恐怖の怪人P

下垣

恐怖の怪人P

 今日も仕事で疲れたな。そういえば、この時間帯は電車が混むんだったな。満員電車に乗るのは嫌だからタクシーでも拾うか。


 丁度停車中のタクシーがあったので、俺は声をかけてみることにした。


「すみません。このタクシーに乗れますか?」


「ええ。大丈夫ですよ」


 運転手がそう言うと自動ドアが開き、俺は中に入った。


「丸閥町までお願いします」


「ええ。かしこまりました」


 運転手がタクシーを走らせる。中々に笑顔が素敵な愛想のいい男だ。タクシー運転手には不愛想な人もいるが、この人は好感が持てる。


「お客さん。怪談話って好きですか?」


「うーん。まあ、苦手ではないですけど、好きってほどではないですね。でも、怖いもの見たさでホラーゲームとかついついプレイしちゃうんですよね」


「そうですか。なら、きっとこの話も気に入ると思います」


 そうして運転手は怪談話を始めた。今、思えばこれが運命の分岐点だったのかもしれない。



 あるところに4人の大学生がいましてね。彼らはちょっとした度胸試しに樹海にある廃墟を探索することになったんですよ。リーダー格の男。彼の名前をAとしましょう。Aは、意気揚々と廃墟に乗り込もうとしたんです。


「よーし。それじゃあ俺がちょっくら中を探索してきてやるよ」


「ねえ。やめた方がいいんじゃない? ここなんかヤバそうな雰囲気だって」


 廃墟を見てテンションを上げるAに対して、女子大生のBは少し気乗りしてませんでした。


「ああ。俺もBちゃんに同感だな。廃墟なんてヤバいやつらの集まりだろ。ヤク中が隠れて薬打ってたり、ホームレスが住み着いていたり、ガラの悪いやつらが乱パしていたりするって話も聞いたことがあるぞ」


 Cは廃墟に行く前にある程度下調べをしてたようです。事実、廃墟は人目につかない場所。そのようなヤバい人種が隠れ蓑にしている可能性は十分ありました。


「なんだ、C。ビビってんのか? それに乱パだったらいいじゃねえか。俺も混ぜてもらおうかな」


「サイテー」


 Aのあんまりな発言にDは呆れ果てました。


「そんなに行きたきゃお前1人で行ってこい」


 CはAを突き放そうとしました。しかし、Aはそれでも止まりません。


「なんだよ。なんだよ! つまんねえな! 1人で行ったって面白くないだろうが。休みが明けたら、Cはビビりのチキン野郎だって構内中に拡散してやろうか?」


「お前の方がビビってんじゃないのか? 1人で行く度胸がないから俺たちを巻き込んだんだろ」


「なんだと!」


 AはCの胸倉を掴みました。一触即発の空気。Bは口元に手を抑えて動揺しています。


「あーはいはい。わかったよ。あたしがAについて行ってやるよ」


 Dの言葉にAは手を緩めました。実は、DはAが密かに狙っている女子。2人きりで廃墟を探索するのもやぶさかでないと彼は考えたのでしょうね。


「んー。まあいいや。腰抜け共は置いて、俺たちだけで行こうぜ」


 AとDは廃墟の中に入って行きました。取り残されたBとC。彼らはどうしようか戸惑っていました。帰ろうかと思いましたが、流石にAとDを置いて帰ることはできません。


 BとCが待っていると、廃墟から反響した女性の悲鳴が聞こえてきました。


「え? 今のDの悲鳴じゃない? C君。どうしよう」


 Bは不安がりました。ここはCが男を見せようと、近くに落ちていたそれなりの長さの木の棒を持ちました。


「俺が様子を見てくる。Bちゃんはここで待っていてくれ」


「え……でも」


「Bちゃん1人で樹海を歩くのも危険だろう。大丈夫。4人揃って帰れるさ」


 Cはこんな状況でも冷静に判断しました。廃墟の中に突入するのは危険だ。Bを危険な目に遭わせないように考えた結果、入り口付近で待たせるのが一番だと判断したのでしょう。


 Cが廃墟に入りました。壁には謎の黒い染みがびっしりとこびり付いていて、なにやら変な臭いがします。人の手が入っていない小汚い雰囲気はより一層彼の恐怖心を煽ります。それでもCは持っている木の棒を握りしめて前へ進みます。


 Cの眼前に現れたのは、磔にされているAの姿でした。Aの手首には巨大な釘が刺されていて、そこからは血がダラダラと流れています。Aの顔は青白くて、口にはハンカチのようなものが詰められています。


「おい! A! しっかりしろ!」


 CはAの脈を確認しようとしますが、Aは既に事切れていました。失血したのが原因か、それとも痛みで絶命したのか、それはわかりません。ですが、Aの手足には釘が打ち込まれていてただ事ではないことは確かです。


 Aがこの廃墟に侵入してからはそんなに時間が経っていない。なのに残虐な方法でAが殺されている。Cはきっと迷ったことでしょう。このまま、廃墟を抜け出してBと一緒に逃げて警察に駆け込むか。それとも、まだ見つかってないDを探して助け出すか。最も安全で損失が少ないのはBを連れて逃げること。しかし、CはDを見捨てることができなかったのでしょう。忍び足で前へと進んでいます。


 ですが、この廃墟に住まう殺人鬼はそのわずかな足音も聞き逃しませんでした。彼はとても聴力が優れています。遠ざかっていく足音に殺人鬼は落胆しました。実は、入り口から4人の会話を聞いていたのです。つまり、殺人鬼は入り口にBがいることを理解していたのです。つまり、殺人鬼は窓から廃墟を脱出して、入り口にいるBを既に殺害していたのです。Cがこのまま入り口に向かっていれば、殺人鬼の餌食になっていたでしょう。


 なんとか殺人鬼と遭遇しないという神回避をしたC。しかし、その幸運も長くは続きませんでした。彼は頭から血を流して倒れているDを発見したのです。


「D!」


 CはDに近づきました。


「良かった……まだ脈はある」


 Cは、なんとかDに応急手当をしようと思いました。その時、彼の眼前になにかが 投げ込まれました。


 その投げ込まれた物体とはBの頭部でした。それを見たCは思わず悲鳴をあげてしまいます。


 Cが振り返るとそこには仮面をつけた奇妙な大男がいました。手には鉈を持っていて、鉈は血まみれでした。その鉈でBの首を斬り落としたのです。


「ひ、ひい!」


 Cは逃げようとしましたが、腰が抜けて逃げられませんでした。そのまま殺人鬼はCを持っていた鉈で殺害し、Dに止めを刺しました。


 殺人鬼の正体は怪人Pと呼ばれる男でした。彼は全国の廃墟を転々として、廃墟に不法侵入する者を狩り殺しているという噂です。あなたも廃墟を訪れる際は気を付けて下さいね。



「いかがでしたか?」


「くだらない。0点だ」


「ほう、それはどうしてですか?」


「登場人物が全員死んでいる。これでは、誰が伝えた話なんだってツッコミが出るだろう」


 確かにこの手の怪談で登場人物が全員死んでしまうと、伝えた人物がいないという矛盾があるものがある。俺はそのたぐいだと思って切り捨てた。


 しかし、その言葉を聞いた運転手は高笑いを始めるのでした。


「あははは。なるほどなるほど。いやあ、創作だと思われるのは心外ですね。これは実話ですよ」


「実話なわけないだろ。だって、AもBもCもDも死んでいるんだから」


「実話……というより体験談ですよ……私のね」


「え?」


 タクシーが停車する。運転手は鞄からなにかを取り出してそれを顔に近づける。そして、俺の方を向いた。


「仮面……まさかお前は……!」


「そう、私が怪人Pです。登場人物は全員死んだわけじゃない。唯一の生き残り。私が伝えた話です。そして、私の正体を知ったからには――」


 怪人Pはわかりやすく震えている。俺が右手に持っているものを見て、自らの運命を呪ったのだろう。俺が右手に持っているのは警察手帳。


「残念だったな。私は捜査一課の刑事だ。中々に興味深い話だったよ。続きは署の方で聞かせてくれるか?」


「あ。はい。すみませんでした」


 こうして、怪人Pは捕まり、世の中はほんの少し平和になりましたとさ。めでたしめでたし。

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恐怖の怪人P 下垣 @vasita

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