斧と洋館
武海 進
斧と洋館
バン、バン、バンと扉に斧が叩きつけられる。斧が叩きつけられる度に木製の扉に少しずつ穴が開き始める。その様子を見ながら、青い顔をしたカップルは抱き合いながら震えている。
このカップルが何故こんなことになっているのか少し時を遡って説明しよう。
二人はテレビで見た田舎特集に感化された彼女の提案でロクに下調べもせずに適当にネットのマップで見つけた山奥の村に旅行に来た。
だが、この村には観光地と呼べるものがほとんどなく、2泊3日の予定で来ていたカップルは初日で暇を持て余してしまった。
「ちょっともう!なんなのこの村!何もないじゃない!おまけに旅館はほとんどただの家だし!」
「文句ばっか言うなよ!お前が田舎に行きたいって言うから連れてきてやったんじゃねえか!」
村唯一の居酒屋飲んでいた2人は、お互いに不満が爆発し、大声で喧嘩し始める。周りの客達が迷惑そうにしているのを見て、やれやれという風にこの店の常連の男がカップルに近づく。
「お二人さん、他の客が迷惑してるから少し静かにしてくれんかね。そしたら代わりにおじさんが面白い話をしてあげよう」
注意されて自分達の醜態の気づいたカップルは、バツが悪そうにしながら周りに謝り、男の話に耳を傾ける。
「村から少し外れた所に古い洋館の廃墟があってな……」
今から30年程前、この村の有力者が金にものを言わせ、村人達に自分の権力を見せつける為に豪華絢爛な洋館を建てることにした。そして洋館が完成し、一家が元の家から移り住んだ日の深夜、事件が起こった。
「一家全員が斧で斬殺されたのさ。当時はえらい騒ぎでテレビやら新聞記者なんかも大勢来たもんだよ」
「それでその犯人は誰だったんですか?」
カップルはこの村に来て初めて出会った刺激に興味津々で男に話の続きを急かせる。
「それがなあ、捕まらんかった。なんせ御覧の通りの田舎で夜に出歩く人間なんておらから目撃者なんておる訳がないし、おまけに証拠の斧が盗まれて警察もお手上げだったみたいだ。村人の中に犯人がおるとかいう噂もあったが結局真相は闇の中って奴だな」
「警察が証拠品を盗まれたんですか?」
当時、村の駐在所に一人で勤務していた若い警察官が現場に駆け付けた時、遺体には斧が刺さったままだったそうだが、現場を見てパニックを起こした警察官がろくに現場を保全しないまま応援を呼ぶ為に駐在所に戻ってしまった。
次に現場に行った時には遺体に刺さったままだったはずの斧は無くなっていたという。
「えー、じゃあまだこの村に殺人鬼がいるかも知れないってことですか?」
「はっはっは、かもしれんなあ。実はおじさんがそうだったりしてな」
男は自分を指さして笑う。カップルも男に勧められた地酒で強かに酔っており、男の冗談に一緒になって笑った。
「ねえねえ、明日その洋館見に行ってみようよ」
女が彼氏の腕に抱き着きながら猫なで声で提案する。
「それは止めといた方が良いぞ。事件があってから誰も住まないで放置してたもんだから建物に大分ガタが来てるはずだから危ないぞ」
カップルはその場は男の言う事を聞いたふりをしたのだが、翌日、好奇心には勝てずに洋館に来ていた。
二人が洋館に入ると、確かに手入れされておらず、壁紙はボロボロに剥がれ落ち、床は一歩歩くたびに抜けそうな音がしてきた。
洋館全体がそんな有様なので、怖いもの見たさで来た二人を十分に満足させる雰囲気を漂わせていた。
二人は少し中を探検したが、30年も前の事件の痕跡など残っている訳も無く、早々に飽きてしまった二人は洋館から出ようと玄ホールに向かう。
二人が玄関ホール着くと、古びて軋んでいるドアが嫌な音を立てて開いた。そこには木こりの持つような大きな斧を持ち、黒い大きな黒い外套に身を包んだ奇妙な面をした男が立っていた。
カップルは訳が分からずにその場で固まるが、男が斧を振りかぶりながらゆっくりとこちらに近づいてくるのを見て慌てて逃げ出した。
そうしてパニックになった二人は唯一まともな形で扉が残っていた部屋に逃げ込んだ。
幸いにも鍵をかけることが出来たので立てこもり助けを呼ぼうとしたのだが、携帯は電波が無く使い物にならなかった。
これ以上どうしていいか分からなくなった二人は、天に助けを祈りながら抱き合い、今に至ると言う訳だ。
二人が必死に助けが来るのを祈っている間にも扉は無残にも壊されていく。もう3,4度斧が叩きつけられれば完全に壊されるだろう事を悟った二人は死を覚悟をした時、二人の祈りが通じた。
扉の外から警察だ、動くなという叫び声と共に銃声が轟いたのだ。二人が何が起こったのか理解できずに固まっていると扉の外から警察官が呼びかけてくる。
「お二人共大丈夫ですか!私は駐在所の者です!旅館からお二人が戻られないと通報を受けて来ました。ここを開けて下さい」
二人は助かった安堵感で涙を流しながら扉を開ける。そこには斧を持った男が血を流して倒れており、警察官が面を外して男の正体を確かめていた。
「お二人共無事でよかった。見てください、これが30年前にも殺人事件を起こして私が証拠品を盗まれるなんてへまをしたせいで捕まえることが出来なかった犯人ですよ」
二人には男の顔に見覚えがった。そう、居酒屋でこの洋館の話をした男だった。
「この人が犯人だったなんて」
女は遺体に背を向けながら呟く。彼氏が肩を抱いて女を慰めようとした時、背後からの一撃で頭をかち割られ、女を血まみれ死ながら床に倒れた。
訳が分からずに女が振り向くと、警察官が邪悪な笑顔を浮かべて斧を振りかぶっていた。
斧と洋館 武海 進 @shin_takeumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます