りょうち

スズヤ ケイ

目覚めると

 おや、気が付いたかね。


 ああ、動いてはいけないよ。

 君は今、酷い怪我を負っているから。


 もっとも、動いて傷口が開かないように、拘束させて貰ってはいるがね。


 これは必要な措置だ。今しばらく辛抱して欲しい。




 よし、少しは落ち着いたようだね。



 自分の名前は言えるかね?




 そうか、まだだめか。


 いや、焦らなくていい。重要な事は他にある。




 君が何故そんな怪我をしているか、理由を覚えているかね?








 そうだ。


 君が運転していた車で事故を起こしたからだ。




 では、事故以前の記憶はあるかね?



 ゆっくり思い出すといい。









 そう、何かから逃げようとしていた。



 それは何か?





 浮かんできたかね?









 ああ、そうとも。パトカーで合っている。




 では、何故追われる身になったのか、心当たりは?






 ふむ。




 確かに、路上駐車していた運転手を脅して車を奪った事も原因の一つだ。

 その持ち主が通報しているからね。




 しかし、何故君は車を奪ったのか。そこが問題だ。









 ああ。








 君は朝の通勤通学の時間帯を狙い、勤め人や学生らを無差別に刃物で刺していった。

 そして通報を受けた警察に捕まりそうになったからだ。





 更には先程口にしたように車を奪って逃走中、赤信号の無視を繰り返して幾人もの歩行者を跳ね飛ばしている。






 終いには、交差点でガソリンを積んだタンクローリーと出合い頭に衝突して大爆発を引き起こし、その弾みで君の乗った車は百貨店の入り口に正面から突っ込んで行った訳だ。






 まったく、酷いものだよ。



 下は小学生から、上は80代のお年寄りまで。


 誰彼構わずとはこの事だ。



 結局何人を道連れにしたかなどは、もう覚えていないだろうね。

 犯行予告を見るに、誰でもよかったのだろうから。




 ああ、もちろん君は逮捕されたとも。


 しかし、これだけ殺せば簡単に死刑にして貰えるだろうという考えは今すぐ捨てる事だ。





 何故ならこの件は、被疑者死亡として処理された。



 この意味が分かるかね?







 書類の上では、君はもう死人だ。



 つまり、尋常な裁判は行われない。


 死刑などと生温い判決では済まない、という沙汰が下されたのだよ。




 考えてもみたまえ。



 生きたまま逮捕したとして、裁判が終わるまでには相応の時間がかかる。


 死刑が確定したとして、執行されるにも更に時を要すだろう。



 その間、牢の中とは言え、君がのうのうと安全に生きている事を誰が許すと思う?




 どうせ時間と税金を使うならば、有意義に使え。




 と、「誰か」が言った結果がこれさ。





 言い出したのがどこのどいつかまでは、私の知る処ではないよ。


 私はただ、君に刑を執行するように依頼されただけでね。





 ああ。言い忘れていたが、私は正当な医者ではない。





 私は、人を死なせないように苦しませる事を得手としていてね。


 君のような、死をもってしても償いきれないような大罪人を、法と遺族に代わって仕置きする仕事を請け負っているんだ。



 君を分解していく過程は、全て貴重な資料として保存され、医療の今後へ大きく貢献する事だろう。


 君一人を活かす事で、君が害した人数より、遥かに多くの人々を救う事に繋がる。


 それが君への罰であり、君にできる唯一の贖罪だ。



 そういった訳で、君にはなるべく長生きをして貰わなければならない。

 私も全力で君の延命に努めよう。どうか安心して欲しい。







 そんなに震えて、どうしたのかね?



 まさか、これだけ他人を犠牲にしておいて、今更楽に死ねるとでも?







 私は、こう思うよ。


 君だけが、からくもこうして生き残ったのは、奇跡などという輝かしいものでは断じてないと。





 犠牲になった方々の、君を同じ常世へ行かせてはならない、という想い。


 しかとみそぎを済ませてから冥途に送るべし、という切なる願い。


 そういったものが呪いとなって、君を生かしたのではないだろうか、とね。







 おっと。



 どこか痛むかね?


 興奮して傷が開いてしまったのかな。


 鎮静剤を用意しよう。







 しかし。


 君に殺された方々の痛み、苦しみは、こんなものではなかったはずだよ。



 目撃者によれば、足の悪いお年寄りを狙って執拗に刺し続けたそうじゃないか。



 さぞや無念だったろうさ。


 耳をすませば、今でも怨嗟の声が聞こえて来るようだ。



 私はその声に応えるべく、心を鬼にして君を切り刻もうと思う。



 その為にも、君には一刻も早く身体を癒して欲しい。 



 大丈夫。


 君の罪が消えるまで。命が正しく潰えるまで。私はいくらでも付き合おう。

 うっかり殺してしまうなんて事はしないとも。



 とくと罰を堪能し、大いに反省してくれれば私も報われる。





 そろそろ薬が効いてきたようだね。

 しばらく眠っているといい。



 それでは、お大事に。

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りょうち スズヤ ケイ @suzuya_kei

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