僕の弟は分離ができない

染井雪乃

僕の弟は分離ができない

 僕と弟は、喧嘩ってほどの喧嘩をしたことはない。いつもべったりと仲がいいからではなく、お互い、それぞれ別個に趣味をもっていてそれぞれの世界があるからだと思う。べっとりねっとりと、友達みたいな兄弟ではないんじゃないか。例えば二人ともサッカーが好きで、同じ少年団に所属している、といった具合の兄弟は学校で見かけたけど、僕と弟は、幸人は、そんな感じじゃなかった。

 幸人はいつだって、僕のことを気遣う側で、僕はいつだって幸人に気遣われる側だった。小学校高学年のある日、身長を追い抜かれてからはそれが顕著だった気もする。

 そんな僕にも、兄らしいことができる瞬間がある。幸人がホラー映画を観たときだ。

 保育園時代に、幸人がアニメのDVDと間違えて、父のホラー映画のコレクションの一つを再生して壊れるほど泣いた日があった。僕はそのとき二階の自分の部屋にいたけど、幸人が泣いているからと降りてきて、泣き止むまで側にいた。

 幸人はそれから、主に夏にホラー特集がテレビでやる度に僕の部屋で寝るようになった。夜、トイレに行きたくても行けないからだった。

 暗闇を怖がって、僕を頼る幸人の姿は、愛おしいと思えた。いつもは僕を守るように動いている幸人が、こういうときだけは、僕の庇護を求めている。可愛い。

 まあ、こんなのも、せいぜい小学生までの話のはずだった。


 唐突に、幸人が僕の部屋にふとんをもってやってきた。午後十一時。そろそろ寝ようかという頃だ。

 ふとんを当然のごとく広げていく幸人に、僕は問う。

「どうしたんだ」

「さっきちょっと、動画で変なの踏んじゃって、寝るに寝れないからここで寝る」

 いいよね? でも、お願いでもなく、僕の部屋でふとんを広げる辺りが幸人の甘え方なのだろう。許可するとしか、思われていない。そういうところが、幸人っぽい。

「いいよ」

 来年高校生という年頃でも苦手なものは苦手なのか。愛しくて、おもしろくて、僕はくすっと笑った。

「馬鹿にすんなよ。玲だってあるじゃん、苦手なもの」

 それはあるけど、でもそれにぶちあたったときにリラックスするために選ぶのが兄の部屋で寝ることなのは、どこか可愛い。

 僕は少なくともそうしない。好きな音楽を聴くとか、寝るとか、そんな感じだ。誰かに甘える選択肢は、ない。だってそれは、愛されるべき人の特権だと思うから。それに僕は割と人が怖い。

「あるけど。そういうことじゃなくて、幸人は可愛いなって」

「は? 自分より背の高いやつ捕まえて可愛いもないだろ」

 身長が高くても、幸人が可愛いことに間違いはないから、僕はふふっと笑って誤魔化した。

 普段弟に保護者のようにされているからか、こうして頼られると、嬉しくなる。

 曲がりなりにも兄だから、兄としての矜持とかプライドとかそういうものが、僕にもあったんじゃないかって思う。普段気遣われていることにも感謝しているから、この不思議な気持ちは言葉にできないのだけど、気持ちそのものはある。

 自分の輪郭が一瞬クリアになる感じの、それ。だから僕はホラー映画とか動画とか、そういうものはちょっと好きだ。兄としての何かを守ってくれるから。

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僕の弟は分離ができない 染井雪乃 @yukino_somei

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