何事もなかったかのように答えた。

それが当然で正しい行いであったというように。


「殺しましたよ」


 あぁ、やっぱりそうだったのか。

ずっとそうなんじゃないかと恐れてはいた。

彼は来なかったんじゃない。

来れなかったんだ。

もうこの世にいなかったから。

神様に祈っても無意味だったのか。

あの日、足音が聞こえた時、もっと早く伝えればよかった。

もっとちゃんと逃げられたか確認すればよかった。

彼の手をとっていればよかった。

彼と逃げていればよかった。

悲しみと後悔がよどんで渦巻いて鉛のように落ちた。


ちた。


「この国など……滅べばいい」

 私の言葉に凍りついた人間たちは口々に騒ぎ立てた。

「お前ら全員死ねばいい……」

 口々に騒ぎ立てているのにどれも私の耳には心には言葉として届かない。

「こんな世界消えればいい……」

 謝罪や悲鳴やののしりだろう声たちのどれもが私には響かない。


あぁ、本当だ。

私は死んだ。

恨みながら怨みながら死んだ。

何故か笑みがこぼれてきた。

こんなに悲しいのに、苦しいのに。

私は鬼になったんだ。


人の信仰心とは恐ろしいものだ。

それとも鬼になった私の力か。

私の言葉のとおりとなった。


彼への想いが私を鬼に変えた。

恋とは恐ろしいものだったのか?

否、ただの恐怖じゃない。

彼への想いが私の心を彩った。

恋とは神秘的な美しいものだろうか?

否、ただの神秘じゃない。

これは呪いだ。

彼を想い続ける呪い。

忘れられない。

消すこともできない。

誰かを鬼に変える。

誰かを不幸にする。

自分さえ失う。

みにくむごたらしくひどく胸をむしる愛おしい呪い。

ならば貴方を呪い続けよう。

この身朽ち果てるまで。


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