未来をつかみ取れ

amanatz

未来をつかみ取れ


いつも、決断ができなくて、失敗してきた。


小学生のときに片想いしていた女の子は、告白するかしないか迷っているうちに、同級生の別のやつがかっさらっていった。


親が買ってきたケーキも、どれにしようか迷っているうちに、「僕はこれ!」と弟に先に獲られてばかりだ。


中学生のときに片想いしていた女の子は、告白するタイミングをうかがっているうちに、ひとつ上の先輩と付き合い出していた。


授業で二人一組を作る時も、誰に声をかけようか迷っているうちに、周りは次々とペアを作ってあぶれてしまったりした。いや、ぼっちなんじゃない、ただ決断が遅かっただけだ。泣いてない。


高校に入って一目ぼれした、物静かな美少女・桜沢さんにも、なかなか距離を詰められないまま、もう一年近くが経過した。

そうしたら、クラスの別グループの男子たちが「俺、桜沢さんけっこう好きなタイプなんだよな。狙ってみようかな」なんて会話しているのが聞こえてきた。


このままではいけない。

もはや、一刻の猶予もない。


決断できない人間のまま、欲しかったものを目の前で先に取られていくのは、もう終わりにしなければならない。

たとえ最高の結果にならなくても、可能性すら得られないのは、人生の大いなる損失過ぎる。


機を見て投資することで一代で巨万の富を築き上げた実業家のように、瞬間に巡らせる思考で数十手先の詰みを見抜けるプロの将棋指しのように、しかるべき時に慌てず遅れず、直観で決断できる人間が、成功を収めるのだ。


……そんなことを昨夜、ファン登録している人気ユーチューバーが言っていた。

決して安易なわけではない。断じてない。直観的に「これだ!」って思ったんだ。そのユーチューバーの配信は、アイデアが時流に沿っていて斬新、かつ収録時のその場のその場のアドリブが上手で、人気を得ている。語っている本人が、生きた実例だと言えるのだ。

だから、実践するためにすぐ行動に移そうと、まさに直観的に決断しているというだけだ。


そうと決まったら、ぐずぐずしてはいられない。

今すぐに動かなければ、桜沢さんもまた、誰かのものになってしまうかもしれない。


「ということで、話があります。放課後に校舎裏に来てもらえますか」


急に話しかけてきた俺に、桜沢さんは戸惑ったようだった。


「ということで……?」


事前に誘う言葉を準備しようとすると、中々まとまらなくて、それでまた二の足を踏むことになるかもしれない、そう考えたので、あえてその場の直観任せで何も準備しないで声をかけたのだが、おかげで余計な言葉が加わってしまった。


「別に、いい、けど……」


少しうつむいて顔を隠すようにしながら、桜沢さんはそう答えて、長い黒髪を揺らせながら歩いて行った。

あれっ、これ、脈あるんじゃね?

誘いに応じてくれるってだけでも期待してしまうところ、気のせいじゃなければ、少し、ほほを赤らめていたような気がする。

俺の決心は間違っていなかった。やっぱり、直観でどんどん行動することが大事なんだ。




そして、放課後。

俺は、無心で桜沢さんを待つ。

ここまで来たら、告白も、その場の直観で言葉を紡ぐことにする。

冷静に、自分の内側から、率直で素直な、『心の底からの本心』を引き出すことが大事なんだ、それこそが正しい道で、未来をつかみ取ることができる選択なんだと、かの人気ユーチューバーは言っていた。

あらかじめあれこれ考えることはない。勇気をもって、頭を空っぽにして、ただ、その瞬間を――


「ちょっと、あんた」


最高の直観を引き出すために、ほぼ瞑想状態に入っていた俺に、棘々しい声が刺さってきた。


「……なんだ、梅野か」

「なんだ、じゃないでしょ」


手を腰に当てて、幼なじみの梅野が、そこに仁王立ちしていた。


「これから大事な用があんだよ、お前に構っている時間はないんだ」

「目を閉じて立っているだけじゃない」

「それはそうだけど」


いや、どうして人気のない校舎裏にこいつがいるんだ。

俺にとってはただの腐れ縁だが、一応はそれなりに男子人気もあるらしい女子だ。桜沢さんに変な誤解をされたらかなわない。

こういうときも、焦ってはいけない。慌てて取り乱してしまうと、正しくない直観を選んでしまうことになる。冷静に、速やかに、しかるべき行動を選択するのだ。


「実は、これから告白しようと思って、相手を待っているんだ。そう言えばお前にだってわかるだろ、ちょっとこの場所を離れていてくれないか」


変にごまかして追い払おうとするんじゃなく、包み隠さずきちんと説明する。少々気恥ずかしいが、この場はこれが正しいはずだ。どうだ、俺、だいぶ直観力が磨かれてきたんじゃないか。


「……知ってるよ。桜沢さんでしょ。さっき聞いちゃったもん」


おや?

なんだか様子が変だぞ、梅野。


「だから来たんだ、っていうか……先に行かないと、っていうか……」


いつもツンケンとして突っかかってくるのに、今日はなんだか妙にしおらしい。もごもごと小声でよく聞こえないし、斜め下を向いてもじもじしている。


「あ、あ、あんたが桜沢さんに告白したって、きっと玉砕するだけだし!? だからさ、先に止めに来た、っていうか……いまこそ直観で、『心の底からの本心』で動かなきゃって思ったっていうか……」


っていうかばっかりだな。

っていうか、お前ももしかしてあの配信を観ていたのか。

っていうか、お前、その言動って……


「あたしがあんたを引き取ってやってもいい、っていうか……」


梅野、お前、典型的なツンデレムーブじゃないかそれ。

そう言えば、だいぶ前に、「お前ってツンデレっぽいよなー」と冗談半分で投げてみたら「バ、バッカじゃないのあんた、あたしツンデレなんかじゃないし!」ってめっちゃ否定してたから、ああそうか違うのかと納得していたけど、落ち着いて考えてみたらあれツンデレそのものじゃないか。


「べ、別に、あんたのためじゃないんだからね!」


俺のためじゃなかったら、誰のためだというのか。

思わず突っ込みそうになったが、直観的に、大事なのはそこじゃないと、ぐっと飲み込む。

そして、ぐっと飲み込んだのはそれだけじゃない。顔を真っ赤にしながらそう言う梅野の姿は、不覚にもけっこうぐっと来て、俺はぐっと唾を飲み込んだ。




さあ、どうする。

ずっと片想いをしてきた、押したらいけそうな手応えもあった、桜沢さん。

気心の知れた間柄で、いま正にデレたばかりで一番おいしいところの、梅野。

まさに俺はいま、人生の岐路に立たされている。

梅野を追い払って桜沢さんを待つべきか、


焦ってはいけない。

でも、迷っていてはもっといけない。

直観で行動しなければ。

正しい選択を、つかみ取らなければ。

どうする、どうする。

大事なのは直観なんだ、直観で考えるんだ。

『心の底からの本心』を、すぐに引き出さなくては。

直観、直観、直観!

直観……




「……これは、どういう、こと?」


桜沢さんが、怪訝な表情をしてやってきた。やってきてしまった。


「どうして、梅野さんがいるの……?」


困ったような表情も素敵だ。

じゃなくて、いよいよ大変な事態になった。


「せっかく、直観を信じて、声をかけてくれたお誘いに乗ってみたのに……」

「あなたもですかい」

「あなたもですかい?」


違う、違う、思わずツッコミが漏れてしまったけれど、そうじゃない。

必要なのは、条件反射のツッコミではなく、正しく選び取る直観なんだってば。

もう鉢合わせてしまった以上、黙ったままではいられない。

選択しなければ。つかみ取らなければ。

焦るな、落ち着いて、心の内側から、正しい直観を引き出すんだ。

素直な気持ちを、『心の底からの本心』を、率直に。




「……選べない」

「え?」

「どういう……」

「俺は、『選べない』ことを選ぶ」


俺は、二人への言葉を、直観で導き出した。


「どちらかなんて選べない。二人とも、付き合ってほしい!」




「……」




「……」




「……」




あれっ。

『心の底からの本心』を、しっかりつかみ取れたという感覚があったのに。

二人とも、なんだか、すごい顔をしている。


「……最低」


桜沢さんが一言、眉をひそめてつぶやいた。


「あんたは、真剣な顔して、なんてこと考えてんのよっ!」


梅野が、思いっきりのフルスイングで、平手打ちを仕掛けてくる。


精神にダメージを負ったばかりだが、たとえこんな状況でも、冷静に未来をつかみ取らなくてはいけない。

直観で選ぶんだ。下に避けるか、後ろにかわすか。


……後ろだ!


俺は梅野の平手打ちを、鮮やかに、かわした。


やっぱり、直観に基づいて行動するのは、大事だな。

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