絶対真似をしてはいけません

ヒトリシズカ

狐狗狸さん

 先に、これだけは前置きさせてもらいます。


 絶対に真似をしてはいけません。

 やるなら自己責任で、とも言いません。

 そんな無責任なことも言えないので。

 もう一度、繰り返します。

 絶対に、真似をしてはいけません。





 狐狗狸さん、と書いて、こっくりさん、と読むのはずいぶんメジャーになりましたが、その詳しい内容を大まかにでも理解している人はどれくらいいるのでしょう。


 そもそもこっくりさんと何なのか?何でも答えてくれる、優しい神さまでしょうか?それとも、誰かが動かしているのでしょうか?


 全ての場合がそうとは言いませんが、狐狗狸さんは、一番簡易的な降霊術といわれています。大まかなやり方さえ知っていて、条件が揃えばを喚んでしまえるらしいです。


 今回は、その狐狗狸さんをやってみた友人の話をさせてもらいます。

 詳しいやり方は省きます。どうしても知りたい方は、ご自分で調べてください。調べるだけなら自己責任です。ですがどうぞ、この話を読んで頂けたなら、絶対真似をしないでください。



 ◆◆◆



 これは友人のA子さんから聞いた話です。


「ねぇ、こっくりさんって、やったことある?」


 藪から棒に、仲の良かった部活の先輩に聞かれて、A子はふるりと首を横に振った。


「じゃあさ、今度部活が早く終わる日に、みんなでやってみようよ」


 そう言って先輩は、仲良くしている同級生のB子にも声を掛けて、私も含めた三人でこっくりさんをする段取りを整えた。

 今思えば、何故あれほどこっくりさんに興味を惹かれたのかは分からない。多分、年齢的なものもあったんだと思う。ただただ、猛烈に好奇心を刺激されたので、私も二つ返事で応じた。


 数日後の放課後。

 私たちは近所の公園の片隅にある東屋でこっくりさんをやることにした。

 先輩がこっくりさんで使う、文字の書かれた白い紙と十円玉を出して右の人差し指を乗せた。私とB子は先輩に続いて十円玉に人差し指を乗せる。


「じゃあ、始めようか。喚んでからちゃんと帰ってもらうまで、絶対に指は離しちゃダメよ」


 私とB子は好奇心に心躍らせ、頷いた。

 そして先輩に教えてもらった言葉を、先輩の号令で復唱すればゆっくりと十円玉が動いた。


「わわ、動いてる!」


「ホントに来てくれるんだ」


 興奮する私たちをよそに、先輩は来てくれたこっくりさんに御礼を言って、一つ目の質問をした。


「こっくりさん、こっくりさん、今日はいくつの質問やお願いに答えてもらえますか?」


 誰かの意中の人とかを聞くのではなく、いきなりそう質問した先輩を私は怪訝な顔で見つめた。先輩は気にした様子もなく、こっくりさんの答えをジッと待っていた。

 程なくして、十円玉が動く。


『6』


「六個、ですね。ありがとうございます」


 律儀に動いた十円玉と先輩の顔を見比べていると、先輩は私の方を見つめて言った。


「A子ちゃん、答えてもらえるのは六個までだから、あと四個なら質問できるよ。聞きたいことあるんでしょ?」


 何故、六個質問できるのに、先輩はあと四個だと言ったのだろう。疑問に思いつつも、譲ってもらった質問する権利だ。ちゃんと使わせてもらおう。そう思って私は、気になっている同級生について訊ねることにした。


「○○くんが好きな女の子はいますか?いたら名前を教えてください」


 すると十円玉は動いたが、左右に行ったり来たりするだけで、名前を提示してはくれなかった。やがて十円玉は動かなくなり、スタート地点の鳥居の真下で止まってしまった。私はそれに酷くガッカリした。そしてそれはB子も同じだったようで、つまらなそうに十円玉を見つめていた。


「B子ちゃんも何か聞きたいことがあれば、どうぞ」


 先輩はB子にも質問の順番を回してくれたが、B子が聞きたかったことは私が聞いたものと同じだったようだ。


「……思いつかないので、先輩、どうぞ」


「そう?じゃあ……」


 そう言って先輩は、左手でこめかみを押さえると徐に口を開いた。


「こっくりさん、こっくりさん。あなたに名前は有りますか?有るのなら、お名前を教えてください」


 そう訊ねた先輩を、私もB子も信じられないと言った目で見つめた。そんなことを聞いてどうするのか。すると茫然とする私とB子を無視するように、十円玉が動く。先ほどの困ったような動きではなく、迷いなく動く十円玉は聞いたことの無い単語を弾き出した。


『●、●、●、●』


 その名前を、先輩は口の中で小さく唱えた。

 その呟きを敏感に聞き取ったのか、こっくりさんは質問していないのに十円玉を『はい』に移動させた。


「二人とも他に聞きたいことはある?なければ、この人とこのまま会話してみたいのだけど」


 こっくりさんと会話してみたい?意味がわからない。先輩に突然話を振られた私たちは、驚きすぎて首を横に振った。


「じゃあ、続けさせてもらうね。こっくりさん……いえ、●●●●さま、●●●●さまの名前に漢字は有りますか?」


『はい』と動いたあと、これまた迷いなく漢字の説明をするこっくりさんが私には奇妙に映った。


「ありがとうございます。では、●●●●さまの名前で呼べば、また降りてきてくれますか?」


 三度『はい』と動く十円玉は、少し間を置いてから言葉を紡いだ。


『わ、た、し、の、な、は、こ、う、が、い、し、な、い』


「分かりました。誰にも言いません」


 今度こそこっくりさんと先輩の間で会話が成立している。私は、背筋がぞくりと粟立つような気がして、唾を飲み込んだ。


「ありがとうございます。……では、●●●●さま、本日はありがとうございました。どうぞお帰りください」


 すると、十円玉は静かに鳥居に戻っていった。

 終わった後に、疑問に思った最初の質問について訊ねてみた。先輩の持論では、回数を訊ねるのに一回、お帰りを『お願い』するのに一回、計二回を許された回数から引かなくてはいけないらしい。

 詳しいやり方を私も知っているわけでは無いので、先輩のやり方に納得した。


 その後も、その先輩に連れられて何回も●●●●さまを指定して喚び出しては、話をした。私には毎回呼びかけに応えてくれているのが●●●●さまなのかは分からなかったが、私を含めた三人でこっくりさんをやると、必ず雨が降るのだ。


 最初は気味が悪かったが、何度か付き合っているうちに、私の感覚も麻痺していたのだろう。特別な忌避感はなく、声を掛けられれば普通に応じるようになっていた。


 そして、ある日の放課後のこと。

 その日も私たち三人はこっくりさんで●●●●さまを喚び出した。

 だが、その日は、様子が違った。

 ●●●●さまを喚び出した直後、十円玉は小刻みに動き、『あ』と『は』の間を行ったり来たりした。

 そして。


『●、●、●、●、き、え、た、く、つ、て、や、つ、た、く、つ、て、や、つ、た、●、●、●、●、を、お、れ、か、く、つ、て、や、つ、た』


 まるで捲し立てるみたいに、高速で十円玉が動き示した言葉に、私はもちろんB子も驚愕していた。


「怖い、怖い怖いっ!」


「指が離れちゃいそう…!」


 半泣きになりながらも、私は高速で動き続ける十円玉から目が離せなかった。そんな異常事態でも、先輩はとても冷静にこう言った。


「こっくりさん、こっくりさん、ありがとうございました。どうぞお帰りください」


 でもいつものようにはいかず、そのこっくりさんは中々帰ってくれなかった。紙の上を縦横無尽に動き回り、まるで笑い転げているように小刻みに震え続けた。それでも先輩は辛抱強く「ありがとうございました。どうぞお帰りください」と繰り返し続けた。

 ……どれほど時間が経っただろう。

 十円玉は途端に大人しくなりすんなりと鳥居に戻っていった。

 半泣きのB子とは対称的に、十円玉から指を離した先輩が寂しそうに呟いたことが、私は今でも忘れられない。



「今のひと、『●●●●消えた。喰ってやった、喰ってやった。●●●●をオレが喰ってやった』だって……●●●●さま、消えちゃったのか」



 消えてしまったと言われた●●●●さまの名前は今でも覚えているけれど、私は先輩とB子以外の前でその名前を口にしたことは今の今まで一度もない。

 それ以降、その先輩とこっくりさんをやることは無くなった。だから先輩が、●●●●さまをあの後も喚んだのかは、私の知るところではない。

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