KAC2021 #4 ホラーorミステリー? それが問題だ

くまで企画

KAC2021 #4 ホラーorミステリー? それが問題だ

 ある日のことだった。


 探偵が事務所の前に置かれた箱を見つけたところから話は始まる。

 普段は診療所で先生と呼ばれている助手は不在だった。


 箱には伝票が貼られていた。宛先の住所は探偵事務所、宛名は探偵のもの。

 だが、奇妙なことに差出人の部分はであった。

 それで宅配に出すことができるのだろうか。


 あるいは、業者が運んできたものではないのかもしれない。

 ――では、誰が。助手が? いや、彼の筆跡とは違う。


 探偵は薄気味の悪さを感じながら、事務所の鍵を開けて、箱を運び入れた。

 持ってみると存外軽いことに気づく。何が入っているのだろうか。品名も記入されていない。探偵は少しだけ箱を左右に揺らしてみるた。

 すると、紙らしきものとが中で、ゴトゴトと音がする。


 生き物ではなさそうだ。それに時限爆弾の線も薄そうだ。

 爆弾ならばもう少し重量があるだろうし、そもそも探偵には、爆弾を送りつけられるような恨みを買った覚えがなかった。


 ――もしかしたらファンからの差し入れかもしれない。


 主な依頼が浮気調査で、紙面に載るような活躍をしているわけでもない探偵がファンを獲得するとは思えないが、残念ながら突っ込み役である助手は不在。

 探偵は、自身の結論に気をよくしながら、箱を開けてみた。


 ガムテープで簡単に閉じられていた段ボール箱の中には、さらに箱が入っていた。

 上部に店の名前らしきロゴが入っている。どうやら靴用の箱のようだ。


 ――靴の差し入れ……?


 靴用の箱の中に入っていたのは、であった。

 探偵は首を傾げた。先日解決した事件に関係するのか? こんなものがなぜここに? 薄気味悪いどころではない。不快感すら覚えて、探偵は靴をゴミ箱に捨てた。


 ジリリリリリリーン!


 けたたましく鳴り響く固定電話。

 同時に心臓が激しく高鳴ったのを抑えるように、左胸に手をやる。

 苛立ち紛れに探偵は受話器を上げた。


「……」

「もしもし」

「……」

「……悪戯か」

「……」


 チンッ。

 受話器を置く。無言電話? いや、声が聞こえた気がする。

 すごく小さかったが確かに言っていた。


『……わた……し……の……くつ……』


 春だというのに、急な寒気を感じた探偵は、考え直した。ゴミ箱から捨てた靴を取り出し、段ボール箱とともに事務所の外のゴミ置き場に捨てた。


 ――これでいい。すべて忘れよう。


 探偵は文字通り、すべてを忘れ、一日を何事もなく過ごした。


 ・・・


 次の日のことである。

 探偵は、事務所の前にが置かれているのを見つけた。その段ボール箱を見た途端に忘れていたすべてを思い出してしまった。いや、もしかしたら違う箱なのかもしれない。淡い期待を抱いて探偵は箱を開ける。

 その中にあったのは、変わらず赤いハイヒールであった。


 再び寒気を感じた探偵は、急ぎ足でゴミ置き場に向かった。


 ――もう戻ってきてくれるなよ!


 ・・・


 だが、次の日。探偵の祈りむなしく、にあった。

 

 ジリリリリリリ……!!


 心臓が飛び出そうになりながら、探偵は受話器を耳にあてる。


「もしもし!!」

「……」

「おい! いい加減にしろ!!」

「……」

「……くっ!」


 ガチャンッ。

 受話器を固定電話に叩きつける。


 ――聞こえない聞こえない聞こえない。


『……ゆ……る……さ……な……い……』


 ――気のせいだ気のせいだ気のせいだ。


 探偵は箱を持って事務所を飛び出した。

 近くの神社に行き、財布の中身と箱を置いて走って逃げた。


 ――頼む! もう戻るな!!


 ・・・


 翌日、探偵は事務所の前に立ちつくしていた。それを見つけたのは助手であった。

家達いえたつ探偵? どうしたんです、こんなところで」

綿村わたむらく……!!」

事務所に来たものの、入る勇気が出ずに立ち尽くしていた探偵は、助手の登場に救われた気持ちになった。だが、同時に激しく絶望した。


助手がを抱えていたのだ。


――ぎゃぁあああぁぁあああ!!!!


「ど、どど、どうして……それを」

「これ? ああ、赤いハイヒールですが?」

「離すんだ、綿村くん! それは呪われている! 現に今も戻ってきて……」

「何を言っているんです」

助手がため息を吐く。

「そもそも人の物を何度も勝手に捨てたりするのは止めてくださいよ」

「……誰の物だって?」

「私の物です。こないだの事件で、これを履いて住宅街を走り回らせたのは君でしょう。もう忘れたとか言わせませんよ」


助手の言葉を反芻するように探偵が『赤いハイヒール』と呟く。


「――つまり、こういうことか!」


探偵はついに真実を見つけ、目を輝かせる。


「最初に見つけた箱はだった。差出人は空白。アレを君は事務所に送ろうと思っていたが、書く必要がなくなったんだな? おそらく持ってきたんだろう」

「その通り、診療所へ行く前に置いておいたんです。鍵はないから事務所の中には置けないけれど……」

「筆跡……君のではなかった。そうか! あれは奥方のものか」

「ええ、綺麗な字でしょう?」

「それを私が捨てた。だが、戻したのは君だな?」

「何を偉そうに。ゴミ捨て場で見つけた時はどうしようかと思いましたよ」

「だが、鍵がなくてに置いた」


――では、にあった箱はなんであったか?


探偵は自問自答して笑った。


「あれは、空の靴用の箱だったのか。最初、私はハイヒールだけを事務所のゴミ箱に捨てた。その後考え直して、ハイヒールを段ボール箱に入れてゴミ捨て場に置いた。二度目、事務所の前で見つけたのは、君がゴミ捨て場から戻した箱。

 そして、問題は三日目に私が見つけた箱だ。あれは初日に、私が事務所に置いたままにしていた靴用の箱。私はそれが空であることも忘れ、靴が入ってるものと思い込んだ。それほどまでに慌てていた私は、急いで神社へと持って行った」

「本当に何をしてくれているんだ。君は」

「つまり……この事件には、箱が二つと赤いハイヒールがあったんだよ」


探偵の盛大なる勘違いと助手の行動によって、さも何度捨てても戻って来る『呪いの靴』が存在するかのように見えた。


「ふっふっふ、分かってみれば下らんことだ」

「随分楽しそうですが、もう事務所に入っても? 鍵を開けて欲しいんだが」

「ふん、最初から君がややこしいことをしないで素直に宅配便を使うか、私に一言言っていれば良かったんだ」

「何を言うんです。電話したでしょう?」


その時、探偵は事務所に掛かってきた2本の電話を思い出した。

「あれは君だったのか? 『わたしのくつ』とか『ゆるさない』とか」

「ああ。1本目は、事務所の前に私の靴を置いておいた、と。2本目は、勝手に靴を捨てないで欲しいという件と、3本目は今日は事務所に行くって……」

「3本目?」

「疑うなら、自分の携帯見てみてくださいよ。留守電入っていると思いますよ」


――ん?


「もう『携帯』電話って意味分かってますか? 出ない、見ないじゃ意味が――」

「事務所の電話ではなく?」

「なに言ってるんですか。事務所の電話は、こないだ君がでしょうが」


探偵はゆっくりと目を閉じて、その場で静かに失神した。

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KAC2021 #4 ホラーorミステリー? それが問題だ くまで企画 @BearHandsPJT

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