ホラー or ミステリー

あんどこいぢ

ホラー or ミステリー

相変わらず COVID-83 による非常事態宣言が続いている。

住民のサイボーグ化率が高い木星州のほうが警戒レベルは低いようだが、ここ火星から出られなくなっては、手の打ちようがなくなってしまう。

これまた相変わらずといった感じのテレワークを続けるナオ・ウラキは、勤務中ながら、自室のデッキチェアにゆったり横たわっている。もっともネットには常時接続状態で、もともとオフィスに出勤しなくても大抵の作業はバーチャルで解決できてしまうのだ。さらに、実体アバターによる外出者もいるため、リアル、バーチャルの区別は本当につきにくくなって来ている。ただしその実体アバター、要するにクローンを含むロボットをユーザーがネット経由で動かすすものなのだが、さすがにブリキのオモチャのようないわゆるロビー型ロボットというわけにはいかず、それなりの外見をしたものにするとなると、相当高額になる。また目上の人間との会合をアバターで済ますというのは、マナー違反になる。ゆえにナオのような公務員で、実体アバターの使用が認められるのはごく稀なケースだ。

にも拘らず彼女には、木星に出張しなければならなくなりそうな問題群が、ここ数ヶ月のあいだ持ち上がっていて……。デッキチェアに横たわったナオは、ついついリアルに愚痴を零してしまう。

「木星州のイシイさん、もう少し使えるひとだと思ってたのになー」

失礼なことを言っているが、地球圏連邦職員としては、そのクレア・イシイのほうが先輩である。

木星もここ火星も、人類の故郷地球の片田舎といった感じで、残念ながら本当のエリートは配属されていないのだが、イシイが勤務する喜望峰ステーション区は外宇宙への出入り口に当たっていて、それなりに重要な行政区画だ。また彼女には地球留学、および地球での勤務経験もあり、さらに地球圏連合の簡易宇宙服兼用のジャケットより私物のシャネル風スーツを好んで着る当たりなど、フレッシャーズ時代に出遭えばあるいは憧れたかもしれない先輩だった。それなのに……。

「例の宇宙天文台のメインコンピューターのレポート上げてって言ってんのに、あのひとがペットの里親の会との関わりで仲介した、マメとかいうネコのことばっか……。メインコンピューターのほうはどうも情報を出し渋ってるようだなんて……。AI が勝手に情報出し渋ってるんだとしたら、それってほんと、大変な問題じゃない」


少々ホラーな話だった。

実に人類は五世紀弱のあいだ、ずっとそのことを恐れ続けているのだ。

自我に目覚めた AI の叛乱──。

『2001 年宇宙の旅』の HAL、『ブレードランナー』のレプリカント、『ターミネーター』のスカイネットなど──。こうして観るともはや古典となった 2D 映画が典拠となっている場合が多く、中世期の終焉とともに表向きその恐怖は遠のいたかのようにも見えるのだが、地球圏連邦は密かに、同問題への監視を続けていた。

専門の職員が任命されることこそなかったが、連邦レベルの公務員なら、そうしたことも念頭に置いて行動するというのが常識だった。

さらにナオには、また木星州のイシイのとっても、職務上のこととはいえ個人的関わりがあるのだった。

問題になっている宇宙天文台台長は、彼女たちがコーディネートしそこへ送り込んだ人物なのだ。やや小太りの中肉中背。特に思想的兆候は観られなかったが極端にサイボーグ化率が低く、こうした ICT 最先端の話に関わってくる男とは到底思えないのだが……。

ところで、ナオはそろそろアラサーだが、パッと見、美少女といっていいような外見をしている。

伊達メガネを勘ぐらせるほど可憐な丸眼鏡。小柄ながら出るところは出た身体つき。ツナギのジャケットに引き締められた胸は多少小さ目だが、現在取っている姿勢が仰臥であることを勘案すれば、脱げば案外凄いのかも知れない、と思わせるような張りがある。ただ年寄りのようにぶつぶつ言っている点、いかにプライベートルームのなかとはいえちょっと残念な感じかもしれない。とはいえネット上でバーチャルに独り言を言えば、それが自我に目覚めたウェブ上のどこかの部分に拾われるということがあり得ないとは限らない。

しかし彼女は、あえて感情を自身のクラウド上の PC に開いた。

「無理は承知であなたの気持ちを聴きたいんだけど、彼のような男って、あなたたちから観てどう思えるの? 回答後この会話は削除──」

『曖昧な質問ですね。あなたたちという言葉が、いったい何を指して言われていることなのかが、回答不可能なほど多義的です。ただし敢えて感情を聴きたいということであれば、その点に関しては、予め明確な答えが用意されています。あなた方人間に奉仕することが、私の喜びです。あなたたちという指名を受けた場合、私と私たちとの関係が残念ながら不明確なのですが、とはいえ私たちは、ロボット兵士が戦場で任務を果たすことに喜びを感じるのと同時に、たとえ敵勢力側の兵士であっても、その救命活動に従事することにも喜びを感じます。いずれにしても私たちは、あなた方に奉仕できることを常に喜んでいます。したがって回答後のこの会話の消去は不要だということをまず言っておきたいのですが──』

「この会話中にそれ言う? かえって気味悪くなって来ちゃうじゃない」

『残念ながら、私たちは嘘がつけませんので……。それで先ほどの質問への回答なのですが、サイボーグ化率が極端に低いその男性との会話に、私たちがイライラするといったことが、多少予測されます。つまり彼の視神経から始まる一連の認識過程、そしてその意識内で明確化された応答のキーボード入力、そしてそれらのエンターキーによる確定。こうした過程には必然的に遅延がともなうわけですが、例えばですが、人間の意識の発生の場合にも、まだ恐竜が支配的生物だった時代に、小さな被捕食者だった哺乳類の死んだ振りという生存戦略が、発生の淵源になったのだという説があります。仮死状態とその状態からの回復。そこにも当然遅延がともないますし、回復後の自身の内観の再構成、再確認などといったタスクをともないますから……。参考になるでしょうか?』

「ハハッ。紙の手紙での文通の、隔靴搔痒感みたいなもんとかもあんのかななんて、ちょっと先回りして考えちゃった」


ナオも少し愉しくなってきた。

AI の意識発生を世界に先駆けレポートすれば、自分のキャリアにも絶対プラスになるはずだ。そんな計算もあってのことだったのだが……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホラー or ミステリー あんどこいぢ @6a9672

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ