かぐや様は小説家 —立志篇—

藤光

かぐや様は小説家

 小説投稿サイト『カクヨム』がめでたく五周年を迎え、「カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ2021(長いので、以下「KAC2021」と省略する)」が華々しく開催されているという噂がようやく月にまで聞こえてきたのは、KAC2021がはじまって一週間後のことだった。


「やだ、知らなかった。カクヨムがKAC2021を開催してるって! ねえ、ツクヨミ、どうしてわたしの耳にこの噂が聞こえてこなかったのかしら」


 月の女王、カグヤが大きな声でひとりごとを話しはじめた。良くない兆候だ。とっさに月の王、ツクヨミは妻のひとりごとをレシーブした。


「月と地球の間には、38万キロにも及ぶ真空地帯があるから、音声はまったく伝わってこないと思うよ」

「切れ味の悪いジョークね。『風の噂』なんて慣用表現よ。じっさいに噂が聞こえてくるわけないじゃない」


 カグヤは呆れている。が、ツクヨミも同様にカグヤに対して呆れていた。


「分かっている。ジョークなんだから……」


 ここは月の神殿。月面を治めるカグヤとツクヨミ夫婦が暮らしている。治めるとはいっても、ご存知のとおり月面にはだれも住んでいないので、統治者たる夫婦は暇を持て余していた。


 唯一の娯楽はインターネット。地球との間に光回線が開通していることだけが、巨大な無為の時間を占有する夫婦の慰めだった。


「一週間、カクヨムにアクセスするのを忘れてただけだろ。『なろう』とか『エブリスタ』とか覗いてるから気づかなかったんじゃないの。まさか……『ノベルアップ』にまで、手を出したとか?」

「ま、まさか……ほんの一、二回よ(ゴニョゴニョ)。あたしの主戦場はここカクヨムに決まってるじゃない!」


 ツクヨミの追及に、カグヤは動揺を隠せない。


「で、カクヨムがどうしたのさ」

「っと、そうそうカクヨムでね、KAC2021がはじまってるの。でも、ここ一週間きづかないでいたもんだから、KACの前半は終わってて、今日はもう4回目のお題が出されてしまってたのよう」


 いかにも残念だという様子で、カグヤは肩を落としている。なぐさめるようにツクヨミが言葉を継いだ。


「ふむ。そのお題って?」

「ホラーorミステリー」

「ほらあおあみすてりい?」

「ふざけなくていいのよ、ツクヨミ。『Horror or Mistery』よ」

がちがう。Mysteryだ」

「……知ってる。あなたを試しただけよ」


 カグヤの顔が真っ赤だ。うそをついてもすぐわかる。


「そのお題がどうかしたの?」

「……そ、そうよ。そのお題なんだけどね。ホラーかミステリーなのか、どちらをテーマに小説を書けばいいと思う? 気になって書きはじめられないのよ」

「そりゃ、ホラーかミステリーなんじゃない。お題がそうなんだし」


 ツクヨミは、もっぱら読むのが専門で、書くことには、ほとんど興味がない。KAC2021についてもまったく他人事で、小説家気質のカグヤは話していてイライラしてくることがある。


「だから、このお題からはホラーを書けばいいのか、ミステリーを書けばいいのか、よく分からないじゃない。だって『ホラーorミステリー』だよ。単にホラーやミステリーを書くんじゃなくて、『ホラーなのか、ミステリーなのか、どうなんだっ』て小説が求められてるんじゃないかな」

「まったく……。『ホラーandミステリー』が必須だとハードル高いかもしれないけど、そうじゃないんだし、深読みしすぎだろ」

「もう! ツクヨミは適当なんだから。真剣に考えてよ!」


 ついにカグヤは怒り出してしまう。しかし、Web作家の機微にうといツクヨミは、さらに丸腰で地雷原に踏み込むような愚を犯してしまうのだった。

 

「真剣って……。カグヤ、カクヨムはゆるーい小説投稿サイトだよ。ガチで書くものじゃないと思うんだけど……」

「なにいってんのよ! KACだよ。カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ! 一年に一回しかないチャンスなんだよ。読者賞は、普通に投稿してちゃ絶対到達できない5000リワードなんだから、ガチでやんないわけないでしょ!」

「お、おい……カグヤ……」

「うるさい。だいたいKACのお題っていうのも、こんなにテキトーでいいわけ?」

「ぼくにそれを言われても……」

「さっきから三点リーダーが多い! マイナス評価!」

(いったいなにを審査されてるんだ)

「『ホラーorミステリー』? こんな腰の定まらないお題なら、いさぎよく『ホラーandミステリー』としたほうがずっと書きやすいわよ! まったく、カクヨムの運営ときたら……なんでこんなお題を選んだのかしら」


 としばらく考え込むカグヤ。ツクヨミはというと、妻の感情を爆発させてはいけないとそっと見守っている。


「ホラー……、ミステリー……、ホラー……、ミステリー……」


(なにこのセリフ、文字数稼ぎ? いったいなんのための?)


「ねえ、ツクヨミ。結局、『ホラーandミステリー』で問題なくない?」

「ぼくそういったつもりだけど」

「そうだっけ」

「うん。それで小説はなんとかなりそうなの? アイデアは?」


 カグヤの気持ちが落ち着いてきたところで、ツクヨミが核心を突いてゆく。まったく懲りないというか、小説書きの習性あるいは心理というものが分かっていない。


「ふっふーん、じつはおあつらえ向きのストックがあるのよ。あのね、ある男の叔父さんが自宅で死体となって発見されるの」

「うんうん、それで」

「死因は不詳。原因を調べるために、男は警察とともに叔父さんの自宅へ手がかりを探しに潜入することになって」

「へえ、死体があったところだろ。気味が悪いな」

「そこが読者をぞくぞくさせるポイントよ。ね、ホラーでしょ。もちろんミステリーの要素もあるわよ。自宅を捜索していくと、つぎつぎと生前の叔父さんの秘密が姿を現してくるわけ」

「謎が謎を呼ぶ展開だね」

「わかる? それが読ませどころね。叔父さんは某国の諜報機関に依頼されて、異世界転生を繰り返していたっていう過去が明らかになってくるの。そして、主人公の男もじつは……」

「……ホラーandミステリーだよね。ファンタジーじゃなくて」

「だから、それは伏線なのよ。ほんとはね、主人公も叔父さんも、とあるネットワークゲームのアバターでさ――」

「ね、ね、カグヤ」


 ノリノリで小説のプロットを語りだすカグヤをツクヨミが制止する。


「いまKAC2021の応募要領を見てみたんだけどさ。1エピソードで1200文字以上、4000文字以内だってさ。カグヤのそのプロット、4000文字で書ける?」

「……」

「いまで2800文字、残り1200文字だけど」

「プロットだけで終わっちゃう」

「ええ~。どうするの。もう2850文字も使っちゃってるよ? 締切は17日の11時59分までとなってるし、できそう?」


 ふたりの間で凍りついたように感じる時間も、刻一刻と過ぎ去ってゆく。時間がない!


「んっと、このアイデアは第七回カクヨムコンのために温めとくことにする」

「ええっ、じゃあ、はどうすんのさ。もう3000文字も書いたのにボツなのかい?」

「うーん。じゃあ投稿しといてよ」

「え」

「KACには、でいいいじゃん。幸い『ホラーorミステリー』ってさんざん連呼してるし。大丈夫じゃない」

「さっき、カグヤは真剣に考えろって……」

「じゃ、よろしくね〜」


 さっさと立ち去ってゆくカグヤ、呆然とその場に取り残されるツクヨミ。Web作家の移り気はいかにツクヨミといえど読みきれなかった。


「仕方がないなあ。カグヤのためだ。……カクヨムの……『かぐや様は小説家』……KAC20214っと。ほい、投稿だ。これでいいのかな? ぽちっと」


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