異世界探偵グレゴリアンヌ

鳥辺野九

グレゴリアンヌ・ゴッドスピード参上


 グレゴリアンヌ・ゴッドスピードは有能な聖職者である。それもそのはず、こことは異なる世界から転生してきた異世界人だからだ。


 元の世界にて。生と死を司る神が千年に一度のミスをした。うっかり死亡判定を食らってしまったが、その判定ミスの代償として生き返る際に三つのギフトを与えられた。


 彼女は望んだ。一つ目、別の世界へ転生すること。二つ目、元の世界で獲得した知識と経験を引き継ぐこと。そして三つ目、死者を蘇らせる聖なる力を得ること。




 グレゴリアンヌ・ゴッドスピード行くところ事件あり。正教会に属する聖職者でありながら影で『死に神』と揶揄される彼女は、首都のあちらこちらで発生するさまざまな殺人事件に片っ端から首を突っ込んでいた。


 現場に到着するや否や、生と死を弄ぶような特殊能力でグレゴリアンヌはいかなる難事件をも速攻で根こそぎ解決した。そりゃあ『死に神』とよばれるわな。彼女はそれを良しとし、自らを死に神探偵と呼ばせた。


 さあ、今日も事件発生だ。死に神探偵が行く。




 現場は商店街の裏通り、小さな教会の懺悔室の中。この教会を管理する神父が遺体で発見された。


 正教会所轄自警団の若き団長マジソンが事件現場を説明する。いや、説明しようと周囲を確認した。それすら待たずに、彼女は歩き出していた。どこへ? 事件の解決に向けて、だ。


 グレゴリアンヌは修道服をパンクに着こなし、ベールから金髪ストレートを颯爽とたなびかせ、懺悔室の小さな木扉を開け放った。青と灰色のオッドアイで現場を見つめる。


「ここにいたか」


 密閉され薄暗い懺悔室に死体はあった。扉を押し開いたグレゴリアンヌに懺悔するかのように跪き、己の両手に握りしめたナイフを自らの胸に突き立てて。


「この教会の管理神父ステファーノ。見ての通り、ナイフで胸をひと突きです」


 グレゴリアンヌは凶器であるナイフを間近で観察する。ナイフの刃は下向きで、被害者の手の親指側は自身の胸に押し当てるように。ふふん、なるほどね。グレゴリアンヌはほくそ笑んだ。


「いいですか?」


 ようやくマジソンが解説を始めた。


「朝から教会が開放されず、声をかけても何の返事もない。しかも中からかんぬきが下されていて扉も開かない。仕方なく、男衆を呼んで扉を破ったそうです」


 たしかに、正面入り口には強引に蹴破った痕跡があった。それはグレゴリアンヌも確認した。


「教会の他の出入り口は完全に閉ざされていて、中には誰もいませんでした。この懺悔室を除いて」


 人が二人も入れば窮屈さを感じる懺悔室。今はグレゴリアンヌ一人とステファーノの死体が一体。懺悔室には小窓さえなく、木扉を閉め切れば光源はスリットから漏れる薄い光のみ。ほぼ薄闇だ。


「懺悔室の扉には中からつっかえ棒が支えてあって外から簡単には開けられなかったそうです」


 グレゴリアンヌは足元に落ちているつっかえ棒を確認した。たしかに懺悔室にはそれしかない。中からしかつっかえを仕掛けられない仕様だ。


「懺悔室と教会と、言わば二重の密室の中で自分の胸をナイフで貫いた状態で発見されたわけです」


 マジソンの解説は続く。


「これは自殺以外考えられませんね」


「二重密室まで作っておいて、詰めが甘いな」


「と、言うと?」


「死亡推定時刻は夜。なのに、この暗い懺悔室にはろうそくも燭台も持ち込まれていない。自殺するのに、真っ暗闇の中、わざわざつっかえ棒を仕掛けてナイフを手探りで刺すのか?」


 マジソンは答えられなかった。グレゴリアンヌは饒舌に語る。


「それと手首の向きが逆だ。これは自分を刺す向きじゃない。刺さったナイフを抜こうとする手首の向きだ」


「……! じゃあ、ステファーノ神父は……?」


「ああ。私のピンク色した脳細胞がバチバチとスパークするぜ」


 グレゴリアンヌは決め台詞を口にした。


「これは自殺に見せかけた他殺だ」


「なんと! いったい、誰が……!」


「そんなの本人に聞けばいいだろ」


「えっ?」


 グレゴリアンヌは無造作に遺体の胸に突き立ったナイフを引き抜いた。そして剣が重なって十字架を形作るホーリーシンボルを掲げ、呪文をつぶやくように聖なる言葉を紡ぎ出す。


『死者の魂よ、あるべき場所へ還れ』


 ステファーノ神父は蘇った。異世界人グレゴリアンヌの特殊能力『死者復活』炸裂だ。


「ぷはーっ! 死ぬかと思った!」


 間抜けな息を吐き捨てて、ステファーノ神父は大袈裟に深呼吸して復活後の第一声を言い放った。よし、とにやけるグレゴリアンヌ。あわわ、と腰を抜かすマジソン。


「復活おめでとう、ステファーノ。蘇生後早速で悪いが、おまえを刺し殺したのが誰かわかるか?」


 グレゴリアンヌは蘇生直後の混乱状態に陥ってるステファーノに詰め寄った。金髪ストレートがベールからさらりとこぼれ、青と灰色のオッドアイにステファーノの顔が映る。こんな美少女修道女に急接近されて、素直になれない男などいなかった。神父であろうと例外ではない。


「悪魔のような死霊です! 突然、頭の中から声が聞こえてきて、自分を刺せ! と、言われたのです!」


 蘇ったばかりのステファーノは一気にまくし立てた。


「えっ」


「あっ」


 思わず黙るグレゴリアンヌ。突っ込まずにはいられないマジソン。


「シスター・グレゴリアンヌ。これって、自殺、ですよね?」


「黙れ。マジソン、黙るんだ」


「二重密室とか、ロウソクの灯りがないとか、手首の向きが違うとか言ってたけど、自殺ですよね?」


「……いいや、死者はいない。殺された者などもういないのだよ、マジソン。わかるか?」


「わかりません。偉そうに他殺とか言っちゃって、これは自殺でしょ?」


「殺人事件は起きなかった。私の能力で事件の存在さえかき消えたのだ。そうなの!」


「ほんとに死に神探偵って呼ばれてんのか?」


「ミステリーの定石など神の奇跡の前では無意味だ。神こそ絶対であり、正義こそジャスティスなのだよ」


 『死者復活』能力を駆使して、ミステリー業界では設定殺しとその名を馳せるグレゴリアンヌ・ゴッドスピードは有能な聖職者である。




「シスター・グレゴリアンヌって別世界の魂が宿る転生者なんですよね?」


 マジソンが訝しげに尋ねた。


「うむ。秘密だが、そうだ」


 金髪ストレートオッドアイ美少女の修道女は答えた。


「中の人がおっさんで、転生の時にその外見を選んだんですか?」


「し、知らぬわ」


 それはそれでちょっとしたホラーである。

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