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2026年5月24日 PM21:01

太平洋上

ユナイテッドリベレーターズ第6艦隊旗艦 天照

ブリッジ艦長室


90年代のジャズの旋律を遮るように扉のノック音が響いた。


「入電です!」


「入れ」


ワイシャツ一枚でウィスキーを嗜んでいた大島が言う。


「失礼します。第103中枢突撃中隊が敵シェルターへの降下を開始しました、第8艦隊から派遣された第305大隊も現地入りしたとの報告です」


「そうか、なら我々の仕事は終わりだな?」


「一先ずは、といったところですね。今は休んでいてください」


大島は18歳ほどのブリッジクルー、金田の不器用な言葉に笑みを見せた。


「言われなくとも休むさ、後は総司令に任せよう。撤退は作戦司令部に任せると伝達してくれ」


「承知しました!」


金田はドアノブに手をかけるが捻ることは無い、別件で尋ねるべきことを思い出したのだ。


「大島司令、申し訳ありませんがもう一点」


「まだあるのか?」


金田は敬礼したまま口をゆっくりと開いた。


「総司令官から再編成されるウォーアッシュチームについての報告書を提出するようにとの伝達を受けていました、個人端末に送信済みであり、16時間以内の提出を求められております」


大島は大きく息を吐き、無駄毛の多い右手で顔を拭った。


「こちらも激務だ、口頭で良いな?」


「こちらから交渉します。どうぞ」


金田は端末を開きタッチペンで画面を何度か叩いた。


「メモは手元にあるな?

第五独立機動部隊編成計画は現在戦略実行部門へ一任している為詳細の確認は該当部署に回されたし、現在古瀧信二兵長を筆頭にチーム1を再編成中。チーム2を新規に編成、既存の生存者である1名及びレッドスコープより小杉涼太三等兵を加える。

他数名は現在選考中である為回答不可、続報を待たれたし。

現在計画に異常は無し、当初の予定通りオペレーション ブラックスカイは15人編成での投入を目標とする。以上」


長々しくそう伝えた後大島は咳をした、喉が切れるような感覚をウィスキーで流しソファに深く腰掛ける。


「大丈夫ですか?」


「私はいい、歳は取りたく無いものだな...。メモは?」


「問題ありません!提出させて頂きます」


「頼む」


大島はそう伝えて大きく息を吐いた。


「失礼します」


今度こそ金田は艦長室の扉を開けて出て行った。

大島は一人の時間を取り戻したことに安堵しまた息をつく。


「歳のせいかな」


大島は一言零した、彼が疲労を感じるのは重役のプレッシャーによるものか、加齢によるものかは本人にすら分からない。





2026年5月24日 PM21:12

太平洋上

空母天照甲板

第103突撃中隊(レッドスコープ)13分隊は任務を終え帰還

小杉涼太三等兵



甲板はいつにも増して騒がしかった、次々と運ばれる負傷者と叫び声、帰還するVTOLやヘリコプターのローター音があちこちで響く、涼太はその音たちに神経質になりながら戦友と肩を並べて歩いていた。


「重要連絡、宿舎への火器持ち込みは禁止されている、帰還した部隊は速やかに武器保管部門に登録銃器の預け入れを行え」


アナウンスが甲板に響いている、小杉は何度も聞いたその放送を鬱陶しく思いながら母艦の内部へ続くリフトへと向かっていた。


「重要連絡、現在医務室が満室の為軽症者は甲板での臨時医療所で治療されたし」


「上内の親に、何て言う?」


涼太と同じ部隊だった男、鈴木が聞いた。


「星野軍曹が報告してくれる、俺たちは俺たちなりに弔える方法を探そう」


涼太はそう返事して右手に握った半分に欠けたドックタグを見る。


「小杉涼太三等兵、小杉涼太三等兵だな」


後方からの声に涼太は反射的に振り向いて敬礼をした、上官である星野の声だ。


「はっ、そうであります」


「良かった、小杉三等兵、ちょっと来てくれ」


星野は息を切らしながらそう言って涼太の腕を掴み、もう片方の手で反対の方角を指差した。


「了解しました」


涼太は返答し後ろに付く。


「後でな、鈴木」


「おう」


涼太は星野の後ろに続いた。


「小杉三等兵、所属替えだ」


「所属替え?しかしなぜ」


「さあな、とにかく本日中に荷物をまとめて居住区第二ブロックへ移ってくれ」


「第二ブロック!?あそこは特殊部隊用の宿舎ですよ!?」


涼太は足を止めて大げさな身振りで拒否する姿勢を取った。


「そんなことは分かっている!命令は命令だ、移動するぞ」


「僕は!」


小杉が叫ぶ。


「僕はそんな優秀な兵士なんかじゃありません...」


星野は落ち込んだ涼太を励ます為足を止めて大きく息を付き口を開く。


「優秀だ、今すぐに昇進させてやりたいくらいにな」


「橋での戦闘の件は僕の功績じゃないですよ」


「能力は功績だけでは決まらないよ、さあ」


星野は諭しまた歩き始める、涼太は不安の中彼の後に続くだけだった。


「詳細はPDAに送信する、作戦の後処理で指令センターが滞ってな、連絡が上手く回らないんだ」


「なるほど、ちなみに僕はどの部隊に転属されるのですか?」


星野がまた大きく息を付いた。


「第五独立機動部隊、Sコード”ウォーアッシュ”だ」


「つまりは穴埋めですね」


小杉は期待半分不安3割と自己過信2割だったがそう聞いた時肩を落とした。


「いいや、新しい隊長からのご指名だよ」


「新しい隊長?前のよりかはマトモな人なんでしょうかね」


小杉は首をかしげる。


「分からん、だが良い仲間に恵まれると良いな。向こうでも頑張れよ、生き残ったら乾杯しよう」


星野片手で盃を握るような形を作り船内の宿舎に直通する海洋扉のレバーを下げた。


「はい、お世話になりました。またいずれ」


涼太は一礼して扉の中へ足を踏み入れる、通路を進みリフトで自室のある階へ下り

また歩き始めた、複雑な感情だったが命令として下されている以上は実行するのみだ、と結論付けて自分の意見を押し殺した。部屋に入ると普段では静寂を感じる、

同室だった上内がいない、涼太は、話し声が聞こえない部屋で上内の死を改めて実感した。

ベッドに座り込み大きく息を着いて立ち上がる、二段ベッドの上を使っていた涼太は枕もとの目覚まし時計と呼んでいたライトノベルを手に取り部屋の隅に置かれた二つのボストンバッグのうち一つを担いで共用スペースだったちゃぶ台の上に投げる。

ちゃぶ台の前に座りライトノベルと目覚まし時計を収納し次に換気扇横に干した軍服、替えの戦闘服と下着を畳んでバッグに押し込んだ、最後に自分のデスクに置かれたノートや戦闘マニュアル、筆記用具と自由帳をバッグに詰めた。

私物を全て詰めたがバッグにはまだ余裕がある、彼はここに配属された時荷物は必要最低限で来ていたのだ。


「せっかくだしな」


涼太はぽつり呟いて上内のデスクの写真立てを手に取って眺めた、そこには涼太と上内が肩を組んでサムズアップしている写真が飾られている、二人とも汚れの無い軍服を着用しており笑っている。涼太はその写真立てと上内が嗜んでいたトレーディングカードゲームのデッキをバッグに入れてから部屋の玄関に立った。

去るのを名残惜しく思った涼太はポケットからPDAデバイスを取り出して部屋全体のパノラマ写真を撮影した。

満足げな顔になった涼太はカードキーをスライドさせ部屋を出る。

次に向かう場所は甲板だ、涼太は新たな部隊で戦う前に済ませておかねばならないと感じている事が一つだけあった。

涼太は元来た道を戻り甲板に出るとバッグを担ぎ大きく息を吸い込んで船首へと駆け出す、呼吸の際、息と同時に上内との思い出を吐き出すように意識した、しかし記憶をいくら吐き出してもまた浮かび上がる、出会い、中学校の入学式、卒業式、自衛隊時代の連帯責任での腕立て、戦闘員養成施設の食堂での出来事、忘れていた些細なやり取り一つ一つが思い浮かぶ。


「畜生ぉ!!」


涼太は涙を振り切りながら叫ぶ、胸の痛みを心拍数の上昇で隠すように更にペースを上げていく。

船首にたどり着き、涼太は急ブレーキをかけるように立ち止まる、力が有り余って転びかけたが持ち前の体感で体制を立て直し大きく息を付いた。


「上内、ありがとうな。お前の分まで俺頑張るよ」


涼太はポケットから半分に折れた上内のドックタグを取り出し何か思いを込めるように胸の前で握りそれを海面に全力で投げた。


「じゃあな、来世でもっとマシな世の中で会おうな」


小杉は唇を震わせながらそう呟いてフェンスにもたれかかり空の半月を眺めた。

個人的な清算が終わった後、涼太は今日はやけに蒸し暑いと感じた。


「来世でもっとマシな世の中、ね」


聞き慣れない誰かの声がした、涼太は右腿辺りに手を当てながら声の方向を振り向く。


「誰だ!」


「ねぇお坊ちゃん、ここは戦場じゃ無いんだよ?もっと気を抜きなよ」


黒髪を鎖骨の中央辺りまで伸ばした煙草を吸う女性が言った。


「お前は?」


「そんなに力まないでって言ってんの、お葬式でそんなにオラついてちゃ死んじゃった人報われないよ?」


黒髪の女性は立ち上がって煙草の先端を涼太に向けた。


「所属は?」


涼太は鋭い目つきで女性を睨み問いかける、涼太がこうなるのも無理は無い、女性は着用を義務付けられている識別用のワッペンを付けていないどころか黒のキャミソールに自前の革ジャン一枚とサンダルという空母に漂う緊張感には似つかない風貌をしていたからだ。


「あーしの推しが人に名前を聞くときは自分から名乗れって言ってたよ?」


女性は笑いを交えた声で涼太に聞いた。


「俺は第103突撃中隊所属、小杉涼太三等兵」


「へぇ、なんかカッコよさそうだね」


女性は涼太の自己紹介を軽く受け流すように適当言った、しかし涼太はなぜか胸の奥でその言葉が嬉しく、そして誇らしくなっていた。


「どうも、それでお前は?」


「言ってもアンタには関係ないし笑われるだけだよ」


「良いから答えろ、MPに突き出されたくないだろ?」


女性は涼太と目を合わせ、ほくそ笑むように笑った。


「そんな目で見るなよ」


涼太は目を逸らしそう零すように言った。

女性の腫れぼったく死んでいる目と無理に笑った口元が悲しく思えた。


「あー無くなっちゃった、持ってきてきてくれる?ついでにお酒もお願いしていい?」


女性はライターの火打石を何度も弾きながら残念そうに言った。


「なんなんだよお前...もう良いよ」


涼太は呆れた口調でそう言って差し出している女性に背を向けた。


「気の毒だったね、友達」


女性の優しい声がした、先ほどの声とは違い優しさを感じる。

涼太は足を止めて振り向いた。


「あなたも、色々あったんでしょう?」


「まーね、でも君には関係ないから放っておいて欲しい、出来たらライター持ってきて欲しい」


女性はそう言うと涼太は鼻で笑いその場を後にした、そうしてまた宿舎に戻る為のリフトへ向かう、途中酒の一つでも差し入れようかと考えたが規律を重んじる彼はそのままリフトに乗りこれまで一度も踏み入れたことの無い階層に止める、新しい部屋を見つけると更新されたカードキーをスキャナーにスライドさせ殺風景な部屋に入った。


「綺麗だったな、あの人」


涼太は崩れ落ちる体を二段ベッドの下の段に受け止めさせて2段目の床を眺めながら呟いた。






2026年5月24日 PM21:35

太平洋上

空母天照甲板

第五独立機動部隊(ウォーアッシュ)

漣純子(サザナミ ジュンコ)上級兵



純子はオイル切れのライターの火打石を弾きながら来るはずのない差し入れを待っていた、彼女の足元には無数の吸い殻と缶チューハイの空き缶が転がっていた。

足音がまた一つ近づいてくる、先ほどの来客とは違いゆっくりだ。


「上級兵」


疲れ顔の黒縁眼鏡の男が彼女にライターを投げ渡して言った。

純子はさっきと変わって沈黙を貫いていた。


「ダメだった、すまない」


黒縁眼鏡の男はフェンスに腰を上げてそう言った。


「良いの、君はブラックジャックじゃあるまいし、元々付け焼刃の軍医様に期待なんてしてないから」


純子は男を慰めるように侮辱してから煙草に火を付ける。


「怒らないのか?僕は君の大切な人を死なせてしまったんだぞ?」


「ふへへ、もうどんな反応していいか分かんないや」


純子はそう言うと立ち上がってフェンスによじ登った。


「早まるな!」


軍医の男は今にも海に飛び込もうとした純子の手を掴み後ろに倒れた。


「ああ、またダメか」


純子は男の胸の中で呟いた、軍医の男は腰を打った為苦悶の表情を浮かべていた。


「死ぬんじゃない、やめるんだ」


軍医の男は腰を摩りながらゆっくりと立って純子に手を差し伸べた。


「しばらく、ここで寝たい」


純子はにこやかな表情で大の字になったままでそう控えめに訴えた。


「斎藤二等兵、B2-4の容態が急変しました!至急お戻りください」


「わかった」


軍医の男はPDAの着信に答えると純子に構ってやりたい気持ちを抑え背を向け歩き出した。


「俺は行く、また飛び込もうなんて思うなよ?」


「だぁいじょうぶ、一回死に損ねた場所では死なないよ、縁起悪いし」


純子は伸びながら答える。


「分かった、じゃあ」


軍医の男はそう言い残して足早に現場に戻っていく、軍医たちの戦いは続く。




2026年5月24日 PM23:00

特別管理区域4

旧愛知県名古屋市

国民監督庁本庁舎

地下6階データルーム



ユナイテッドリベレーターズの総攻撃から約2時間、監督庁の本部は既に制圧されていた。この施設は行政機関と司法機関が合体した場所だった、しかし彼らの業務は名ばかりでここで行われているのは国民の監視と大成学会が定めた法に触れた者の処罰だった。言わば管理区域の心臓であり脳である施設だ。

地下施設は主に軍事関連と司法関連の業務を行う部門が集中していた為ユナイテッドリベレーターズにとっては宝の山だった。

現に兵士たちが情報の確保の為、銃撃戦の余韻が残る廊下に次々とパソコンやファイルが運び出されている。

しかしそれは最深部であるこの地下6階では行われていない、ただ一人フェイスベールを被った兵士が周囲をクリアリングしながら無機質な通路を進んでいるだけだ。


「アビス」


「大島か?」


アビスというコールサインを持つその兵士はフィルターがかかった声で大島からの無線に応答した。


「ああ、現場は抑えた。既に一部の部隊は撤退を開始している」


「それは、見れば分かる」


アビスは曲がり角の先にMP7の銃口をゆっくりと覗かせてクリアリングしながら答える。


「上で詳しく調べさせたが噂の生物兵器が見つからない、そちらではどうだ?」


大島は焦り口調でアビスに問いかけた。

しかしアビスは即座に返答せず通路の淵を遮蔽にしてMP7のサイトを覗いている、角の先に気配を感じる。


「少し待て」


小声で言って無線を切りサイトの先を凝視する。しかし気配の正体が鼠だったことを確認するとアビスは息をついて無線を入れた。


「ここにも無い、だが状況を見るにもう既に量産段階に入っている筈だ」


「了解した、そうなれば兵器工場のどこかだな、長崎か山口県、もしくは」


「富山」


アビスは遮ってそう言った。


「確証は?」


「無い、だが3階のオフィスで異動命令書を見つけた、生物学専攻の研究者一名をアドバイザーとして富山に送るらしい」


「臭うな、分かった俺が上に富山に向かうよう頼んでおく、命令を待て」


「それでは遅い。今から取り掛かる」


アビスは無線を切り来た道を引き返した。





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Downfall Mankind:極東戦線 おたきしのぶ @otakishinobu

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