たまたま転がり込んできた親戚の遺産にエルフの美少女奴隷がいた件

最上へきさ

エルフ奴隷と同居生活、はじめました

「ええっと。君は、ヘルミーナ叔母さんの……メイドかな?」

「…………」


 長い銀髪を揺らしながら、少女が首を振った。

 例え暗闇の中であろうと人目を引く。そんな少女だった。

 ただ美しいと言うだけではなく。


 注目すべきは、尖った耳と大きすぎる首輪だった。


(エルフ族の……奴隷、なのか?)


 ――父の妹であり、ランデミオン子爵家の当主だったヘルミーナ叔母さんが亡くなったのは、つい先週のこと。

 口が悪く手が早く金遣いが荒い叔母が急死したことを驚く人は少なかったし、嘆く人はもっと少なかった。

 かなり年上だった夫に先立たれ、娘――つまり僕の従姉妹を十歳の時に落馬事故で失い、天涯孤独だった叔母の遺産を受け継ぐものは、兄である僕の父しかいなかった。


「お前が受け取るといい。ヘルミーナはお前のことを気に入っていたからね」


 父はそう言って、権利書の束と屋敷の鍵、それから遺品のリストを渡してくれた。

 断る理由はなかった。


 僕もヘルミーナ叔母さんが好きだった。

 彼女が教えてくれた交渉と喧嘩のコツは、騎士学校を首席で卒業するのに大いに役立った。

 曰く『どうでもいいことは笑って流せ』『線を踏み越えてくるやつがいたら』『初っ端から全力でいけ。塵も残すな。ナメられたら終わりだ』。


 彼女はいつも豪快で奔放で、自由を侵すものには決して容赦しなかった。

 そんな叔母さんが、奴隷を買ったりするだろうか……?


「ええと、君、名前は? 共通語は分かる?」

「…………ぁ」


 少女の首輪には見覚えがあった。

 本来は魔法使いを拘束するためのマジックアイテムで、【声封じ】の魔法がかけられている。

 そして無理に外せば首が焼ききれるという優れものだ。


 エルフは真言マントラと呼ばれる独自言語で精霊を使役する。その破壊力は、ヒト種族が使う元素魔法をも凌駕するらしい。

 抜け目のない奴隷商もいたものだ。


 僕は手元にあった遺品リストを改めて確認した。


(……家具の欄。奴隷が一つ。名前は……ラ・ヴェッカ)


 その名で呼ぶと、少女はコクリと頷いた。


「僕はラビウス。ここで暮らしていたヘルミーナ伯爵の甥で、彼女の遺産を継いだものだ。つまり、君の持ち主……ということになる」


 しっくり来ていないのは、ラ・ヴェッカの方も同じようだった。


「見ての通り、僕は身の回りの世話が必要なタイプじゃない。立場上、この屋敷に住んで領地を守らなければならないが、それはただの責務なんだ。君は君で好きにやってほしい。自由になりたいならできる限りの支援はする」

「…………」


 何を言っているんだコイツは、という顔をしながらも、ラ・ヴェッカが頷く。

 素直な性格なのか奴隷としての習い性なのか、それとも単にどうでもいいだけか。

 あるいは、そのすべてか。


 ともかく、こうして僕とラ・ヴェッカの共同生活は始まった。



 ラ・ヴェッカは不思議な女性だった。

 よく言えばミステリアス、悪く言えば――


「……何をしたいのか、よく分からないね。君は」


 ある朝起きると、屋敷のホールに石鹸水がぶちまけられていた。

 中二階にも届きそうかという大きな泡の山の前で、ラ・ヴェッカは『解せぬ』という顔で座り込んでいた。


「もしかして掃除をしようとしてくれたの?」


 ぶんぶん、と首肯。

 どうして掃除をしようとしたのに部屋が汚れるんだ。

 その日は後片付けで一日が終わった。


 またあるときは食材が切れたので市場に買い物へ行きたいと訴えてきた。

 僕はちょうど書類仕事で手を離せなかったので、費用と小遣い、それから馬の手綱を渡して送り出した。


 しばらくして帰ってきたラ・ヴェッカは、なぜか大量のニンジンとインクを抱えていた。

 僕と馬のため、らしい。


「……それで、今夜の食材は?」

「…………」


 ニンジンのスープは嫌いではなかったが、それだけの食卓は初めてだった。


 そして、またある夜。

 夜半までかかった陳情書の処理を終えて寝室に戻る途中、何かが聞こえた。


 使用人用の――今はラ・ヴェッカが使っている寝室から。

 聞こえたのは、嗚咽だった。


 僕は思わずドアを開けようとして、それから、婦人の部屋を尋ねる時刻ではないと思い直した。


「ラ・ヴェッカ。起きているかい」

「…………」


 返答はいつも沈黙。


「もし話し相手が必要なら内側からノックしてくれ。不要なら、僕は自分の部屋に戻るよ」


 少し待つと、遠慮がちに扉が叩かれた。

 僕は扉に背を預けて、廊下に座り込む。


「……話し相手と言っても、僕が一方的に話すだけになってしまうけど、それでもいいかな」


 コンコン、という返事。


 それから僕は、夜が明けるまで話し続けた。

 といっても面白い話じゃない。ただの身の上話だ。


 僕はオルテンシア公爵家の四男坊で、家督争いにも加われず騎士学校に入ったこと。

 上官に気に入られ、思ったより自分は騎士に向いていると気付いたこと。

 傭兵や冒険者を束ねて敵地に潜入し、撹乱する任務に就いていたこと。


 潜伏中にできた現地の友人を、任務のために殺さなければならなかったこと。

 そういう生活に嫌気が差して生家に戻ってきたこと。


 今の、穏やかな生活が気に入っていること。


 ……やがてドアの向こうから、静かな寝息が聞こえてきたことに気づくと。

 僕はラ・ヴェッカをベッドまで運び、自分の寝室に戻った。


 翌日は寝不足で、まったく仕事に身が入らなかった。



 僕にはずっと気になっていることがあった。


 どうして、あのヘルミーナ叔母さんが奴隷を囲ったりしたのか。

 どうして、ラ・ヴェッカのような世慣れしていない少女が奴隷として生きてこられたのか。

 どうして、ラ・ヴェッカはここを出ていかないのか。


 答えは、突然やってきた。


 執務の最中、偶然見つけたのだ。

 叔母さんが使っていた机の下、引き出しの二重底。


 中に残されていたのは直筆と思しき書き付け。

 そこには領地近くにあるエルフ自治区の地図と、一言だけ。


『ラ・ヴェッカを帰らせる。いつの日か』


 衝撃と納得。

 襲ってきたのは同時だった。


 それから僕は子爵としての責務そっちのけで、近隣で起きたエルフとの争いについての記録を片っ端から漁った。

 ヒントさえもらえれば、答えにたどり着くのはそれほど難しくなかった。


 僕は夕食を終えた後、食卓を挟んでラ・ヴェッカと向かい合った。


「ラ・ヴェッカ。君はララミルラ自治区出身のエルフだ。おそらく指導者階級の。違うかい?」


 ラ・ヴェッカは驚いた顔のまま、素直に頷いた。


 ララミルラ自治区。

 ランデミオン子爵領のほか、複数の領地に隣接している場所だ。

 美しい川と森によって育まれた肥沃な大地は、農地としても高い価値を持つらしく、多くの貴族が開墾権を得ようと必死になっている。


「君は交渉材料のためにヒトの貴族連中に誘拐され、最終的には奴隷として売り飛ばされた。そこをヘルミーナ叔母さんに救われた」

「…………」


 またしても首肯。


「叔母さんはララミルラ自治区の開墾権を得た貴族の悪行を調べて、暴露しようとした。でも逆に連中に目をつけられて――殺された」


 頷くラ・ヴェッカの眼に涙が浮かんでいたのを、僕は見逃さなかった。


「……叔母さんの調査が実を結ばなかったせいで、住んでいた森を追い出されたエルフ達――君の身内は、今もどこかで仮住まいの身なんだね」


 ラヴェッカは肯定しようとして、逡巡した挙げ句に頭を振った。


 言いたいことは伝わる。

 それはヘルミーナ叔母さんのせいじゃない、と。


「……ありがとう。それだけ教えてくれれば、十分だ」


 僕は立ち上がると、すぐに旅支度を整えた。


「まずは、君の家族を探してくるよ。ラ・ヴェッカ」


 それがヘルミーナ叔母さんの望んでいたこと。

 僕が引き継いだ遺産の一つだ。


「それからもう一度証拠を集めて、君達を傷つけた貴族連中を告発する。上手くことが運べば、そう遠くないうちに故郷に戻れるはずだ」


 既に開墾は始まってしまったかもしれないが。

 それでも、二度と戻れないよりはずっと良いだろう。


「…………」


 ラ・ヴェッカは何故か強く僕の袖を掴んだ。

 必死に首を振っている。


「心配なら要らないよ。僕は探しものが得意な方だし、今はもうヘルミーナ叔母さんより剣の腕は上のはずだ」


 叔母さんを襲った連中がどの程度のレベルか知らないが、来るなら早く来てほしいものだ。

 全員の耳を斬り落として、叔母さんの墓に捧げてやる。


「その首輪を外す方法も見つけるから、もうしばらく辛抱してくれ」


 それでもラ・ヴェッカは、僕の傍を離れようとしなかった。


「…………! …………!」


 彼女は一体何を拒んでいるのか。

 おそらくそれは、彼女がずっとこの子爵家を離れようとしなかった理由と同じなのだろう。


 僕はきっと、理解していた。

 けれど口にすることはできなかった。というより許されなかった。


(だって。もし君が、この暮らしを愛しているとしたら――僕は明かさなきゃいけなくなる)


 僕が抱えた秘密。

 かつて潜入した敵地が、エルフの自治区であったこと。

 殺めた友人もエルフであったこと。


 その真実を晒すぐらいならば。

 いっそ君を救って、離れ離れになってしまう方がずっといい。


「…………! …………!」


 声にならないラ・ヴェッカの叫びに背を向けて、僕は馬に拍車をかけた。

 最後に残った秘密を暴く代わりに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

たまたま転がり込んできた親戚の遺産にエルフの美少女奴隷がいた件 最上へきさ @straysheep7

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ