『ワトソン&ホームズ』ある日のボドゲ部(仮)の活動
くれは
「ホラーとミステリー、どっちが良い?」
「ホラーとミステリー、どっちが良い?」
第三資料室、ボドゲ部
わたし──
「ホラー苦手なの、知ってるよね?」
非難めいた声音になってしまった。だって、それは彼にとっても既知のことだったはずで……だからこれまで、彼はあからさまな怖いゲームを避けてくれていた。明らかなホラー系のゲームとか、お化けに追いかけ回されるようなゲームとか。
それを今日は直球でホラーと言われたものだから、多少不機嫌になるくらいは許して欲しい。
角くんは穏やかで心が広いので、わたしの不機嫌さなんか物ともせずに、のほほんと微笑んでいる。
「そろそろ、ちょっと大丈夫になってきたりとか……ほら、こないだのゲームには、お化け出てたでしょ」
コウモリを飛ばして穴をくぐらせるゲームだったっけ。あれには邪魔するお化けと助けてくれるお化けがいて、
「うーん、まあ、あのゲームのお化けは確かに、大丈夫にはなったけど」
「だからさ、たまには遊んでみようかな、とかそんな気になったりとか」
「しません」
わたしは溜息をついて、角くんの隣に座る。鞄を長机の上に置くと、角くんを睨み上げた。
「一応聞くけど、どんなゲームなの?」
わたしの言葉に、角くんは嬉しそうにふふっと笑った。
「すごく面白いゲームだよ。『ハコオンナ』っていうタイトルで、洋館に潜んで仲間を増やそうとする
「ガチで怖いやつ! 無理無理無理無理!」
「いや、でも、箱女もプレイヤーが担当するんだけど、箱女側でプレイしたらそんなに怖くないんじゃないかって思って」
「そういう問題じゃない!」
「コンポーネントだけでも見て。本当に良いゲームだから」
そう言って、角くんのやけに大きなリュックから出てきたのは──ホラー映画のパッケージにいそうな、怖い女の人の絵が描かれた箱だった。土気色の顔に赤く血走って見開かれた目玉と、手足の繋がりがおかしな体。
「完全にホラー! 無理! 無理だから!」
「そっか、残念」
半泣きで叫ぶわたしを見て、角くんはその箱をそっとリュックに戻した。怖い箱絵が見えなくなって、ほっと息を吐く。
「だいぶ慣れてきたから、大丈夫かなって思ったんだけど。まだ早かったか」
「あの可愛い子供向けデフォルメからここっておかしいでしょ。ジャングルジムに登ってたら突然富士山登頂させられるようなもんだよ!?」
「うーん、そっか。ごめん。俺の中では、あれがいけるならこれもいけるかなーって感じだったんだけど……怖がらせたかったわけじゃないんだ、ごめん」
角くんは素直に謝って、首を傾けてちょっと申し訳なさそうに眉を寄せた。
でも、もしかしてこの人は、わたしを怖がらせて面白がってないかって、ちょっとだけ思ってしまったわたしを許して欲しい。
「それで、ミステリーの方はどういうゲームなの? そっちも怖いゲームじゃないよね?」
「殺人事件とかがあるから、死体とかはもしかしたら出てくるかもしれないけど、でもホラーみたいな怖さはないと思うよ……実は俺も遊んだことがないから、はっきりとは言えないけど。ホームズって読んだことある?」
「ホームズって、コナン・ドイルの?」
「そう。『ワトソン&ホームズ』っていう推理ものボドゲなんだけど」
そう言って角くんが出してきたのは、青い箱。箱入り書籍のようなお洒落なデザインだった。
「小学校の頃にテレビで、海外のドラマを見た覚えはある。ちょっと怖いシーンもあったけど……まあ、見ていられたくらいには平気だった。それで、図書館で借りて本を読んで、全部じゃないけど、小説はそんなに怖くなかった」
「それは良かった」
角くんはほっとしたように笑うと、箱の脇に指を引っ掛けて、横から中を引っ張り出した。
「これは、ワトソンが書いたけど発表されなかった原稿を元にした話ってことになっていて、ホームズとワトソンが事件解決するのを追いかけて、一緒に謎を解くんだ」
「それなら、大丈夫……かな、多分」
「じゃあ、これで良い?」
わたしが頷くと、角くんは嬉しそうに笑って、箱の中から色々と取り出し始めた。場に大きめのカードが並んでゆく。最初のカードには「郵便車」と書かれていた。隣は「金庫」でその隣は「駅長」。そうやって「停車場 パディントン駅」「スコットランドヤード」のカードまで、十二枚のカードが四角く並ぶと、最後に「221B」と書かれた他と違うデザインのカードが置かれる。
その「221B」のカードにはノッカーに指をかけた手が書かれていて、そのカードを見た瞬間、ノックの音が聞こえた気がした。
そして、わたしと角くんは、十九世紀末のロンドンにいた。
耳のちょっと下、せいぜい顎くらいまでしか長さのないわたしの髪が、きっちりと高い位置で
スタンドカラーの長袖のブラウスは、腰で絞られている。どうやらコルセットも巻かれているみたいだけど、そこまできつく絞られてなくて助かった。スカートには布がふんだんに使われていて、縦に長くドレープが入っている。
隣を見上げたら、角くんはまるでちょっと良い家のお坊ちゃんみたいになっていた。立てた白い襟に、
角くんは、しばらく黙ってただわたしを見下ろしていた。いつもと違う服装が恥ずかしくなってきて、わたしはヴェールが隠してくれたら良いと思いながら、顔を俯ける。
馬の蹄の音が走ってきて、わたしと角くんが佇む脇を馬車が通り抜けていくのを見送ってから、角くんははっとしたように言った。
「地図が、あると思うんだ。これからどこに行くのかの」
わたしはその言葉に、自分が小さなハンドバッグを持っていることに気付いた。それを開けてみれば、中から地図が出てきた。赤いインクで、「郵便車」とか、さっき見た文字が書き込まれている。それから、いくつかのコインも出てきた。
「コインは、多分馬車トークンの代わりかな。情報を集めるために、必要になるんだ」
角くんが、わたしのすぐ脇に立って、わたしが広げた地図を覗き込む。
「ほら、郵便車にはもう、誰かが行っているでしょ」
角くんが少し腰を屈めて、地図を指差す。「郵便車」の文字のところに、黄色い人の形が書かれていた。
「他の人が行っているところには、入れないんだ。別なところを選ばないといけない。だけど、郵便車の情報を知りたければ、お金をたくさん払って馬車を飛ばして、この人より先にこの場所に入れたら良い。他にも、人を入れなくしたりとか、邪魔したりとかもできるんだけど。こうやって、他の人より先に情報を集めて、最後には自分で推理する、そんなゲームだよ」
なるほどと思って地図を見ていた視線を上げたら、隣の角くんの顔が思っていたよりも近くて、言葉が吹き飛んでしまった。角くんはヴェール越しにわたしの方を見て、にっこりと笑う。
「どうする? まずはどこから行こうか? 早速、馬車トークン使ってみる?」
わたしは首を振る。
「だ、大丈夫。他にも、行き先はあるし、他のところに行ってからにしよう」
角くんは、ゲーム中にはいつも、わたしに選ばせてくれる。昔ボードゲームに入り込んで怖い思いをしたわたしが、今度はきちんとゲームを楽しめるように。最初はどうして良いかわからなかったけど、最近は少し、遊べるようになってきたし、そうやって選ぶのが楽しいと思うことだってある。
「じゃ、行こうか」
そう言って、角くんは背筋を伸ばして、曲げた肘を差し出してくる。なんだかわからずにぼんやりとそれを見ていると、角くんはいつものように穏やかに微笑んだ。
「舞台設定的に、エスコートが必要な気がして」
わたしはそっと、恐る恐る、角くんの腕に手を添える。そして、二人でゆっくりと歩き出した。
さて、わたしと角くんは無事、『荒らされた貨物車』事件の真相に辿り着いて、現代日本の部室に戻ってくることができたのだけれど、このゲームは内容を知ってしまうと二度は遊べないのだそうだ。だから、その調査の過程で何があったのか、どんな結末を迎えたのか、それは秘密だ。
ネタバレにならない感想を述べるなら──怖くはなかったし、二人で出した答えがホームズに「正解だ」と言われた時には嬉しかった。それから、角くんがやたらと紳士然と振舞っていて──ちょっとズルいなって思ったりもした。
それ以上のことは、やっぱり秘密だ。
だから、この日のボドゲ部(仮)の活動は、以上です。
『ワトソン&ホームズ』ある日のボドゲ部(仮)の活動 くれは @kurehaa
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