兼六園血まみれ事件

加瀬優妃

目撃者を探せ!

 五月も半ばを過ぎたある週末のこと。

 三条と万田、二人の警察官が金沢駅の鼓門の前にいた。

 

「むっ! これから何か事件が起こるんだな!」

「不吉なことを言わないでください、三条さん。ただの旅行です」


 30過ぎで叩ぎ上げのノンキャリ三条と、警察官になって二年目のキャリア万田。年齢も立場も大きく違うものの、二人は意外に仲が良く、いいコンビである。


 そもそもは万田の実家が加賀の有名温泉旅館であり、万田が帰省する際に暇な三条が付いてきただけなのだ。しかしどうせなら金沢観光もしよう、ということになり、途中で高速を降りて市内に立ち寄ることになったのである。


「とりあえず喉が渇いたな。コーヒーでも飲むか」


 そう呟き、三条が近くの自販機へとスタスタ歩いていく。

 彼には『お洒落なカフェに入って美味いコーヒーを飲む』という発想はない。喉が潤えば何でもよい、安いのが一番、なのである。


 一方、てっきりすぐ傍にある喫茶店に入るものだと思い込んでいた万田は、どこにいても三条さんは三条さんだ、と溜息をつきながら

「そうですね」

と相槌を打った。

 そして三条の後をついて歩きながら、先ほど見つけた観光マップを広げる。


「あ、三条さん。僕はブラックでいいですから」

「おう、わかった。……って、何で俺がお前の分まで買わないといけないんだ?」

「三条さんがコーヒーを飲みたいって言ったからですよ」

「ああ、そうか…………ん?」


 少し割り切れないものを感じながらも、三条は自分と万田の分のコーヒーを買い、万田に一本差し出す。


「ほらよ」

「あ、ありがとうございます。……それで、どうします?」

「ん?」


 万田が広げている観光マップを覗き込む。

 カラフルな地図とさまざまな写真が載っていた。余白にはそれぞれのポイントなども書いてある。


「すぐ近くにはいろいろなお店がありますね。あと、少し歩くと神社や城跡もあるようです」

「ふむ」

「行ってみたいところはありますか?」

「うーん、そうだなあ……」



   * * *



「それにしても今日はいい天気だな、万田!」

「そうですね」


 二人は結局、兼六園に来ていた。兼六園は、岡山県岡山市の「後楽園」、茨城県水戸市の「偕楽園」と並んで『日本三名園』の一つである。


「しかしまた、ベタなチョイスですね」

「人に希望を聞いておいて文句を言うなよ」


 入口でもらったパンフレットには、ポイントだけ回る六勝コースと、園内の殆どをじっくり巡る堪能コースがある。

 万田は

「今日は暑いですし時期も少し外れてますから、有名ポイントだけ巡りましょうよ」

と提案したが、

「せっかく来たからには全部見るべきだろう!」

と力説する三条に押し切られてしまった。


 そんな訳で、興味深そうにあちこちを見、元気に歩き回る三条に対し、年下の万田はバテ気味である。

 ……そして、時刻は16時。


「ふうむ、ここが梅林かー」


 三条は感慨深げに吐息を漏らしたが、梅の見どころは三月上旬。今は五月中旬なので、万田は

「ただ茶色い樹々が並んでるだけですけどね」

とつまらなそうに呟いた。


「……あれ?」


 その茶色い樹々の奥。短い植木の陰に、ちらりと布切れのようなものが見える。

 誰かのハンカチか?と思った三条は、ひょいっと柵を越えた。


「ちょっと三条さん、勝手に入っちゃダメですよ」

「いや、だが……」


 三条は躊躇うこともなくずかずかと入っていく。とにかく引き留めようと、万田も柵を越えて後をついていった。


「……んっ!?」


 長年の刑事の勘だろうか。

 二人が近づいてみると――そこには、頭から血を流しながら倒れている、若い男性の姿が。

 

「……っ、な、あ……」

「さ……三条さん!」


 万田が三条の肩をガッと掴み、大声で叫んだ。


「ついに事件を起こしましたね!」

「俺じゃねぇ!」

「そうじゃなくて、『むっ、事件か!?』とか言ってるからこんなことになるんですよ!」

「んな訳あるかー!!」

「と、とにかく、通報しましょう!!」


 その後病院に運ばれたものの、被害者の男性は意識不明の重体だった。

 ……その後の調べで、被害者は15時過ぎに兼六園に入ったことがわかった。

 つまり、犯行時刻は15時から16時の間という事になる。


「目撃者はいないんですかね」

「そうだな。15時から16時の間に兼六園にいた人間を探すことにしよう」



   ◆ ◆ ◆



 ここからは問題パートです。


 月子・雪奈・花江・星香・宙美の女子大生5人組が金沢市に観光に来ていました。

 市内の観光ポイントは


  ①金沢百番街

  ②ひがし茶屋街

  ③尾山神社

  ④金沢城公園

  ⑤兼六園

  ⑥しいのき迎賓館

  ⑦金沢21世紀美術館

  ⑧長町武家屋敷

  ⑨近江町市場


があり、それぞれ5か所を選び、12時~17時まで1時間ずつ回ることにしました。


 例えば①③④⑥⑨を選んだとすると、観光した時間と場所は


  12時~13時:①金沢百番街

  13時~14時:③尾山神社

  14時~15時:④金沢城公園

  15時~16時:⑥しいのき迎賓館

  16時~17時:⑨近江町市場


となります。

 各自、必ず番号が小さい順に回るものとし、同じ場所に2時間以上いることはないとします。

 また、同じ時間帯に同じ場所にいる場合は一緒に観光をしました。(つまり、同じ時間帯に同じ場所にいたけど会えなかった、はないものとします)


 次の5人の会話で、15時~16時の間に兼六園にいた人をすべて当ててください。

 それが、この事件の目撃者です。


月子「最初みんなで『②ひがし茶屋街』に行ったのに、花江だけいなかったわね」


花江「私は最初に『①金沢百番街』でじっくり買い物しちゃったもの」


雪奈「だから花江は『⑨近江町市場』にもいなかったのか……」


星香「そのあと私は月子と一緒に『④金沢城公園』に行ったわよ」


宙美「私と雪奈は一緒に違うところにいったからね」


星香「でも『⑤兼六園』では宙美と会ったじゃない」


雪奈「結局全員、『⑤兼六園』には行ったんでしょ? 私も誰かと一緒に行けばよかったな―。後で行ったら誰にも会わなかった」


月子「花江はどこに行ってたの? 一度も会わなかったけど」


花江「『⑤兼六園』にも勿論行ったし……あ、『⑦金沢21世紀美術館』で星香と会ったわ。二人で回ったの」


星香「そうだね。そこだけだね、一緒にいたの」


宙美「最後は花江以外、みんな一緒にいたのにね」


花江「もう、『⑥しいのき迎賓館』に私以外誰も行ってないでしょ? 素敵だったのにー」


※スクロールすると、答えがわかります。

















   ◆ ◆ ◆



「15時から16時の間に兼六園にいたのは……『雪奈』だ!」

「なるほど」

「よし、早速聞き込みをすることにしよう」

「待ってください、三条さん」


 うむ、と頷きキメ顔をして歩きだそうとする三条の右肩を、万田がグッと掴んだ。


「何だ」

「僕たち非番です。しかも管轄外」

「……」

「第一発見者の義務は果たしましたし、旅行に戻りましょう」

「なぁっ……」


 三条は「信じられない!」という顔をしたが万田はいたって冷静だった。そのままガシッと拘束し、引きずるように連れて行く。


「お前、これから俺が大活躍するところだぞ!」

「それはヨソでやっちゃいけません」

「ドラマなら非番だろうが何だろうが首をつっこむところだぞ!」

「それはフィクションです」

「な、おい……こら!」

「はい、ちゃっちゃと行きますよー」

「ぐえー……」


 ずるずるずる……。

 ジタバタする三条を押さえつけ、無理矢理ハケる万田であった。


 はたして、三条が華麗に謎解きをする日は来るのだろうか!? (いや来ない……)

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兼六園血まみれ事件 加瀬優妃 @kaseyou

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